「ねぇ、聖。…令とが居るのは私の目の錯覚かしら?」









リビングの扉を開け放つなり、蓉子は呆ける

いつも玄関まで出迎えてくれるが来ない事に不審に思いつつリビングに入るとソファで令とががっちり抱き合って寝ているのが目に入ったのだ




聖は食卓について何やらぼーっとしているし…











我が家の何とも言えない空気に蓉子は首を傾げてみる










「ねぇ聖。聞いているの?」









問いかけても返事すらしない恋人の肩に手を置くと、
聖はのろのろと首を動かして蓉子を見る

そしてやっと蓉子が帰宅した事に気付いたのか「おかえり」と声をかけてくれる



蓉子は仕事用の鞄を空いている椅子に置いてからソファに近づいて2人の寝顔を覗き込む












「昨日って令が来てくれる日だったっけ?」



「ん、違うけど…が令と離れたくないって駄々をこねるから泊まって貰ったの」











もう陽も昇っており朝を告げている時刻に蓉子は帰宅したのだ

此れから一眠りして昼にはまた出勤しなければならないという忙しい身で、
我が家の静かな空気に押しつぶされそうになる



聖が自分が帰宅しても特に嬉しそうな顔もせずに、
むしろ気付かないなんて事今まで1度だって無かったし


どんなに遅くなっても祥子が待っているからと必ず帰っていた令が泊まっているし



何よりが令の胸にしっかりと抱きついて眠っている









どんなに人懐っこくても決して寝ている人に抱きつくという甘え方はしなかったが、珍しい事をしている
















「……何があったか知らないけど、祥子には連絡してあるんでしょうね」


「うん…昨夜電話したら今日の朝一に令の着替えとか持って来るって」


「そう、それならいいわ」











が家に来てから止めた煙草を咥えながらやっぱりぼーっとしている聖

心なしか目の下にクマが出来ているからきっと一睡もしていないのだろう



やっと一眠り出来ると思っていた蓉子はため息を吐いて聖の向かい側に座る




そして手を差し伸べて聖の目の下をなぞる



















「ほら、クマが出来てるわよ。寝てないの?」


「うん、眠れ…なかった」


「……何かあった?」





「…………蓉子、どうしよう」












クマを消すようになぞり続ける蓉子の手首を掴んで、
聖は震える声で呟く




















に嫌われちゃった」








「…まさか、が貴方を嫌うなんて事」

「そうなんだよ、昨日からは1度だって私の顔を見てくれないし。ずっと令にしがみ付いたまま泣き続けていたんだ」

「………何かしたの?」

「……」










せっぱづまったように淡々と呟く聖の手を空いている手で包み込むように握ると

聖は其処に額を預けて俯いてしまう














「どうしよう…とうとうに拒絶されちゃった……」







「聖…」



























ピンポーン











ふとチャイムが来客を告げ、

蓉子はしぶしぶながらも聖の手を解いて泣きそうな聖の頬を一撫でしてから玄関へ向かう



玄関へ行き扉を開けると、祥子が仕事用の服を着込んで立っている












「お早う御座います、お姉さま」


「お早う、悪いわね。一晩令を借りちゃったようで」


「いえ、が離れないのならば仕方ないと思います」












部屋の中へ招き入れると祥子は一礼してから上がりこんでくる



リビングへ通すと、無邪気な寝顔を晒している令を見て祥子は微笑した

















「あぁ、いい年してこんな無防備に…。ほら、令起きて」



「いいじゃない、少し寝かせてあげなさい。も起きちゃうと思うし」



「…それじゃあもう少し置かせて頂きますね、あ…此れ令の着替えです。起きたら渡しておいてください」










紙袋を受け取りながら蓉子はまたぼーっとしている聖に聞こえないように祥子に耳打ちする










「祥子、貴方は昨晩何があったか知っている?」

「はい、令から大まかに」

「…聖もご覧の通りあんな状態で聞くに聞けないのよ、教えてくれる?」

「……私は、今回は聖さまが悪いと思います」













祥子はキッと聖の背中を睨みつける


妹のそんな姿に蓉子は苦笑しながら腕を引いて部屋の隅に誘導する

そして改めて訊ね直し、その令から聞いたというおおまかな事を耳にした





此れから仕事だという祥子を見送ってから、

リビングに再び戻ると聖は居なくなっていた


恐らく朝のシャワーでも浴びているのだろう
それで少しはスッキリしてくれると良いのだが



きっと聖がそんな状態になったのはの事だ


病院からの帰り道ずっと聖は落胆していた




気休め程度にしかならないであろうが、何度か言葉を掛けたが聖は変わらず






そして剣道を教えて貰うと令と約束をするを見て、

つい感情的になってしまったのだろう




決してそれは叶わない約束だから


聖はそんな約束して欲しくなかったから




叶わないと判っていながら約束をさせられ、裏切られる事の辛さを人一倍知っている聖だから















優しい聖だから














を傷つけたくない






を守りたい







に笑って生きていって欲しい

















そんな様々な思考が混ざり合ってきっと混乱してしまったのだ―――――







































「んっ……あ、あれ…此処……」






朝食の準備をしてると、令が寝ぼけ眼で上半身を起こすのが見える

いつもと違う朝のせいで多少現状がいまいち掴めていない令に声を掛ける












「お早う、令。一応教えておくけど此処は私と聖の家で、貴方は昨晩にごねられて此処に泊まったのよ」


「あ、お早う御座います。蓉子さま…一体いつ帰宅なさったんですか?」


「1時間程前かしらね、祥子もさっき来て着替えを届けてくれたわよ。もう仕事に行ったけれど」


「あぁ…有難う御座います」


「お礼は祥子に言いなさい」









紙袋を指すと令は頭を掻きながら居心地悪そうに苦笑する

そして腕の中の重みに目をやるとがすやすやと眠っている



腕の中の子どもを起こさないようにそっと其処から抜け出して、立ち上がると令は背伸びした

きっと慣れない場所で眠ったせいか、身体が悲鳴をあげているのだろう














「はい、珈琲でも飲んでからシャワー浴びなさい。聖ももう直ぐ出てくると思うから」


「あ、頂きます」


「どうぞ」









マグカップを渡すと低腰で受け取り食卓に着く

その隣に座って蓉子は自分用にも淹れた珈琲を啜る









「昨日は悪かったわね、巻き込んじゃって」


「いえ、巻き込むなんて他人行儀な事おっしゃらないで下さい。…聖さまももきっと不安定なんでしょうね」


「判る?」


「ええ、もあんな聖さま見るの初めてだっただろうから吃驚しちゃったんじゃないかと」


「そうね……あぁ、もう。不器用な人ばかりね、私の周りは」


「そうおっしゃる蓉子さまも不器用な人間に値する方かと」


「…ヘタレに言われたくないわ」








顔を見合わせて笑う2人














「何とか絡み合った想いが綺麗に繋ぎ直せればいいんですけどね」


「ええ、聖とがお互い努力しないと越えられない壁よ」



























延々と流れ続ける


雫は私の身体を温めてくれる




けれどこの世界から抜け出したらあっという間にこの身体は冷え

私達は只孤独で夜を迎えるために只生きていく




そんな人生に何の価値がある?



私は…そんな生き方をしていたけれど

栞に出会えて


蓉子に出会えた






だから私は生きる希望を持てた


生きる楽しみを得た





蓉子と毎日一緒に居るだけで幸せな気持ちになれる

毎日が満たされる


あの頃は決して感じる事のなかった気持ち










でも、

これだけは覚えていて欲しい





其処に、



私の毎日に光を差してくれた人達の中に君は存在するんだよ










君のおかげで毎日が更に輝いて見える



のに、

君は…










君の人生は輝いて見えるのかな





少なくとも私に、君の人生はとても濁って見える


















私には何も出来ないのかなぁ





ねぇ、……






















もう、君の人生は取り戻せない物になっているのかな―――――


















備え付けの窓から差し込む朝の日差しが眩しくて、私は目を閉じた
























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