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「………」
「………」
「………」
沈黙が支配する部屋では気まずさも滞在していた
両親達はそれぞれ互いの娘達を見守り口を頑なに開かない
全ては娘達にあると云う訳だ、今後の展開は
累は吸っていた煙草を灰皿に押し付けると頭を掻きながらため息を吐く
そんな累を累の母親は肘で突いて嗜める
1度母親の顔を見てから、眉を顰めて問題の中心である幼馴染に目を戻す
幼馴染は只ジッと累を見ながら紅茶を啜っているだけ
そんな彼女との空気が気まずいから累は累なりに気を紛らせたりしていた訳だが
昔から間を取り持ってくれていた令は苦笑しながら2人を見守っている両親達の仲間に入り込んでいるし
珈琲を一口飲んでから、累はにっこりと笑顔を向ける
「元気だった?由乃?」
「………」
「………あの~…」
「………」
「………由乃?」
「………」
「…………良い天気だねぇ…」
「今、夕立の真っ最中だよ」
やはり間が持たなくて、空笑いをしながら遠い目つきをすると
隣に居る令から鋭いツッコミが入った
ヘタ令のくせに…
「問題!私が5歳の時に公園で転んで傷が出来た場所は何処!?」
「へっ?」
令を睨んでいた累に、突然由乃は叫んだ
さすがに両親達も令も驚いたらしく目を見開いて由乃を凝視する
「あぁ……怪我してないでしょ、私と令で庇ったから」
「……正解。じゃあ第2問、私が嫌いな人の種類は!?」
「…………江利子さん…」
「…正解。第3問、私が世界で1番好きな人は?」
「令」
「…正解。じゃあ第4問、私がずっと会いたかった人は誰…?」
段々目が潤んでくる由乃に、
累は優しく笑みを返す
そして由乃の頭に手を置いて、撫でる
「大好きな累ちゃん?」
「……正解………累ちゃんの馬鹿」
ぐずっと鼻を啜る由乃に、その場に居た全員の顔に笑みが張り付く
素直になれない
素直じゃない
そんな大事な幼馴染
そんな大事な従妹
大好きだよ、由乃
会いたかったよ、由乃
元気そうで何よりだ――――――――
「…ねぇ、由乃。君は令の車でしょ」
「私はこっちがいいの!」
「……由乃の嫌いな人種の"江利子さん"も居るけどいいの?」
「いいの!!」
「あ、そう」
げっそりとした顔つきで翌日聖と蓉子の家にやって来た累の左腕には、由乃の姿があった
先に聖と蓉子宅に来ている迎え出た江利子と、由乃の目が合う
しばしの沈黙の後
江利子が不敵に笑った
由乃は売られた喧嘩は買うらしく、累の腕を更に強く抱き締める
「…令の苦労加減が判った」
1人何処か満足げに頷く累
とにかく家の中へ上がらせて貰うと、
聖と蓉子が大きなボストンバックを丁度リビングに運び終えた所だった
「いらっしゃい……?」
「いらっしゃ…何で由乃ちゃん此処に居るの?」
2人とも累の方を見るなり、其の目は左腕にやられて不思議そうに首を傾げる
累は苦笑しながら自分と由乃の旅行バッグを食卓の下に置く
「何かこっちの車に乗りたいみたい」
「其れは別にいいけど…でも由乃ちゃん、祐巳ちゃんはいいの?」
馨の荷物や服はまだあの家にあるから、
昨日買い揃えたらしい新品の服が詰まっていた
とっくに用意を終えている馨はソファに座ってテレビを見ている
その隣に累が座ると、由乃も引っ付いて来て累の隣に座る
「そうだよ、祐巳ちゃんと付き合ってるんでしょ?相方は大事にしないと」
「祐巳さんの許可は貰っているもん。其れに引っ付いてないとまた累ちゃん何処かに行っちゃうでしょ」
「包容力の強い恋人だね、祐巳ちゃん」
「……何処かに行っちゃうって言葉には深入りしないのね」
「其れは判らないよ、気が向いたらまた海外行くかもしれないし。今は何とも言えない」
笑っている累に、由乃は突っ込んで会話を繋げた
何やら不穏な雲行きになった2人に、馨は少し2人を見やる
そして人知れずひっそりとため息を放つ
「何でまたそんな不安にさせるような事ばかり言うのよ!?」
「別に…由乃が困る事じゃないでしょ、何で怒られなきゃいけないのさ」
「心配ばかりかけて罪悪感とかそう云うものを持ちえてないの?!」
「もう止めてよ、由乃こそ時と場所とか考える配慮持ちえてないの?」
「何よ!累ちゃんの馬鹿!!」
「…はぁ……令に無理矢理でも引き止めて貰えば良かったな、あっちに」
「っ馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!!!」
先程まで抱き締めていた累の腕を今度は両手拳で叩き出す由乃に、馨は一瞬びくっと震えて
更にソファの端に身体を寄せて非難して、テレビの音量を大きくした
そんな馨の背後から、ソファを乗り越えて江利子が首に腕を回す
其の顔は何処か憂いを秘めていて、そして物静かに微笑んでいる
「何ため息なんか吐いているの?」
「ん~…江利子はいいの?あの2人放っといて」
「そうね、私が口を出しても2人とも気持ちが納まる訳じゃないでしょ」
「でも累さんちょっと困ってるっぽいけど」
「長年周りを騙し続けてこそこそ生きてきた報いよ」
「ふぅん、そんなもんなんだ」
「そんなもんだわ」
江利子の突き放した様な言葉に馨は鼻を鳴らす
大人の世界は良く判らない、と呟く馨に江利子は笑い返した
その後ろで聖と蓉子も小さく笑う
突如、累は由乃の腕を掴んで自分を叩く動きを止めてから
顔を上げて江利子を見る
「江利子さんはもう準備終わった?」
「ええ」
「じゃ、行こうか。そろそろ行かないと間に合わないよ」
そう言って立ち上がる累に合わせて馨と江利子も体を起こす
聖が蓉子の分の荷物を抱えて、馨に自分の荷物を持ってくるように促した
部屋に馨の姿が消えるのを見届けてから聖は由乃を呼ぶ
「由乃ちゃん、今日から3泊4日は楽しいものにしようっていう令と累の計らいなんだよ」
「…はい」
「だからそんな顔してないで、楽しもう?」
「……はい」
ポンポン、と由乃の頭を撫でてから
聖は「うん、よし」と頷く
江利子の荷物の在り処を尋ねて何やら江利子と談笑していた累に、聖は目で意志を伝える
聖の顎がしゃくった方向にはどうやら幾分沈んでいる由乃
自分の荷物を抱えて玄関に向かう所らしい
累は1度江利子の顔を見ると、江利子は頷く
そしてため息を吐きながら江利子の荷物を自分の荷物と一緒に右手に持って、
由乃の背中に手をやる
ハッとしたように振り向く由乃の背中を何度か軽く叩いてあげてから、
その腕の中から空いている手で鞄を掴み玄関へ向かう
廊下で立ち尽くしているらしい由乃に気付いて、
累は振り返って微笑む
「行こう、令と祐巳ちゃん達が待ってるよ」
「……うん!」
「うぉ、重いって」
累の腕に抱きつく由乃に累は多少よろけながらも、
仕事で鍛えた腕力を生かして自分の部屋から出てきた馨の荷物も由乃の荷物と一緒に持ってやる
「逞しいわね、累。頼りにしてるわよ」
「お~、してして」
蓉子が靴を履きながら、言うと累は歯を見せるくらい明るく笑って言う
すると背後から体当たりするように由乃が居ない方の腕を掴む江利子に、累は完璧に前へとよろけた
「…痛いよ、其れはさすがに。江利子さん、状況を見てみようか」
壁にぶつけた額を擦る事も出来ずに呟く累に、
江利子は満面の笑みを向けて累の腕を掴みながら自分のサンダルを穿く
由乃も靴を履き終えるのを待ってから、
簡単にビーチサンダルを自分の足にかけてから累は玄関から出る
「両手に華、…否両手に重しだね」
「っぷくく、あははははっ!!」
先に出た累と引っ付き虫2匹と、
其の3人と話している蓉子の背中を見送りながら馨がそう言うと
聖が声をあげて笑い出した
楽しい3泊4日の旅が幕を開ける――――――――――
只側に居て欲しいと、そう思っただけ
只一緒に同じ時間を過ごしたいと、そう思っただけ
けれど
けれど…私の声が聞こえる?
お願い、誰か……あの人をこっちに振り向かせてください
誰かもう1度…もう1度あの頃に時間を戻してください
一瞬でいいわ
其れだけで充分
そうすれば貴方は例え一瞬だけだろうが、私だけを見てくれるでしょう?
『江利子さん、もう貴方を縛らないから…貴方にはあの人と結婚して欲しい』
夢で、
あの人が言った言葉は本当だった
あの人は再会してから1度だって私を縛る言葉を使わなかった
ずっと一緒に居よう、なんて甘い言葉すら囁いてくれなかった
もう1度あの時の2人に戻れるのなら……私は何をすればいいのか判るというのに―――――――
next...