「じゃあ夜には帰るから、夕飯は要らない」

「ええ、判ったわ。聖に伝えとく。帰りにそのまま店の方へ行ったら?」

「う〜ん…気が向いたら行くよ。蓉子は今日帰り遅いんでしょ?」





片足を上げて、壁に手を突きバランスを取り靴を履きながらは目の前の人物を見上げる
すると目の前の人物は床に置いてあったの鞄を持ち上げて渡してくれる

それを受け取りながら訊ねると、蓉子は苦笑する





「ええ、明後日休みを貰うために明後日の分の仕事片付けとかないと」

「何か、ごめんね?」

「何言ってるのよ、謝る事じゃないわ。むしろ私も明後日楽しみにしているんだから」

「うん」








遠慮がちに言うに、
蓉子は組んでいた腕を解いて優しく頭を撫でてやる

すると不安そうな顔は嬉しそうな顔に変わった


そして肩に背負っていた鞄を担ぎ直し、ドアの取っ手に手をかける






「じゃ、いってきます」

「気をつけなさいね」

「うん」












朝早く帰ってきた聖は、そのまま熟睡してしまい

その後目を覚ました蓉子に事の成り行きと今日の予定を話す
軽い朝食を作って貰って其れを綺麗に食べ、

準備を終えて玄関に向かった頃蓉子も仕事の支度を終えて見送りに来てくれたのだ



ドアが閉まる向こうで、蓉子は微笑みながら手を振っていてくれる

その笑みに、も微笑んで返す

















空は快晴

私の心も快晴



今ならどんな事でも出来そうな気がする


今日はとても気分が良い

最近ずっと沈んでいた心が今までの分を取り返すかのように倍に浮かんだ感じ


まるでプールの中に入れた浮き輪のようだ






けれど今は冬、春はまだ遠い時期だ
プールだなんて考えただけで鳥肌が立つ



吐き出す息も白い


けれど今の私は寒さとは無縁だった






頭に被っている令からのプレゼントであるニット帽

手首にはめている蓉子からのプレゼントである長めのリストバンド

顔を飾っている江利子からのプレゼントである灰色のサングラス

首に巻いている祥子からのプレゼントであるマフラー

手にはめている祐巳ちゃんからのプレゼントである手袋

上半身に着ている由乃からのプレゼントである赤いセーターに黒いペイントが格好良く施されている服

下半身に着ている乃梨子からのプレゼントである真っ黒なズボン

その上から着ている志摩子からのプレゼントである濃い茶色のコート






そして、首周りを飾っている聖からのプレゼントであるシルバーアクセサリ




全てが

全ての物々が

全ての人達の想いが



今の私に寒いだなんて思わせる要素だなんてどこにもありゃしない

むしろホカホカだ









『と言う訳で、はい。誕生日プレゼント』

『え?いいのに、別に…。皆から沢山貰ったし』

『いいから、有り難く受け取りなさい』

『ありがと…開けていい?ってか此れ何で箱潰れてるの?』

『……まぁ、いろいろあってね。うん、開けてやってくださいな』

『…うわ、シルバーアクセだ!欲しかったんだよなぁ』

『でしょ?前に此処に何かシルバーアクセサリー専門の雑誌があったから欲しいのかなって思って』

『うん、ビンゴ。でも高いじゃない?だから見てるだけで満足していたんだけどね』

『よしよし、私の勘もまだ鈍ってないね』

『うわっ、ネックレスにピアスだ!うわぁ〜!』

『お気に召して頂けたようで光栄です』

『あ、でも私ピアスホール空いてないよ?ってかまだ小学生だし…』

『学校にして行かなければ大丈夫でしょ。ホールは誰かに言えば空けてくれるよ』

『そっか…誰かに?誰?』

『……でも蓉子と祥子と祐巳ちゃん辺りはやめときな』

『紅薔薇ファミリーは除外ね、うん。じゃあ江利子に頼もうっと』

『何で江利子?』

『だってお兄ちゃんお医者さんでしょ?だからちゃんと空けてくれるじゃない』

『あぁ、そういう事…』

『ね、今日行ってもいい?』

『うん、電話しとくよ。いってらっしゃい』

『やったっ』













そう言ってピアスを大事にポケットにしまったのは3時間程前


バスの停留所を1つ分向こう側にある江利子の家
現在その家の前

実は意外とデカイ家に何度見ても慣れなくて呆けて立ち尽くしていると、
まだインターフォンも鳴らしていないのに扉が開かれて仰天する







「いらっしゃい、遅かったわね」

「あ……バスの中でボーッとしてて乗り過ごしちゃったんだ…けど」

「何で私が貴方が来るタイミングを把握していたのか疑問なのね?」

「…さすが江利子」

「当然よ、貴方にプレゼントしたサングラスに発信機を付けてあるから」

「……えぇっ!?」






慌ててかけていたサングラスを外してフレームの部分を念入りに調べ始める私に、
江利子は意地悪く笑う






「冗談に決まってるじゃない。本当はずっと窓から見てたのよ、其れで貴方が通りの向こうからやって来るのが見えたから」

「あぁ……吃驚した…」

「聖から電話を貰っているわ、今日は兄貴休みだから空けて貰えるわよ。話は通しておいたから」

「あ、ありがとう。急に押しかけてごめん」

「いいのよ、貴方なら大歓迎よ。うちの家族達も楽しみにしているから早く上がりなさい」

「うん、お邪魔します。…にしても本当デカイ家だね、祥子の実家には劣るけど」







靴を脱ぎながらそう言うと、
江利子はサンダルを脱いで髪を耳にかけながら振り向く

リビングへと続いているらしい廊下を歩きながら江利子は応えてくれる





「当たり前じゃない、祥子の実家に敵う人なんて何処かの社長じゃなきゃ」

「それもそっか」

「其れに私だってリリアンに通ってたのよ?庶民では無理だわ」

「はっきり切り捨てるね」

「実際祐巳ちゃんだって庶民っていう割には家大きいでしょ」

「あ〜、うん」






以前蓉子と2人で伺った事のある祐巳ちゃんの実家を思い出しながら、は頷く
ガラスで出来たドアの前に辿り着くと、
江利子はの背中を押しながらドアを開く


リビングでは何故か平日なのに3人の兄貴達のうち2人と母親がソファに座って寛いでいた

ドアの開く音がして、3人の視線がに集中する







「いらっしゃい、ちゃん。久しぶりね」

「やぁ、待ってたよ」

「大きくなったね〜」






「お邪魔します」





ぺこりと頭を下げると、
江利子のお母さんがニコニコしながら立ち上がって近づいてくる

そしての肩に手を置いたお母さんがをソファに座らせる


後ろから江利子も付いて来るのを確認して、

医者である眼鏡をかけている方の兄貴に再び改めて一礼する










「江利ちゃんから頼まれたよ、君にピアスホールを空けてやって欲しいって」

「はい、お願いします」

「僕はいいけど、大丈夫なの?まだ小学生だからいろいろと問題あるんじゃないのかな」

「まぁ後1年ちょっとで中学生だし、学校にしていかなければ問題ないんじゃないかって聖が言うもので」

「聖ちゃんも小学生にピアスなんかプレゼントするかな、普通」

「私の周りを取り囲んでいる人達は普通じゃないので」

「ははは」

「ちょっと、それ私も含まれてるの?」

「…其の中でトップに輝いているのは常に江利子だよ」







隣に詰めて座ってくる江利子が不機嫌そうに言い放つと、
も負けじと反発する

そのお陰で江利子は小学生相手に機嫌を損ねてしまう


医者の兄貴は笑いながら机の上にある白い包みを取る










「それじゃ、空けようか」

「あ、お願いします」

「それにしても、怖くはないのかい?皆少なからず怯えるものだけどね」

「う〜ん、注射とかで慣れてますし…」

「そうか、それなら丁度良かった」






そう言って医者の兄貴は白い包みを開ける
其処にあったものに、は目を見開く








「…え?注射?」

「そう。まぁ、公ではあまりやらないけど病院内で…例えば看護師さんとかが空ける時には此れを使用するんだよ」

「そう、なんですか」

「ほら、此れは針が細いだろう?其処に最初から市販のホールを空けるためのピアスを差しておいて、耳にそのまま突っ込むんだ」

「はぁ…」






手際よく目の前でピアスが細い注射の針に差し込まれていく様子を見ながら
は相槌を打つ事しか出来なかった


そして氷を江利子の母に渡されて、
どうすればいいのか戸惑ってると江利子が其れを左の耳たぶにあててきた





「冷たっ、な…何するの」

「冷たいのは当たり前でしょ。こうして空ける箇所の感覚を失わせるの、そうしないと痛いもの」

「あ、なるほど」

「まぁ、冷やさなくても痛くないって人も居るわね。人それぞれよ」

「ふぅん…」















そして、少しどきどきしながら注射針を迎え入れて
2分後にはの左の耳にピアスがセットされていた


帰りは江利子に車で送って貰う事になったけれど、
その車は真っ直ぐに我が家へは向かわず公道に乗ってしまった



きょとんとしている私の顔を軽く手で叩いて気を取り直させると、

江利子は微笑みながら携帯に手をかける







「もしもし?私。…うん、そう。今向かっている所よ」



けれど会話はすぐに終わり、
電源を切られた携帯電話は後方シートへ投げ込まれてしまう

だんだん見覚えのある景色になっていって、
そこでやっとは気付いた



聖の店に向かっているのだ、と

そういえば蓉子も寄ってみたら、とか言っていた気がする









「店、行くの?」

「そうよ」

「何故?」

「何故でも」

「動機は?」

「そうするように言われたから」

「誰に?」

「…もう貴方黙っていなさいな、キリないじゃない。その質問形式だと」












そう言われ、
は黙る事にした

窓の外を移り変わる景色を眺めながら

夕日を見つめる



紅くて


温かい色





原理的に有り得ないけれど、

紅と

白と

黄を


混ぜたらあんな色になりそうだな、なんて事も思う

そう思わせる程に温かくて優しい色だった―――――――























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