「家がない!?」












珍しく叫んだ令に累は顔を退かせて眉を顰める

令の隣に居る祥子も呆気に取られた顔をして累を見つめていた









「う、うん…家があると何かあった時に行動し辛いからあのトラックの中で寝泊りしてたんだけど……」

「其れで、9年間ずっと?」

「うん」

「うわ、信じられない…」










盛大にため息を吐く令に累は苦笑する




此処は令と祥子の愛の巣

聖と蓉子の家に泊まった翌日、累は令に呼ばれた


そしてお茶をご馳走になりながら近況報告などさせられている




令のお手製のマフィンを齧りながら累は雑誌を捲る

自分が映っている雑誌を見るのも変な感じだ










「専属モデルになってくれって頼まれた時はどうしようかと思ったけどねぇ」

「でもやってるんでしょ?」

「お小遣いを稼ぐ程度にね、あまり有名になっちゃうと誰かに見つかっちゃうかと思って」

「本当此処までひっそり暮らして来れたのは奇跡じゃないかしら」








微笑みながらそう言う祥子に、累は笑みを返す











「でも、幸せそうで良かった」

「………」

「ちょ…令?」










祥子の瞳を見つめたまま言う累に、危険を感じたのか令が祥子を抱き締める


そんな令に累は可笑しそうに声をあげて笑う











「ふははっ」

「む…な、何?累」

「いやっ、何でも……ぷっ、くくく」

「何か…凄い馬鹿にされてる気がする」

「してないしてない。全然してないよ。むしろ嬉しいんだって」

「…やっぱり久しぶりに会っても累の事良く判らないよ」

「そう?まぁいいじゃない。とにかく皆には連絡ついてるの?」










涙を拭きながら机の上にあった旅行用パンフレットを持ち上げる累に、令は頷く

祥子の身体を解放してから、パンフレットの中の写真の1つを指す










「此処に予約が取れたよ、1つの別荘みたいなものなんだけど裏に温泉があるのが目玉なんだ」

「別荘なら祥子の所行けば良かったんじゃない?」

「其れも考えたけど、皆は違う地に来た気分を味わえても祥子だけは違うじゃない。そんなのつまらないし」

「ふ〜ん、祐巳ちゃんとか由乃とか志摩子とかも来るの?」

「うん、突然だけどの帰還祝いだと言ったらすぐさま予定を空けてくれた」

「さすが。姫だね、皆の」

「ふふふ、まぁね。後、累はまだ知らないと思うけど志摩子の妹も来るから」

「知ってるよ、日本人形でしょ。聖さんに聞いた」

「…日本人形」








少し固まってしまった令を他所に累は祥子に向けて顔を上げる








「移動手段は?」

「二手に分かれて行くわ。聖さまとお姉さま、、貴方と江利子さま。そして私と令と祐巳と由乃ちゃん、志摩子、乃梨子ちゃんね」

「了解。じゃあ向こうで落ち合う訳だね」

「ええ」







累は背伸びをしてから、煙草の箱に手を伸ばす

が、祥子に其の手を制されしぶしぶ諦めて
紅茶に手を伸ばす










「それじゃ、行こうか」

「うん」







令の声により、同時に立ち上がる2人に祥子は「いってらっしゃい」と告げる







「夕方には戻るから」

「そんな長居するつもりはないけど」

「ええ、判ったわ」











外に出るなり、煙草を咥える累に令は苦笑しながら口を開く









「お父さんとお母さんの前では煙草吸わない方が良いんじゃない?」

「知ってるよ、2人とも。令が祥子と暮らし始めてあの家に寄り付かなくなってから時々あの2人には会ってたし」

「そうなの?2人とも酷いな〜、私にだけ隠してたなんて」

「そう言わないでよ。私が頼んでの事だったんだし、う〜ん今日は由乃家に居るのかなぁ」

「居るって。久しぶりに支倉家と島津家集合だよ」

「そうなんだ」














































「…うぅ……酷いよ」

「酷くないわよ、治すためだもの」





身体中が軋む状態で、ソファに横たわりながらは蓉子を見上げる


けれど蓉子はの頭の方に腰掛けて優雅にお茶など啜っていた









「痛いよ〜、病院なんか行ったから余計痛いよ」

「其れは錯覚よ」

「錯覚なんかじゃないやい」

「…しょうがないわね、はい、痛いの痛いの飛んでけ〜」

「……馬鹿にしてる?」

「いいえ、全然」










の頭を擦りながらそう言う蓉子にはジト目を向ける

包帯だらけの足、

包帯だらけの腕、

包帯だらけの身体


ついでに絆創膏だらけの顔面



湿布だらけの全身






散々だった

は鼻の上に貼ってあった絆創膏を端からピリピリと剥がしながら不貞腐れる


昨日あの後無理矢理病院に連行され、
問答無用で治療され

ぐったりしている上に包帯の匂いが鼻を刺激して何とも言えない不快感に襲われしまう




夜、聖が大笑いする中で久しぶりに3人で夕飯を食べたりしたという訳で


明日温泉に行くだなんて突然の提案に蓉子と共に目を丸くするだけだった

聖は何処か嬉しそうだし





…何か企んでるな










「我慢したらイクラ食べさせてくれる?いっぱい」

「ふふっ、明日ね。美味しいイクラを沢山食べさせてあげるわよ」

「じゃあ我慢する」





蓉子の膝に頭を置いて、
欠伸をする

先程剥がした絆創膏を蓉子に再び鼻の頭に貼られる










蓉子は1人、

舟を漕いでいるの顔を眺めながら物思いに耽る



昨日江利子に聞いた話
両親が再び逮捕されたというニュースを見て、泣いたという

そして再びは警察に捜されていて





このままを手元に置いておく訳にはいかないのだろうか

もちろん警察に連絡したとしても、
1晩くらいだけいろいろ調べられてすぐにまた戻って来れるだろう


けれど


けれども




私は行かせたくない









あの大人の、どろどろした世界にもう2度と行かせたくない



いろいろ調べられるって事は、
いろいろ聞かれて、
いろいろ辛い事を思い出さないといけないって事だ


もう此の子には、

あんな悲しい顔をさせたくない



が戻ってきた夜

を挟んで眠った時
夜中には涙を零して、必死に何かから自分を守っていた


汗が噴き出して苦しそうに呻いているに私と聖は目を覚まして、

何も言わずに互いにを守るように抱き締めてあげると



やっと安心したのかは大きく息を吸ってから眠った






此の子を守ると誓った


此の子がうちに来た時から、ずっと誓った事なのに―――――――




































死んだと思っていた想い人が帰ってきた時、人はどうするのだろう



戸惑う?

それとも力の限り抱き締めて存在の確認をする?





どう、するのだろう…




私はどうもしなかった

只、微笑んで受け入れた



逆に累の方が拍子抜けしたらしく、戸惑っていた







夜のトラックの中で、
押し込め続けていた想いが爆発して運転席に身を乗り出して累に情熱的なキスをした

運転席に座る累に向き合う様に累の膝に乗り、



その頭を強く掻き抱いた


その身体を激しく抱いた








累は、知っているのだろうか

ずっと私を見てきていたと言うけれど
私が婚約破棄をした事

あの男性とは結婚していない事


其れでも尚、結婚の申し込みをされ続けている事…



正直言うと、長年の申し込みによりそろそろ受け入れようかと思っていた頃だった

なのに累は其れを見計らったかのように戻ってきた




私は、どうすれば良いのか判らなくなってしまった






このまま累と長年の時間を取り戻すのも良いかもしれない

けれど、家族は反対している
高校時代はあれだけ反対していたのに、今はあの男性と結婚して落ち着いて欲しいと言うばかりだ


















「貴方が居ない時間が長過ぎたわ、累……」
































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