「はい、此れ飲んでみて。落ち着くよ」
「…有難う」
優しい笑みの令に、温かいココアを差し出されてはしもどろに礼を言う
散々泣き喚いた後でバツが悪いのか、
それともはたまた別の理由があるのか
は俯いたまま、両手で包むように持つココアの水面を見る
ソファの周りに囲った人々の顔を見るのは何とも勇気が要るものだ
両隣に座る聖と蓉子の顔を小さく見上げて伺うと、
同じように令から差し出された珈琲を一口飲んでいる所だった
役目を果たしたお盆を食卓に置いて自分の姉である江利子に何か話しかけている様子の令
再び遠慮がちにその背中を眺めていると、ふいには一息置いて口を開く
「えっと……令ちゃん…ごめんなさい」
「え?」
突然話しかけられた令は吃驚したように振り返って、
を凝視する
今度はは目を逸らさずに、そのまま令の隣に居る江利子へと目を向ける
「江利子も、ごめんなさい」
「…」
けれど江利子はの言いたい事が判っているらしく、
食卓に肘杖を着いた顔で微笑む
そしてはココアを軽く飲んでからサイドテーブルに置き、顔を上げる
「あのね、手紙が来たんだ」
「うん」
「お母さんから。あ、生み親のお母さんね」
「…うん」
「明日刑が終って、保護観察で刑務所から帰ってくるんだって」
「……うん」
隣で静かに頷く聖の声に、リズムを取るように合わせながらは話を続ける
「2人とも私に会いたいらしいんだ、もちろん最初は保護観察の人が一緒だけど」
「………」
「そしてお互いが大丈夫なようだったら一緒に暮らしたいって言うんだ」
「……うん」
「そりゃ、最初は凄く悩んだよ。また虐げられるんじゃないかって怖かった」
「うん」
「でも、また人を傷つけるような人間を刑務所から出す程甘い世の中じゃないと思うし」
「…うん」
「もう1度信じてみようと、思う。愛してみようと思う…」
「…………そっか」
聖の相槌は終わり、
ため息を吐いてから体勢を整えて考え込む
一気に話し終えたは一息吐いてから再びココアを飲みだす
令の淹れたココアがは昔から大好きだった
泣いた後に淹れてくれるココアが大好きで、
でももう此れも飲めなくなるのかと思うと少し胸が痛んだ
皆は何やら黙り考え込んでしまっている
そんな大人達の顔を窺いながら
カップに残った最後の一滴を飲み干す
「其れで、はもう決めたの?」
「……うん、ずっと聖と蓉子達の世話になる訳にはいかないし」
「どうして?」
「えっ、どうしてって…」
蓉子の口から紡がれた言葉に、は慌てて顔を上げて答える
けれど低く冷静な声に少し焦りを伴い、
冷や汗をかきながら問い返す
蓉子はソファの肘掛に肘を着いて其処に頭を乗せ、
をジッと見つめている
「どうして私達の世話にいつまでもなっていちゃいけないの?」
「そりゃあ…本当の家族じゃないし……」
「血が繋がっていなくても一緒に生活している人なんて沢山居るわよ」
「それは……」
「それ以前に血が繋がっている繋がっていないなんて関係ないと思うのだけど」
「…蓉子……」
「私達は貴方を愛している、そして貴方は私達を愛してる。そうでしょう?其処に一緒に暮らしていたらいけない理由は存在する?」
「っ…」
塞ぎこんでしまったの肩を抱いて、
蓉子は背中から肩口に顔を埋める
そして一旦置いてから小さく笑いを漏らす
「なんて…ね、そんな事言われても困るわよね。ごめんなさい、困らせて」
「あ……ううん…」
「いいわ、行きなさい。その代わり…」
「え?」
「私達はおかえりという言葉を用意して待っているわ」
「……うん…有難う、蓉子……」
「愛しているわ、。今までも此れからもずっと」
「…うん、愛しているよ。蓉子」
優しい声で囁く蓉子に、
は背を預けて寄りかかり小さく笑う
そして辺りを見回せば皆微笑みながらを見下ろしていた
「何かあったら必ず連絡でもしてね、飛んで行くから」
「絶対連絡するよ。有難う、聖」
「愛しているよ、」
「うん、愛している。聖」
「3日に1回、其れまでにあった面白い出来事を報告する事。義務だからね」
「いやぁ…それは……」
「愛しているわよ、」
「うん、愛しているよ江利子」
「学校帰りにはケーキ屋寄ってね。おやつをサービスするよ」
「本当!?やった!有難う、令」
「愛しているよ、」
「うん、私も愛しているよ。令」
「たまにはお小遣いでもせびりに来てもいいのよ?其れくらいあげるから。甘やかし過ぎは駄目と言われているけれど」
「あははっ、やったね!」
「愛しているわ、」
「うん、愛しているよ。祥子」
「リリアンに来ないのは残念だけど…でもちゃんなら何処でもやっていけるよ」
「祐巳ちゃんの授業好きだったから残念だけど、でも頑張るよ。勉強」
「うん、頑張ってね!愛しているよ、ちゃん」
「愛してるっ、祐巳ちゃん!」
「貴方と一緒に令ちゃんをからかえなくなるのは寂しいわね」
「由乃師匠、いつもお世話になりました!おかげさまでいろんな勉強になりました」
「ふふっ、いつでも教えるわよ。愛しているわ、」
「愛しているよ、由乃」
「また家出したくなったらうちのお寺にいらっしゃいね、父と兄共々迎え入れるわよ」
「でも此の間小父さんと買い物に行ったら誘拐犯と間違われてたよ」
「……それは、もう忘れて頂戴。此れからもずっと貴方を愛しています、」
「ははっ、うん。努める。私もずっと愛しているよ、志摩子」
「また一緒に座禅組もうよ、志摩子さんの所で」
「うん、今度こそ叩かれないでみせるよ」
「頑張ろうね、愛しているよ。ちゃん」
「うん、愛している。乃梨子」
一通り挨拶を終えると、
いつの間にか皆の目が潤んできていた
は、微笑んで
小さく肩を竦めて笑った
「大丈夫、皆と居た時間程楽しかった時間はこの先の人生で巡り会えないから」
だから、泣かないで
私はもう1度頑張ってみるだけなんだから
今まで通り皆とはやっていきたいんだ
…さよなら
は
佐藤 になれて幸せでした
皆と出会えて幸せでした、有難う―――――――
そしては次の日、荷物共々姿を消した
の部屋に入ると
蓉子が静かに何も無くなったベッドを撫でていた
聖は蓉子を後ろから抱きすくめて微笑む
ずっと
此れからもずっと続くと思っていた時間が突然消える時程
寂しいものはない
こんなにも呆気なく失くなるものなのかと、
儚い気持ちになる
ふと、の机の上にある包みに気付いて聖は手を伸ばす
「蓉子、此れ…」
「何?」
「が…」
そう言いながら水色の包みを開ける聖の手元を蓉子は覗き込む
次第に開かれていく其の中は、
白い箱が隠れていた
其れを慎重に開けると出てきたのは―――――
白と紅と黄
三色の薔薇の形をした飾りが詰め込まれているピアスが2つずつ
其れと、オレンジ色のシンプルなピアスが2つずつ
「っ…聖、どうしよう。私凄く泣きそうよ」
「……うん、蓉子。私もだよ」
「どうして、どうしては私達の元に残ってくれなかったのかしら」
「多分は…そうする事が私達に1番喜んで貰える事だと思ったんだと思う」
「そんな、私は……私達はが居てくれるだけで良かったのに」
「…………うん」
2人で抱き合って、
眠った
あの夜、まだ小さなを間に置いて眠った様に
少しだけ2人の間に隙間を作って眠った
けれど其処には居る筈もなく
風が通って寒いだけだった―――――――
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