遅いね〜」

「そうね…やっぱり心配だわ、私先に上がるわね」

「あ、ちょっと待ってよ。蓉子」









再び上がろうとした身体を引き止められ、
蓉子は訝しげに眉を顰めて振り返る

其処に居た聖は至って真剣な表情で


少しドキリとしてしまう








「…何?」

「何か隠してるでしょ?さっきから様子おかしいよ」

「……そんな事ないわよ」

「2人の間に隠し事は無しって約束したよね?」

「…判ったわよ」






そう呟く聖に、蓉子は苦笑して聖の正面に座り込む
そして少しだけ出口を見てから、

口を開く







「お母さんからメールが来てたのよ」

「あぁ、さっき累が取ってくれたやつ?」

「そうよ、其れで…内容は想像つくでしょう?」

「まぁ最初から反対してたからね、うちの親も」

「ええ。……其れを、多分見たんだと思うわ。

「え!?」




驚愕に目を見開く聖に、蓉子は小さくため息を吐く







「だから、戻ってくるの遅いじゃない?様子を見に行こうと思って」

「うん!行こう、心配だ」






そう言うなり蓉子の手を取って、立ち上がる聖に引っ張られるように慌てて蓉子も立ち上がる
まだまったりと温泉を楽しんでいる皆に一声掛けてから脱衣所に飛び込む

着衣するのももどかしいらしく、聖は髪もろくに拭かないまま着衣を終えて

まだ着衣をしている蓉子を待ち始める


ようやく終えた蓉子の手を再び掴むと、
脱衣所からも飛び出すように駆け出していく



貸切の大きな館は誰も居ないのは当たり前で

スリッパが石で出来ている床に打ち付けられる音だけが静かに響く




貸切という事でそれぞれの部屋に鍵をかけて出掛けるという事は無くて



聖はそのまま志摩子と乃梨子と一緒のの部屋のドアを開けるけれど、

其処には誰も居なかった






「…え?、何処行ったんだろう……」

「中庭とか?」

「あぁ…行こう」

「ええ」





蓉子は息を切らしながらそう言ってみる
すると聖は堰を切ったようにまた駆け出し始めた



中庭が丸見えのガラス張りのフロアーに着くが、

中庭にも誰も居ない




聖と蓉子は肩で息をしながら辺りを見回す


けれど人気すら無い空間が只無駄に広く開け開かれているだけ











「何処だ…?」

「まさか此処から出て行ってしまったなんて事はないでしょうね?」

「其れは無いよ、荷物はさっきの部屋にちゃんとあったもん。お金も無いのに帰れないって」

「それもそうね」

「あぁっ、もう!何処なの、

「……あ、ねぇ聖…。私もう1つ心当たりがあるんだけど」

「何処?」







苛立ったようにまだ濡れた髪を掻き毟る聖に、
蓉子は閃いて、告げる


今度は蓉子から聖の手を取り、廊下へと戻る

もちろんちゃんと歩いて




きょとんとしている聖を、部屋の扉の前に立たせる











「…私達の部屋?」

「そう、多分此処だと思うわ」





そう言って、蓉子はそっと部屋の扉を開けた

入り口から少しだけ見えるベッドの端には、小さな足が放り投げられている


聖に目配せをして、微笑む
聖も安堵の笑みを浮かべて返す



煩くしないように


息が荒くないように





落ち着いて







部屋にそっと入り込むと、




蓉子と聖の2人分である大きなベッドの上では寝息をたてていた



その頬には僅かに涙の痕が残っていて

其れを擦った証として目も少し赤く腫れている










「…やっぱり見たのね」










ため息を漏らして蓉子はの脇に腰を掛けて、
その幼い顔を覗き込む

聖も同じように蓉子の反対側からの顔を覗き込む








「どうしていつも苦しませたくないと思う事が裏目に出ちゃうのかしらね」

「…多分私達が親としてまだまだ新米で、判らない事だらけだからだよ」

「そうね、…親っていつもこんなに子どもの事を思っているのね。が来てからそう思うようになったわ」

「うん。子どものために良かれと思ってやった事が子どもにとってありがた迷惑だった、なんて事がしょっちゅうあったもん。うちは」

「改めて感謝したい気分だわよ、親に」

「私はうちの家族大嫌いだったんだけど…でも一言"ありがとう"って言いたくなった」






小さく笑いかけると


聖も照れたようにはにかんだ














「でも、此れだけは譲れないよ。は誰が何と言おうと私達の子だよ」

「ええ。此ればかりは親の言う事など聞けないわ」

「うん、守ろう」

「ええ」





















ねぇ、神様




貴方に尋ねたい事があるんだ









苦しみの数だけ


悲しみの数だけ







幸せになれるというのなら…










私達人間は何を目指して歩いていけばいいんですか?


其の先に待つものは幸せな未来なんですか?








何処に?



本当に?











信じられないよ、そんな戯言

だったら、



理不尽だよ




此の世の中は理不尽だよ





















「んっ…」






頬に何か温かいものが触れる
少しだけ眉を顰めてみると、その手は一瞬躊躇して

けれどしばらくしたらまた優しく包み込んでくれた




その温もりがとても心地よくて

自分でも無意識のうちにその手の平を包み込んで自分の頬に押し付けるようにする



小さく笑う声が遠い所で聞こえる






誰?





そんな事言わなくとも判ってる

この細い指、この温かい手は蓉子
さっきから脇腹に添えるように置かれている少しだけ冷たい手は聖のもの




この2つの手が大好きなんだ





手放したくないよ……












手放すのに慣れるのは、難しいね―――――――
























「それで、どうするつもりなの?」





親友が恋人の湯気のたっている髪をバスタオルで拭きながら言う
累は江利子の持つバスタオルの中から此方の様子を窺っている

蓉子はそんな視線を受け止めながら、紅茶を啜る


一息吐くと、ふいっと顔を上げた








「警察に事情を話すわ」



「えぇっ!?それじゃ、ちゃんは…」





祐巳ちゃんが驚いたように叫ぶが、
祥子と由乃によって窘められる

恥ずかしそうに俯いてしまう祐巳に、笑いかけてから蓉子は目を細める







「もちろん、引き渡すなんてつもりはないわ。其れにはうちの子だもの」

「それではどうするおつもりなのですか?」

「多分何度かは取り調べられると思うわ、でもそれには私達も立ち会う事を条件にする」

「ああ……」

「そして取り調べが全て終わった後も、は私達の家で引き取る。ホームには間違っても戻させないわ」

「ホームって、孤児院って事ですよね?でも其れで警察は納得してくれますでしょうか」

「させるわよ、元紅薔薇様の威厳にかけて」







祥子の問いかけに、
蓉子が堂々と答えると皆どこかしら微笑みが漏れて

フロアーは張り詰めていた空気が急激に和らいだ


それぞれお茶に手を伸ばして、飲んだり
それぞれの恋人と言葉を交わしたり







そんな後輩達の様子を眺めながら、

隣に居る聖と顔を見合わせて微笑み合う














ふと、目を開けると


其処にはさっきと変わらない天井が見えていた



ついさっきまであったような気がする、頬や脇腹にあった温もりも感じられない


嗚呼、あれは夢だったのだと





また出てくるため息に、
虚しくなる










「所詮夢の中の夢か」









ゆっくりと上半身を起こすと
何時の間にか身体に掛けられていたタオルケットが目に入る

気付けば良く見ると部屋の中にも物が動いたり、

誰か人が居た痕跡が残っていた








「…蓉子…?」




恐る恐る名前を読んでみるけれど、返答は得られない





「……聖?」






もう1度呼んでみるけれども、

やはり部屋には居ないらしく何も返ってこない


薄暗い部屋の中で、
1人取り残された孤独










「蓉子と聖の馬鹿…」






















ずっとずっと一緒にいると

あの夕陽に約束したから

寂しい時も 

広がるオレンジを眺めて


「きっときっと大丈夫だよ」

あの夕陽がささやいてくれる


いますぐ会いたい 


その気持ちを 




お願い伝えてね

















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