「親と?ん、全然上手くいってるよ?」
令の即席おかゆを頬張りながら、
祐巳と由乃と令に嘘を吐く
唯一芋づる式の様に全て喋ってしまっていた江利子は黙っての隣でお茶を啜っていた
けれども由乃が机上から身を乗り出してしかめっ面で否定する
「そんな訳ないじゃない!家族円満ならどうして裸足でボロボロで此処まで来るのよ」
「だから最初は部屋で本を読んでいたんだけど気付いたらふらりと家を出て此処まで来ちゃったんだって」
「さっき傷の手当をしている時にズボンの裾から見えたけど痣だらけだったじゃない」
「其れは最近良く転んじゃうんだよ、家族と一緒になれて浮かれているからかな」
「…っ、貴方ねぇ!嘘もいい加減にしなさい!」
「嘘なんかじゃないって、嘘吐いてどうすんの」
へらへらと笑いながらスプーンを持った手を横に振るに、
由乃は盛大なため息を吐いて元の席に腰を沈める
由乃が黙ったのを確認しては再び胃に久しぶりの食料を掻き込む
物凄い勢いで食べるを、江利子は只静かに見守っていた
どうして目の前の女の子はそんな嘘を吐くのか
そして先程まで涙を流しながら呻いていたあの姿は何処へ消え失せたのか
たかが11歳の子どもにそんな芸当が出来るものなのか
一通り食べ終えたは最後に水を一杯全部飲み干すと、ため息を吐く
次いで立ち上がると背伸びをする
「ごちそうさま!やっぱ令のご飯が1番だね。さて、とお腹もいっぱいになったし帰ろっかな」
「え?帰る…の?」
「うん、久しぶりに令のご飯が食べたくて来ただけだからね」
「…、正直に答えて欲しいんだけど……」
「ん?」
身体を伸ばすに、令は不安そうに問いかける
笑顔を取り繕って疑問を受け入れるに、令は深呼吸をして言葉を紡ぎ出す
「今、今…は幸せなの?」
一瞬躊躇してから、は静かな笑みを顔面に貼り付ける
その仮面に令と祐巳と由乃は戸惑う
いつしか、遠い昔
何処かで見た事のある仮面だった――――――
「物凄く幸せ」
「…それで、どうするつもりなの?」
「さぁ、どうしようか」
「もう直ぐ聖と蓉子来るわよ」
「おっと、その前に行かないと」
祐巳ちゃんと由乃と令としぶしぶ別れた後、
コンビニに停めてあった江利子の車の前で欠伸を1つしながら呻く
そんなに江利子は車のボンネットに腰を預けて呆れた目で見やる
「どうしてそんなにあの2人に会いたくないのよ?」
「…甘えちゃいそうだから」
「甘えたっていいじゃない、だって貴方達は…」
「駄目なの。もう、家族じゃないから」
「本当に……貴方って」
「其れにね、私此れから行く所があるんだ」
の言葉に江利子は振り返る
目の前に居るは悪戯っ子のような顔で江利子を見返して、笑う
「何処よ?」
「秘密」
「場所を教えてくれないと送ってあげられないわよ」
「いいよ、別に。此処で待ち合わせしてるんだもん」
「…あっそ、じゃあ私は帰るわよ。そして聖と蓉子に労いの言葉をかけるわ」
「……江利子、ごめんね…。有難う」
「………」
踵を返して車に乗り込む江利子の背中に、は小さく笑って引き止める
「あのね、私はあの家で1度もご飯を食べさせて貰った事はないんだ」
「…は?」
「けど私は1ヶ月間生きてこられた…どうしてかというと近所の人がこっそりご飯をくれたから」
「…そう」
「今回逃げ出せたのもその近所の人が協力してくれたからなんだよ」
「そう、なの。良かったわね」
「うん、江利子さんのおかげだよ」
「……?」
はそう言って、一礼すると
コンビニの割にはかなり広い駐車場の端の方まで駆け出して行ってしまう
江利子は車の中で小さくなりつつある少女の背中を見守る
そして其の言葉の意味を追求するが、
どうしても判らずため息を1つ漏らすと車から降り店内に入る
紅茶とガムを手に取り、レジに持って行った時
その駐車場に異様に大きなトラック、恐らく4tトラックだろうか
がやって来てその中にが乗り込むのが見える
レジの店員が値段を告げるのも構わずに江利子は目を凝らしてトラックの運転手を見ようと努めた
ガラスに日の光が当たり中の様子は良く見えなかったけれど、
駐車場から出ようとする際ちらりとその顔が見えた
煙草を咥えたまますらりと長い腕でハンドルを回す様は似合っていて
髪は短く切り添えられていて
けれども身体のラインからして男性では無い
ちらり、と一瞬目が合った気がした
何処か懐かしい眼差しで
目を細めて笑う其の人は、
江利子の胸を掴み離さない
顔が見えたと言ってもその距離は50メートルちょっとなのだから誰か判別出来る程ではない
レジの店員が不審そうに声をあげるのに気付いた江利子は小銭を出して、会計を済ませる
店を出て、車に乗り込む前にトラックが消え去った方向をしばらく眺めていたけれど
車の中にあった携帯電話に着信が入り、その目を逸らす
運命の再会だった、のかもしれない――――――
(其れでを何処の誰かも判らない人の元へ行かせたっていうの!?)
受話器から聞こえる声に、
江利子は一旦電話を耳元から離して眉を顰める
そしてため息混じりに返答をした
「何処の誰かも判らなくは無いでしょ、じゃなきゃだって着いて行かないでしょう」
(信じられない!普通保護者として咎めるわよ)
「だってが私の干渉を拒んだんだもの、どうしようもないわ」
(其れでも干渉するのが家族ってものでしょう!)
「あんなに笑顔で乗り込んでたんだからオトモダチよ、きっと」
(4tトラックを運転するような逞しい人と只の小学生がどうやったらオトモダチになるのよ!?)
「だから近所のお姉さんらしいわよって言ったじゃない」
電話口で咎めてくる蓉子に、
の真実を話す訳にはいかない
そうすればより一層興奮していきり立つに決まっているから
その真実を話せないもどかしさと、
何故自分が咎められないといけないのかという理不尽さに江利子は少しイラッとする
「其れで美味しいご飯食べさせて貰ったんだ?」
「うん、すっごい美味しかった!やっぱり令は尊敬しちゃうな」
「ははっ」
「もちろん蓉子と聖も料理は上手だよ、でも令は何ていうか…」
「天性のもの?」
「そう!それ。料理をするべく生まれてきたって感じなんだよ」
「はぁ、なるほど。でも小さい頃は下手くそですんごい不味いもん作ってたんだけどな…」
煙草を咥えながら笑うその人に、は意外そうな顔を向ける
信号の赤で、停まっている時にしか話せないその人は
の顔を見てにやりと笑った
「内緒だよ?」
「…ふふっ、うん」
そして青になり、車が動き始めると会話は途切れる
相手の顔を見ないと話す事の出来ない其の人は、
とても綺麗な指に煙草を挟んで
とても綺麗な顔に一筋の傷を覆っていて
とても綺麗な笑い方をする人だ、と思っていた
傷があるのは顔だけではない、
身体中にある無数の其れは自分と同じだ、と
は初めて会った時そう思った
否、正確には初めてではなかったけれども
部屋の窓からこっそり顔を覗かせた此の人は、
何も言わずに手を伸ばしての頭を撫でて
そしておむすびをくれた
突然の事にが戸惑っていると、
小さな声で囁いたのだ
『絶対近いうちに此処から連れ出してあげるから。あの人達の元へ帰してあげるから』
そして、どうして其処までしてくれるのか、と
2週間目ぐらいに訊ねた時
其の人は小さく微笑してから
『江利子さんのためなら何でもすると決めた。そして江利子さんを悲しませる事は何が何でも阻止すると決めたから』
何だか、凄く格好良いように思えた
どうして其処までを毎日面倒見てくれるのか
どうして江利子のために其処までしてくれるのか
そして江利子とどういう関係なのか
思い出したのは、
最後の日だった
逃げ出した、その日
いつしか遠い昔に会っているのじゃないか、と
そう言った時
其の人は嬉しそうに笑った
そしてに1つの栞をくれた
其処にはある草が押し花にされていて、小さく飾られていて
其れをくれた後、其の人は家のチャイムを鳴らしたんだ
親という名目の生き物達が其の人と何やら届け物のトラブルについて話し込んでいた隙に、
はベランダに出て隣の家に入り込んだ
そして隣の家は若い男性が1人暮らしをしていて、
隣のうちで何が起きているのか壁を通して聞こえてたらしい其の男性は何も言わずに家の中へ入れてくれて
まだ其の人と親達が話し込んでいるのを確認してから
その玄関のドアから一気に逃げ出したのだ
「ねぇ、貴方はどうするつもりなの?」
「………さぁ、どうしようか」
「ふふっ、私と一緒だ」
「じゃあ2人で逃避行でもするか?」
「っそれは…、私は……」
「帰りたいんでしょ?本当は、聖さんと蓉子さんの元に」
「……………」
全て見透かした笑顔でそう言う其の人に、
は何も答える事が出来なかった――――――――
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