「それじゃ、今日が最後の授業だね」
「はい」
「そっか、寂しくなるけど今日お母さん達が来てくれるんだから喜ばなきゃ」
「はい」
「僕は短い時間だったけれど君の担任になれて良かったよ、守れなくてすまない」
「はい、こちらこそ先生が担任で良かったです」
一礼すると自分の席に戻っていく
もう朝のHRは終っているのに先生はまだ教卓で授業の準備をしていた
きっと初めての両親揃って来るというのだから緊張しているのだろう
何だかんだ言って2人とも稀に見る飛び抜けた美人だから普通の男が話すのには勇気が要るものだ
けれど自分の生徒の親という事で何とか事なきを得たが改めて参観されるとなると緊張もする
は対称的に至極冷静に教科書を机の上に出す
睡眠不足のせいで頭が多少ズキズキするものの、慣れている事だからと諦める
昨夜みたいに皆ではしゃいでいてもう最後の方になると聖と江利子達が出来上がっちゃって引っ込みがつかなくなる
其の中で只1人お酒に強い蓉子がは明日早いのだからと寝かしつけようとするけれど、
聖達が寝かせてくれないのだ
何かある度に揺すり起こして来て話相手をさせられる
そんなこんなで結局寝たのは2時くらい
皆はまだ騒いでいたからもっと遅い時間に寝たのだろう
「…にしても、あの先生言動が柏木 優に似ているから苦手なんだよな…。顔は全然段違いだけど」
の呟きは子ども達の集う賑やかな教室にて掻き消される
佐藤 聖の根性を引き継いだ部分が此処にもう1つ
呼び方も愛称なんかじゃなくて只のフルネーム
きっと小さい頃からの前で聖がフルネームでぶつぶつ文句を言っていたから
小さいながらにも其れを吸収してしまったのだ
ふと、チャイムが鳴るまでの間ボーッとしていたの耳に歓声が聞こえる
校門から生徒達の親が次いで入ってくるのが窓から見える
自分の親を探す子然り
自分の親を自慢する子然り
自分の親をけなす子然り
この日にしか見れない特有の現象が巻き起こるもの
の席は窓側だったから、立ち上がる事もなく其のまま目を窓の外に向けた
あの人達はオーラがあるからどんなに変装をしていたとしても見つかる
下手すれば其処等の二流芸能人なんかよりオーラがあるかもしれない
普通の役職の人達で良かった、とは人知れず安心する
充分普通には当てはまらない事を思い起こすのは10秒後の事だった
「ねぇ、何あれ!すっごい人だかりが出来てるんだけど!」
「有名人か何かかな?此処の生徒のお母さんでしょ?」
「有名人の子なんて此の学校居たっけ?」
「えぇ?そんな噂聞いた事ないけど」
窓際に齧り付いて噂話に花を咲かせている同級生達に目をやる
ふと、嫌な予感が胸を過ぎる
そして窓に集まっているクラスメート達を掻き分けて前線に出る
校庭から続く校門の辺りは確かに人だかりが出来ていて
中心人物は複数居る様で、目を凝らして顔を何とか見ようとしてみる
が、一瞬其の中の1人と目があった気がして
つい自然反射で目を逸らしてしまう
しかし時は既に遅し
此の教室へと手を振ってくる
其れに対して周りの反応がより一層ざわめきたった
此れで確実にあの人達と関わりのある生徒は此の教室だと確定してしまう
は慌てて窓から離れて自分の席へ戻る
どうか此の不安が的中しない様に祈るばかりで
時間が刻々と授業開始時間が近づいてくる
ふとざわめきが聞こえたかと思うと確実にその音の発生源は此の教室に近づいて来ている
上半身が力を失って机に倒れこんだ
其れと同時に教室のドアが開かれる
もう既に何人かの保護者達が並んでいる後方へ収まったらしく、
今度は教室中の生徒達までもが騒ぎ出す
「すっごい綺麗…モデルさんか何かかな?」
「でも若くない?」
「あんな目立つ人達の子なんてうちのクラスに居たっけ?」
直ぐ傍で囁き合っているクラスメート達の視線を恐る恐る追ってみる
もう人だかりは消えていて、
けれども保護者達の真ん中でやはり注目を浴びている数人の人間が居る
「…うっそだろ……」
その顔を確認してから、
呟いてため息を放つとまたしても目が合ってしまう
茶色いサングラスの奥から覗く青い目がを捕らえて、嬉しそうに微笑む
「やほ〜」
更に教室中がざわめきたつ
はまた顔を机に突っ伏して唸る
聖と蓉子が来てくれたのは嬉しい
が、何で只でさえ2人でも目立つのにあんなに総勢で来るのかが判らない
先生すら教卓の前で後ろの方を見て固まっているではないか
先生の顔を見れたのもつかの間
あっという間にはクラスでも飛び切り噂が好きな女の子達に囲まれてしまった
「ねぇねぇ、佐藤さん!あの人達って佐藤さんのお母さんなの!?」
「…………」
「若いよね!羨ましいなぁ、綺麗で格好良くて若いお母さんだなんて」
「…………」
「何人か居るけどどれが佐藤さんのお母さんなの?」
「…………」
けれどもは机に突っ伏した顔を上げずに、黙りこくる
そんな同級生に女の子達は気を悪くしたに違いない
が、あの人並み外れて目立つ人達と近づいてみたいというミーハー的な気持ちから
を罵ることはせずにむしろとても仲が良いという空気を作ろうとしている
その声が一瞬止んだかと思うと、数人息を呑む音が聞こえる
側面に気配を感じては少しだけ顔をずらして見上げてみる
「ねぇ、」
「……ん?」
もう諦めて、は笑顔で対応する事にした
隣に立っている令は只でさえ背がデカいのに小学生の群れに居るものだから余計デカく見えてしょうがない
「はい、お弁当。蓉子さまに頼まれて私が作ってきたんだ」
「あ、有難う。令も昨日は遅かったのに大変だったでしょ?」
「ううん、大丈夫だよ。何時もの事だし」
「いつも有難う」
「うん。あ〜、何か私達までくっ付いて来ちゃってごめん」
「…はは……もう、ねぇ…ホントに」
苦笑しながら後ろを振り返って、
何やらそれぞれで談話していて其れだけなのに余計なオーラを放っているメンバーを見やる
「令、全ては君に託すよ。あの人達が余計な事しないように見ててね」
「うん、託された」
「お願いします」
「おっけ。それじゃ授業頑張ってね」
「は〜い」
手の平をひらひらと振ると、
令はにっこりと微笑んで後ろへと戻ってく
受け取った弁当箱を机の横にかけながら前方を見ると
先生が赤面していた
うわ、令幾ら男っぽくても男の人を悩殺する色気はちゃんと持ち合わせているんだ
と、かなり失礼な事をは思う
今度は先生と目が合っては口角を上げてニヤリと笑いかける
其の時後ろで祐巳はぎょっとした
何故ならその笑い方が江利子に似ていたから
怒られた時は聖に似ていて
怒る時は蓉子に似ていて
笑う時は江利子に似ているなんて
なんて最強な特徴が備えられている子だろう、と
そんな時チャイムが鳴り、授業の開始を告げる
もう教室の後方には沢山の保護者達が群がっており我が子を見守っている
先生は気を取り直すかのように咳払いしてから教卓を叩いて席に着くように伝えた
始まりは順調に行っていて、
出席番号順でいくとかなり遅い誕生日だからは最後の方になる
あっという間に1時間目は終って、
一旦休み時間に入る
やはりどの子も将来の夢、だとか
お父さんとお母さんに対する感謝の気持ち、だとか
凄く平和な事を言っている
そんな周りに対して嫉妬心だなんて芽生える筈も無く
むしろ此れが普通なんだろうなぁ、と何と無く心が和らぐ
私みたいな子どもが何人も居るとしたら、
それは悪夢
此処は、地獄だ
あんな辛い経験をしている人なんて
私1人でいい…
子どもは無邪気に笑っているものだ、なんて
同世代の子達に思ってしまう
その代わり周りには無いものを、私は持ち得ている
沢山の仲間
笑い合ったり
怒り合ったり
涙を流し合ったり
そんな事が出来る仲間が、家族が沢山居る
皆には1人しか居ないお母さんが、
私には2人…
否、何人も居る
小さい頃にそう言った自分に賞賛の拍手を送りたい
休み時間になると子ども達は皆それぞれの母親の所に行ったり
聖、蓉子、江利子、令、祥子、祐巳ちゃん、志摩子、由乃、乃梨子の所に行って恐る恐る話しかけたりしていた
けれどは自分の席でボーッとしていた
次の時間は自分の発表の番だ
幾度も書き直しをして自分の納得通りに書いていたクラスメート達とは違い、
一筆書きで思いつくままに書いた自分の作文用紙を見てため息を吐く
此れから言う事を皆が聞いたらどう思うだろう
聖と蓉子達が聞いたら、どんな顔をするだろう
きっと困り果てた顔で笑うのかもしれない
其れでもいい
私は………
next...