「はぁ……」









祥子のため息が隣から聞こえる
車の騒音が、騒ぎ立てる中

はジッと窓の外の移り変わる景色を眺めていた

両手拳をギュッと握る



令と蓉子に掴まれた腕と肩が痛い
きっと痣になっているんだろうな

人に痣を付けられたのなんて、リリアンであの子達と喧嘩をしていた頃以来だ


でも今回の痣には悪意がまるっきりない分余計に軋む



背もたれに背中を預けて頭を置く
視界には車の天井だけが映る



その視界がだんだん滲んできた

そしてつぅっと頬を涙が流れる






辛い
凄く、悲しい



寂しい……














ふと、頬に指の感触がして
涙を拭われる

目だけそっちにやると、江利子が柔らかく微笑んでいた


そして車の中に響く

けれど小さな声で呟かれる











「……馬鹿ね」















目を伏せる
その一言をきっかけに再び涙が流れ落ちていく

は両手を顔に持っていき、顔を覆う













「…判らないんだよ………」
































空は広い
そして蒼い




命ある限り1人の人間として願う事は誰も同じなのではないか









遠い記憶の片隅に

静かに眠っていた欠片が


再び剥き出す




心が痛い
心が冷たい





寒い…



心の中で雨が降り続けている

あの日、



父親と母親に

捨てられた夜





あの日の夜の風が心の中を吹き荒れる


















「判んないんだよ!」











頬を撫でる江利子の手を振り払う

バックミラーに映る聖と蓉子は複雑そうな顔をして此方を見ていた














あっという間に車は家に辿り着き、
もう逃げる事も抵抗する事もないは静かに祥子の後ろを歩いて部屋まで戻る

そしてしばらくしてから別の車だった令と祐巳ちゃん達がやって来る






は部屋に戻ると直ぐに自分の部屋に引きこもる

鍵の付いていない扉の取っ手に内側から紐をぐるぐると巻きつけて、端をベッドに結ぶ


此れで外からは誰も入って来れない


リビングに集まっていた皆はそんなに気付いて扉の前にやって来る




1人になれた事にホッとしたような、
寂しさが倍増したような

そんな気持ちを持ちながらはベッドの上で膝を抱える
膝小僧に顔を埋めて小さく丸まる







扉が控えめに小さくノックされる
















、話をしよう?」






聖の至極穏やかな声
先程の顔からは想像も出来ない穏やかさだった







「………嫌だ…」

「話をしなきゃ伝わらないよ?の言いたい事、気持ちが」

「…っ人間同士分かり合える事なんか無いじゃないか」

「分かり合えないのに共生していく事なんて無理でしょ?少なくともは私の事理解してくれると思っているけど」

「それは……もう私は嫌なんだよ、聖…。判らない事だらけの生活に疲れた」

「ねぇ、。そんなの皆そうだよ、皆判らない事だらけだよ」








苦し紛れに声を発するに、
聖は苦笑しながら扉に額をくっ付ける

江利子は扉の隣の壁に沿い座り込み

其れに次ぐ様にそれぞれ其の場所にしゃがみ込む


聖だけが立っている状態で



扉1枚隔てた向こう側に居る愛しき子どもに語りかける










「私だって人生の半分近く生きたけど、未だに判らない事だらけだ」

「…………」

「其れをまだ11年しか生きてないが全て理解出来るなんて有り得ない事だよ」

「…………」

「泣きもするし怒りもするし、笑いもする。そうして少しずつ分かり合いながら育っていくんだよ、人間は。死ぬまで」

「…死ぬまで……?」

、私達が怒っているのはが私達の元から離れていくからじゃない」

「……じゃあどうして…」

が何も話してくれないからだよ。小さい頃から何でも独りで背負う子だったけど、肝心な時にさえ何も言って貰えない自分の不甲斐無さが悲しいんだ」

「違う…そんなんじゃないよ……」

「どうして何も話さないで決めちゃうの?私達はそんなに離れるに容易い存在なの?」

「違う!そんなんじゃない!!」







の悲痛な怒鳴り声が聞こえて、
聖はそっと目を伏せる

そして扉に当てていた手を下ろして深呼吸する


















がもうそう言うんだったら私達は何もに出来ないね…残念だけど離れるしかないか」















そう言うと、
蓉子の腕を引いて立ち上がらせる






「行こう、蓉子。ほら、江利子も皆も…立って。此処に居てもしょうがない」





扉の前から遠ざかる一行には耳を澄ませる

どうやら振りではないらしい
数人分の足音が扉の前から、廊下の向こう側へと遠ざかって行き


はハッと立ち上がる

ベッド上でいきなり重心が変わったのでスプリングが軋んで身体が揺れた




押し寄せた不安は的中する

足音はリビングへと向かっているのではなく、
玄関へと向かっている


ドアが開かれる音がした







は急いでベッドに結んである紐を解く

けれど固く結んでしまった其れは、
焦っている人間に簡単に解けるものではなく


滑って上手く解けなかった







そうこうしている間に数人は家から出て行ってしまったらしく、

人の気配が激減する





やっとの思いで解いた紐を放って部屋から飛び出すと
廊下をかけていく

玄関にはまだ聖と蓉子と江利子が居て、

丁度3人とも靴を履いている所だった





此方に背を向けて立っている聖の背中に、は飛びつく













「っ!?」


「ヤダ!!行っちゃヤダ!」











必死で聖の腰に腕を回して引き止める

聖は驚いた様に目を丸くして顔だけ振り返っての姿を確認する



は一生懸命首を横に振りながらしがみ付く











「嫌だよ、聖!行かないで、置いて行かないでよ!!」

…」

「嫌だ、嫌だ…蓉子も江利子も、皆…を置いて行かないで…」

、落ち着いて」

「っく、うぅ…うぁあ…」








聖の背中に顔を押し付けて嗚咽を漏らすに、
聖は微笑しながら蓉子と江利子と顔を見合わせるとの腕を引いて自分の身体を解き放つ

そしての前にしゃがんで、目線を合わせる



そのまま抱き締める












「…ねぇ、判った?」

「ひっく…うっ……なに、が…」

「私達もに行かれちゃ嫌なんだよ?こうして抱き締めて引き止めたいくらいに」

「うぅ……でも、私は…っ」

「こうやって泣きついて、引き止めたいよ。本当は」

「…っく……」

「お願い、話してくれる?」

「………………うん…」












聖の肩口に顔を埋めて、小さく頷いたを聖は撫でる


そしてもう1度強く抱き締める





















信じよう







心が見えなくて


   不安な日もあった











誰かを愛する意味

 自分なりに決めた






      すべてを信じ抜くこと




































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