人は、傷を負ったらどうするだろう?





痛いと呟く?

叫ぶ?




其れとも何も言わずにじっと我慢する?




もしくは赤い血が自分にも流れているのだと、
人類の神秘に感動しながら流れ出る血を眺めている?











どれにしても、傷はいつか塞がれて跡形も無く消え去るだろう










なら、

もし






癒えぬ傷を負ったら、どうするだろう?


























「あ、もう令達着いてるね」





車を運転しながら聖が前方を指すと、
其処には泊まる筈の別荘の前にワゴンと数人の人影

助手席に座っている蓉子が目を凝らすと、見慣れた人々だと判った

聖の視力の良さに少しだけ感動を覚える



そして後ろの席を振り返ると、真ん中で累が寝ていた
そして其の累に寄りかかるようにして由乃も寝ている


乗り物酔いをしないらしいと江利子は肩を寄せ合って本を読んでる










「着いたわよ、準備して。累と由乃ちゃん起こしてね」




に声を掛けると、が漫画から顔を上げて頷く
隣に座る2人に手をかけようとした

そのを江利子がたしなめ、止める


そして自らの唇に人差し指を当てて静かにするように促す






「?」

「面白い事思い付いたの」

「………」





言いつけ通りに静かにしながらも、は江利子を呆れた目で見やる
その江利子はあの例の不敵な笑みを貼り付けていた


そうこうしている間に、車は令のワゴンの隣に静かに停まり

令達も此方に気付いて集ってくる



聖と蓉子、江利子とが車から降りると

まだ降りてこない2人に気付いた聖が車の中を覗き見る








「あれ、2人ともまだ寝てる…」

「ちょっと退いて、聖」








窓を叩いて起こそうとした聖の身体を、反対側から回り込んできた江利子が退かす
そして静かに後部のドアを開けると更に笑みを深くした

聖と蓉子とが見守る中、江利子はふいにハンカチを取り出して手にすると


あろうことか2人の鼻と口を押さえるように塞いだ








「…………」


「……江利子…」


「…シッ。静かにして」


「………はい」








親友の行動に脱力したらしい聖と蓉子が項垂れてその名を呼ぶ
けれども江利子に至っては真剣そのもので

2人に静かにするように促す



酸素と二酸化炭素の通り道を塞がれた累と由乃は、
段々息が出来ない事に気付いた身体がぴくっと痙攣した

そして、段々その顔は蒼白になっていく










「「っだぁああああっっ!!!!!」」















叫び声が森の広がる自然の中に不自然に響く












―――――――――――――――――――――――――――――――


















折角楽しい筈の温泉旅行が険悪な空気に支配される

なのにその空気の中で1人だけ大爆笑している人がいた









「……………」


「……………」


「あはははっ、物凄い可笑しかったわ。あの顔ときたら…ふっ、ふふふ」







異様な雰囲気の3人の後ろで一行はため息を吐く

聖は自分の頭を掻き毟る
けれども、蓉子は何か探るような目つきで江利子の後姿を見守っていた



何か、おかしい

蓉子はそう思っていた



確かに珍しく楽しそうに笑っている江利子だけれど


何処かが何か違う















「江利子さんは窒息死させるのが好きみたいですね」

「あら、其れって情事の際の事を言ってる?」

「前から思ってましたけど、完璧Sですよね。江利子さん」

「今更ね、喘ぐ貴方が好きなの」

「奇遇ですね、反対なんですよ私は。喘ぐ貴方が好きなんです」

「でも喘がせられるのも嫌いじゃないわ、貴方相手なら」

「其れは良かった。今晩はたっぷりと喘がさせてみせますよ」

「楽しみにしてるわ」








「っていうか、さすがにの前で事に及んだら殺すからね。2人とも」





「……だそうですよ、江利子さん」

「大丈夫よ、するのに場所は選ばなくても平気だもの」

「ですね、いざとなったら外でするのもお構いなしですもんね。貴方」

「ええ、大事なのは内容よ。場所や時間なんて関係ないわ」

「大人な意見だ」







聖の投げかけた言葉に、江利子と累は顔を見合わせて笑った

そんな2人を見て由乃は頬を膨らませて、背後に居た祐巳の腕に抱きつく


祐巳も由乃の心境を判っているらしく何も言わずにされるがままになっていた








昼間っから物凄い言葉を連発している2人を、
令と祥子は呆れた目で見ていた

そして志摩子と乃梨子は何も聞いてませんという顔をして2人だけで談笑している


一行が歩いていくと、目的のログハウスに着いた





写真で見たのよりも意外と大きく、バルコニーまである

其処でバーベキューなんてしたら楽しそうだった


中に入ると結構ホーム的な温かさのある作りで、
畳の部屋まであるしソファもテレビも日用品は完備だ

此れだと此処に暮らすとなっても全然困らなさそうである


2階には廊下が続いていて、扉が幾つも並べて備え付けられている



それぞれの部屋を覗くと中も結構広くて1つの部屋に4人くらいは寝れそうだった

累と江利子とは割り当てられた部屋に入ると、
感嘆のため息を吐いた







「すっげ〜…良くこんなお金あったなぁ……」

「社会人が出来る贅沢よ」

「うわ、すごっ!江利子さん江利子さん!此処貸切なのに庭広いよ!」

「そうね、花火とかも出来るのかしら」

「は〜、本当すげぇ!駐車場から此処まで随分歩いたと思ったけど…門から屋敷までこんな離れてんだ」

「……貴方驚き過ぎじゃない?というよりも子どもっぽいわ」

「いいじゃない、ずっとトラックの中の閉塞感で暮らしていた人間にとったら天国なんだもん」

を見習いなさいよ、黙々と荷物を並べてるわよ」









窓辺から外を見下ろしていた累はそう言われて振り返る


既にベッドの場所も決めたらしく、1番端で荷物を広げている

累の様にあちこちで騒いでおらず
子どもらしくない子だった







「……可愛げないな〜…」

「あら、私はああいう子が好きよ」

「なら私はやめてにすれば?10年後に期待してさ」

「そうね、そうしようかしら。私は今からでも充分許容範囲だけど」







隣で窓淵に腰掛けてそう言う江利子に、
累は一瞬目を向けてから直ぐに逸らす

そして頭を掻いてから、目を再び外に戻した













「ねぇ、江利子さん」

「ん?」










窓から侵入した風が2人の髪を揺らす














「やっぱり、元の関係に戻るのは止めようか」





































「ねぇ、聖。大丈夫かしら、あの2人と一緒で」

「えっ?…あ、うん。ね…だ、大丈夫じゃない?」





明らかに挙動不審な聖に蓉子は眉を顰める
何処か此処にあらずな感じで答える聖は、

先程から鞄の中からベッドの上に服を出したり、戻したりしている







「…何やってるの?何回出して戻したら気が済むのよ」

「……えっ!?……あ…うん。そうだよね」

「どうしたのよ?さっきから。何か変よ、貴方といい江利子といい」

「ど、どうもしないよ。…江利子?江利子がどうかしたの?」






服を今度こそベッドの上に並べると、

聖は部屋の中に備え付けてあるポットで珈琲を淹れながら聞き返す



窓を開けながら蓉子はその問いに答える










「様子がおかしいのよ、何処がなんてはっきり言えないけれど」

「ふぅん」







聖が鼻を鳴らすと同時に部屋の扉がノックされる音が響く








「は〜い……誰だろ」

「令じゃない?此れからの事の打ち合わせとか」

「あぁ、そうかも。今開けるよ!」








大きな声を出して扉の向こうにいる人物に声をかけてから、
扉をゆっくりと開ける

其処に居たのは









?どうしたの?」











だった

少し泣きそうな顔で、聖をジッと見上げている





「と、とにかく入りなよ。奥に蓉子も居るから」

「……うん」





の背中に手を添えて中へ引き入れる
扉を閉める前に廊下に顔を出して辺りを窺うが、

何処にもと同室の江利子と累の姿はない


静かにドアを閉めて、部屋の奥へ行くとの出現に驚いた蓉子が居た



そしての様子もおかしい事に気付いた蓉子がを隣に座らせる

その小さな身体を抱き締めると背中を擦りながらあやす


すると段々は堰を切ったように涙をボロボロ零し始めた




ベッドに座っているの前にしゃがんで、
その手を取る

そしてもう1度訊ねる







?どうしたの?」

「っく………ふぇ…」

「…何かあった?」

「……うぅ…るいと、えりこ…が……」

「累と江利子が?」

「…けんかした……ぅあ…ふぇっ…」

「……はぁ〜、もう…あの2人何やってるのかな」







の言葉に聖は項垂れて呟く


蓉子はの頭を抱いて再びあやし始める




聖は立ち上がると、ドアを見てから蓉子に話しかける












「私ちょっと見てくる」

「…ええ、お願い」

お願いね」

「判ってるわ」







蓉子にを託すと聖は1人部屋を出た


そして廊下を歩いてく
目指すは2人の居る部屋




するとその扉の前に令達の姿が見えた


累と江利子の部屋は、令と祥子の部屋と志摩子と乃梨子の部屋に挟まれた位置にある

だからきっと声か何か気配を感じ取ったのだろう


4人とも心配そうに扉の前に佇んでいる
そして私の姿を見つけると扉への道を空けた







「聖さま、あの…」

「判ってる。私と蓉子の部屋にが泣きながら来たんだ」

「そう、ですか」





遠慮がちに声を出す令の肩を叩いて、
事の成り行きを理解している事を告げる

そして、扉をノックする


1回目は誰も出なかった

そして次いで2回、3回へと続けるが



誰も出ない

耳を澄ますと話し声がするから中に居るのは判っている



聖がドアノブに手をかけると鍵は開いていた

が出てきた時にそのままだったのだろうか



その扉を開こうとした瞬間、扉の向こう側から力が加わって勢い良く開く


聖は咄嗟に側にいた志摩子と乃梨子の身体を抱えて後ろへ退く





其処から出てきたのは、累だった



身体だけ出てきて、部屋の中を睨んでる










「累…」













「そっちだってそう思ってたんだろ!?だったら私だけ責められる理由が無いよ!」











そう叫ぶなり、部屋の中からも声がする

江利子の声だった










「いいから出て行って!今貴方と話したくないわ」



「何でだよ、私は間違った事は言ってないだろう!?訳判んねぇよ!」



「お願いだから今は何処か行って」



「何なんだよ、アンタ!どうしたいのか、何がしたのかさっぱり判らない!!」



「………累…」



「やっぱり私に帰って来て欲しくなかったんだろ!?そう言えばいいじゃないか!!!」













そう叫ぶなり、物凄い剣幕で廊下を駆け出していく累

階段を下りていく音が聞こえた


その姿を令と祥子が咄嗟に追いかけていく





聖は志摩子と乃梨子の身体を離すと、ドアが開かれた部屋の中を見る




僅かに部屋の中から泣き声がしてくる










「志摩子…多分今ので祐巳ちゃんと由乃ちゃんにも判ったと思うから、混乱してるであろう2人を連れて私と蓉子の部屋に行ってて」

「……おねえさま…」

「大丈夫、江利子は私に任せて」

「…はい。行きましょう、乃梨子」

「うん」






志摩子の耳に口を寄せて、小さな声で囁くと
志摩子は乃梨子の腕を引いて聖が今しがた来た方の道を歩いていく






誰も居なくなった廊下で

聖はドアに右肩を預けて寄りかかり、手の甲で一応ノックする










「私。入るよ?」



































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