「…江利子さん?」







部屋に戻ると、ベッドに横たわっている恋人の姿だけしか無かった

自分の方に背を向けているから起きているのか寝ているのかさえ判らない


けれど累はそっと江利子のベッドに近づいて、その顔を覗き込む


けれどやはり壁に向けられているせいで顔を窺う事は出来ずに、
累は小さくため息を吐くとベッドに腰掛ける



水色のノースリーブを着てるので露わになっている白い腕に指を伸ばす

するとその腕はビクッと震えて、すぐに治まる








「江利子さん、起きてるの?」

「………」

「…ごめん、なさい。さっきは……」







恐る恐る紡ぎ出る言葉に、江利子はゆっくりと振り返る

そして自分の腕に触れている累の手を取ると、
自分の頬にあてがう








「ごめんね…目元、腫れちゃったね」

「大丈夫よ、此れぐらい。冷やせば」

「……濡れタオル持ってくるよ」

「いいわ、いいから此処に居て」

「…うん」










静かにそう言う江利子に、累は静かに頷き返す


横になっている彼女に、上半身を屈めて額に口付けると

離れる間際に江利子の顔が持ち上げられて、累の顔を追いかけるように口付けされる



そしてそのまま累の首に両腕を回して力強く抱き締める









「…痛いよ、江利子さん……」

「……っ…」

「泣いてるの?」

「……泣いて、なんかないわよ」

「…痛いよ……」








累は涙声の江利子に、胸が締め付けられる想いがして
その細い身体を抱き返す

肩口に顔を埋めて、江利子の温もりと香りを記憶に刻むように大きく息を吸った















「…っ側に居て、ください……」



「……ええ…」



「ずっと!…っずっと…私の側に居て……江利子さん」



「……ええ、もちろんよ」



















どうして大事な、

大事な言葉程口にするのが難しいのだろうか





大したことない言葉なんてつっかえもしないでスラスラ出てくるというのに












どうして肝心な言葉程人は容易く言う事が出来ないのだろう







きっと大事な言葉だから


大事にしたくて

大切にしたくて

そっと守りたくて

傷つけられたくなくて






口にすることが出来ないんだ…









































「じゃあちゃんは私達の部屋で寝るという事で…」

「それでいい?ちゃん」





確認してくる志摩子と乃梨子に、は頷く
そしてじとりと目の前に居る聖と蓉子を睨む






「そっ、そんな顔しないでよ…」

「ごめんなさいね、。今夜はどうしても聖が大事な話がしたいと言うものだから」






苦笑しながら答える聖と蓉子に、はため息を吐く
そして肘杖を着いてから明後日の方向を見やり、遠い目をしてみせる








「『話』ねぇ……まぁ、怒らせるような事だけはしないでよ。聖」

「しーっ!」

「肝心な所でヘマするんだから、ちゃんと順序を弁えてね」

!しーっ!!」







物凄い剣幕での口を塞いでくる聖に、
は目だけで笑った


事の流れが良く判っていない蓉子は小首を傾げるが、

勘の鋭い志摩子と乃梨子は苦笑しながら顔を見合わせるのだった









「とにかくさ、ご飯食べに行こうよ!この辺に美味しそうなレストランがあったんだ

「そうね、そろそろ夕食時だもの。江利子と累はもう大丈夫かしら?」

「うん、呼んで来るよ。皆は此処で待ってて」








聖は立ち上がると、辺りを見回す


そして改めて広さに感心する



此処はホテルのリビングの様なもの
部屋が並んでいる廊下や、食堂などがある扉が此処に終結している訳で

大きな年季の入った赤いソファと、
木で出来た大きな机が1つ、窓際に置かれていて

一行は其処に腰掛けてのんびりとしていた


元山百合会のメンバーだけでは広過ぎる程の別荘を何故借りる事が出来たのか


令と累の人脈の広さに感動すら覚える
むしろほとんど累の人脈だろう、モデル関係のお偉いさんに紹介して貰ったらしい

最初は旅行パンフレットにあった旅館に予約までしたそうだが、
前日の夜になって累が突然場所の変更を申し出たという




累ってもしかしなくとも芸能界辺りで凄い立場だったりする?
本気を出して集中してその世界で頑張ればきっとテレビとか出るんだろうけど、
お小遣い稼ぎとか言ってやっているから雑誌に時々出るぐらいで

…トラックの配送員なんかよりもそっちの方がお金も稼げるだろうに……






なんて事を1人考えながら、
大きな窓というか、ほとんどガラス張りの壁から見える中庭にある噴水がキラキラと輝いている

先程まであそこに居たのだと、令が教えてくれた




咥えていた煙草を木製の大きなテーブルに置かれているガラスの灰皿に押し付けて消すと、
部屋が並んでいる廊下へと向かう













「江利子〜、そろそろご飯食べに行こうよ」







扉を何回かノックしながら、名前を呼ぶと

扉の向こうから応答が聞こえる







「開いてるわよ」

「じゃあお邪魔しま〜す」






そっとドアを開けると、
累の吸っている煙草の甘ったるい匂いがした

だから累も中に居るんだな、と認識出来て


江利子の声の様子からしてもうギクシャクはしてないんだろうと思い、
少しだけ嬉しくて口角が釣りあがる









「もう皆、フロアに集まってるよ」

「ええ、今行くわ」

「あれ、累は?」

「あそこ」







江利子はベッドの正面に立て掛けられている化粧台で、
腫れてしまった目元にファンデーションを薄く塗っていた

ふと、聖が尋ねると江利子は鏡越しにベッドを指す

目を横にやるとベッドの上で小さく丸くなって眠っている累が居た








「寝てるの?」

「ええ、さっきまで話してたんだけど緊張の緒が解けたからなのか突然寝てしまったのよ」

「繊細だからね〜」

「そうね」

「起こしても良いよね?」

「何が起こっても保障しないけど其れで良いならいいわよ、別に」

「……?」








何か確認するような物言いをする江利子に、
聖ははてなマークを浮かべながら累の居るベッドに近づく

そしてその肩に手をやり、揺する







「累、起きて。ご飯食べに行くよ」

「……すー…」

「る〜い〜っ」

「…すぅ……」

「累!起きろっ!!」

「…………………」






聖が最後に一振り大きく揺すると、
累の目がぱちりと開いた

そしてしばらくそのまま固まっている


聖が首を傾げると、突如胸元を掴まれて引き寄せられた








「…っ累?…」

「……んだ、てめぇ…」

「…はい?」

「私を起こすたぁいい度胸してるじゃねぇか、しばくぞ?このアマ」

「………」

「あぁ?殺されてぇのか。痛くないけど死ぬまでに時間が掛かる殺され方と、痛いけど直ぐに死ぬ殺され方どっちが良い?」

「……ど、どっちもヤダ」

「はん、てめぇに拒否出来る権限なんざぁねぇんだよ!歯ぁ食いしばれ!!」







「はい、其処まで」













ばこっ







「がっ…!?」















累が座った目でそう叫んだ瞬間、

江利子が新聞紙を丸めた物で累の後頭部を叩く




そしてしばらく蹲っていたかと思うと、
涙目で顔を上げてから自分の手が聖の胸倉を掴んでいる事に吃驚する





慌てて離して、出来た皺を軽く叩いて元に戻すと



似非笑いで、聖の両肩を叩く
















「あはは〜、もしかしてまたやっちゃったかしら」

「…………」








青ざめて、口をぱくぱく開け閉めをしている聖の様子から
累は事情を悟ったらしく苦笑する

そしてすぐさま両手を合わせて謝りとおす









「ごめん!!!私本当、寝起きって記憶無いんだ!本当ごめん!!」

「あ…いや……物凄い低血圧なんだね…ははっ……」

「うん、そうなんだ…。私の寝起きを対処出来るのは江利子さんと令だけなんだよ」

「は、はは……」

「う〜、そんな怯えた目で見ないで欲しい…。ごめんってば!!」









深々と頭を下げる累に、聖は手を振って気にしていないと告げる

が、その顔は明らかに引きつっており密かに累から間合いを取っていた











「低血圧どころが物凄い寝起きが悪過ぎるのよね」

「直したいんだけど…記憶が無いから直しようがないんだよ…」

「大丈夫よ、貴方がおかしい事になっていたら今みたいにまた叩いてあげるから」

「…知らない間に頭がたんこぶだらけになっているのは間違いなく江利子さんのお陰だよね」

「ええ、そうね。勲章よ」

「嫌な勲章だな…」









朗らかに会話を交わす2人を他所に、
聖は部屋の隅で小さく蹲って涙を零してみた

キノコでも生えそうなくらいジメジメしたオーラを出して床に文字を綴る



脳内を駆け巡るのは、殺される寸前だった累のあの恐ろしい顔

もしかしたら蓉子が本気で怒った時よりも怖いかもしれない…












聖は、1人決心するのだった







2度と寝ている累には近寄らないようにしよう、と―――――































next...