手紙が、来た



3ヶ月前程に聞き慣れた場所から

そして聞き慣れた、忘れる事の出来ない人から…





1人なのを確認して震える指を収めながらそっと紙を開いたんだ



中身は

とても…





切ないものだった



私は







今の楽しい日々が永遠に続く訳ではないと悟った

だから
聖に

皆に

神経質にあたっちゃって


余計な心配かけさせて本当に大人げがなかった










楽しい時程

永くは続かないものなんだね、聖、蓉子





だからこそ人は其の短い時間を大事にしようとするんだね…

やっと判ったんだ




ずっと




意味も無く胸の底を支配していた

異様に居座っていた原因が





其れは







"今"は永く続かないという現実―――――




























「では、次は佐藤 さん」


「…はい」













先生の声に、は意識を取り戻して返事をする
席を立つ際に椅子が床に擦れる音が静かな教室に響く

紙を手に、

クラスメート達と
保護者達の目が注目する中を前に出る



















「では始めてください」


「……"夢を見れた9年間"佐藤 









始まりの合図が促され、
は一時息を深く吸ってからまた吐き出す

そして目を伏せ、タイトルを読み上げてから自分の名前を唱える




後ろの真ん中辺りを陣取っている聖達と目が合う


聖達はわくわくしているようで、
けれど静かに見守っているようで、

とても穏やかな顔つきだった


とても、好きな顔だった












けれど、ごめんね









私は目を逸らした



























「…父親と母親。皆さんには当たり前に存在している事でしょう。けれど其れが当たり前に存在しない人間も居ます。


  其れが私です。父と母の顔は覚えていません、別れたのがあまりに幼過ぎ、そしてあまりに良い思い出が無さ過ぎるからです。


 独りの寂しさに、怖さに、此れからの人生に絶望している私を救ってくれたのは山百合会の皆でした。
   リリアンという学校にある生徒会の名称だそうですが、要するに今はリリアンの卒業生である皆で。

 其れはもう見事に個性的な人達ばかりで、顔は良くても付き合うのはとても大変です。
  人間見かけに騙されちゃいけません。

       ………ね、先生。先生なんて良い様にからかわれて捨てられるのがオチです」








少しだけアレンジ


令に紅潮した先生の方をちらりと見て、
ずばりと切り捨てる

先生は突然自分に振られた事と、
言われた事にいろいろな意味でショックを受けている顔をしていた



聖や蓉子達は少しムッとしていたけれど、

は口角を上げて返すだけ



そして再び紙面に目を戻す













「けれど皆は優しかったです、素性も明らかじゃない私を引き取ってくれました。
  そして大事に大事に此処まで育ててくれました。

    私は皆が大好きです」









そう言うと、一息吐いて紙を閉じる

紙面になぞられただけの言葉は意味が無い
そのまま

思いのままに告げる言葉こそが絶大な力を持っている

だから私は紙を畳んだ

隣で先生が私の不可解な行動に焦っているのが見える













「さ、佐藤さん?」



「ひとつだけ…ひとつだけ覚えて欲しい事があります。

  苦しい事は永くは続かない

     けれど其れと同じように楽しい事も永くは続かないようになっているのが世の中の仕組みです。


  
   私は生まれて直ぐに捨てられて、
      2歳まで施設で育ち、  
   2歳から聖と蓉子に育てられて此の間11歳を迎えました。



   喧嘩もいっぱいしたし、
    怒られもしたし、
       いろいろあったけれど

        私は此の9年間がとても大切な時間に思えます。



    だから、もういい…。

     もう充分に素敵過ぎる程の時間を与えてもらった。



      だから、私は……」
 











「「!!」」














ふと、

肝心な事を述べようとした矢先
聖と蓉子の声が教室中に響いた


目を2人にやると、何だか今にも泣きそうで



ああ、今自分は2人を裏切る事をしようとしているんだなと思った


首を横に静かに振り続ける蓉子

両拳をギュッと握っている聖



他のメンバーも聖と蓉子の後ろで息を呑んでいた












私は、











1回だけ



きっと人が人生で1回だけ出来る笑顔を向けた







感謝の意を込めて








愛しているよ、という意を込めて


口を開く





























「私は、明日から両親の元へ帰ろうと思う」
































教室が静寂に包まれていたのが、

急にざわめきだす



聖と蓉子と令と祥子と江利子と祐巳ちゃんと由乃と志摩子と乃梨子は、驚愕に目を見開く





















「帰ろうと、思う。
  
  服役を終えて本当の父さんと母さんが帰ってくるんだ。
 だから…もう1度2人と一緒にやり直してみようと思う

 本来の家族の形を取り戻そうと思う。




だから、聖、蓉子。

江利子
…令、祥子

祐巳ちゃん、由乃、志摩子、乃梨子




昨日の夜が、最後の晩餐だ

私はもうこれ以上望まないよ





最高の誕生会だった、有難う……」












そう言い纏めると、
静かに目を伏せて一礼する

教壇から降りて自分の席へ戻る中


どうしても皆の顔を見る事が出来なくて

床をジッと見つめていた










先生の声は上の空で、いつの間にか授業も終っていて

私は号令を終えるとすぐさまランドセルを手に教室を飛び出す


他のクラスも授業参観が終わったらしく
保護者達と生徒達が廊下に散らばっていて 


その真ん中を駆け抜けていく

家に帰ったら、直ぐに荷物を持って家を出よう


そして今夜だけあの施設に泊めて貰おう

そして、明日から…顔も知らない父さんと母さんと暮らすんだ















!!!!!!」




「っ…!!?」












がしっと身体が止まるのを感じるのと同時に腕に引力を感じる

突然の動力の停止によって上半身は前のめりに倒れかけるが、もう一方から伸びてきた手によって転倒を免れる



顔を上げると、
その腕の持ち主は今まで見た事のないくらいに怒っていた










「っ令……」


、どういう事?」








やっぱり高校時代唯一運動部に所属していた令に足の速さで敵う訳がなかった

直ぐに私を追いかけて教室を飛び出して来たのだろう


私の両腕を力強く握りながら令は物凄い顔で問い詰めてくる










「…どういう事も何も無いよ、もう決めた事なんだ」

「そんなんで私達や、聖さまと蓉子さまが納得出来ると思う?」

「納得も無いよ!私はっ…私は本来あるべき場所に戻るだけなんだから」









何とか腕を振りほどいて逃れようとする

こうしている間にも聖と蓉子、江利子達が廊下の向こう側から怖い顔をして此方にやって来るのが見える



本当に、怖くて初めて彼女達に心底恐怖を覚えた



どんなに怒られても
絶対にその怒り顔の奥に優しさを秘めていたのに

今の皆の目にはそんなのもの欠片もない









「っ離してよ!令、お願いだからっ!!」

「離す訳ないでしょ!全て話して貰うまで私は、私達は君を逃がさないよ」

「逃がさないって…私は!私は令の、令達のモノじゃない!!」

「っ………」

「離して、もう何も話す事なんて無いんだ」

「ねぇ、。どうしちゃったの?此の間からおかしいよ…」

「っ令には!令には…関係」







「令、。とりあえず此処は公衆面前だから場所を変えよう」















心にも無い言葉が飛び出す前に、
とうとう私の所へ追いついた聖が令の肩を掴んで押し留める

我に返ったようにため息を吐く令の手から力が抜けて
その隙に私はするりと抜け出して再び廊下を駆け…、

ようとしたが、それは蓉子によって制されてしまう


身体ごと蓉子に突っ込んでしまい、
ぼすっという情けない音と共に衝撃を顔面に感じて

恐る恐る顔を上げてみる


蓉子が至極怖い目つきで私を見下ろしており

がしっという擬音と共に私の両肩を強く掴む



此れでもう逃げる事は敵わないという訳だ



廊下中の視線を浴びながら、
朝とは違い異常に恐怖のオーラを放っている一行は廊下を進み

校舎を出て


校門へと辿り着く
しばらく歩いたところに立体駐車場があり、其処に停められている2台の車


1つは蓉子の真っ黒な車

もう1つは令のワゴン車


私は否応なしに蓉子の車の後ろ席に放り込まれて、
詰めるように両脇に祥子と江利子が乗ってくる

何だか警察に連行されているようだった





運転席には聖が、

助手席には蓉子が乗り込む



令の車には令と祐巳ちゃんと由乃と志摩子と乃梨子が乗り込むのが窓越しに見える



















どうしてこんな事になったんだろう










どうして私は此処まで皆に怒られなくてはいけないのだろう







私は、只…

私は只










楽しい時間はいずれ終わり行くものだと知った

だから其れを


見極めているだけなのに

















どうしてこんなにも皆に怒られなくてはいけない?






聖と


蓉子が










こんなにも怒っている姿を見たのは9年間で初めてだった―――――



























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