「ようこ!おべんと、おべんとっ」



「はいはい、もう直ぐ出来るからお寝坊な聖を起こして来てくれる?」



「うんっ!!おべんと〜っ、ゆ〜えんちっ」










嬉しそうに寝室へ向かうの後ろ姿を見送りながら、
蓉子は微笑してタコウインナーを可愛い弁当箱に詰め込む



何とか聖とが仲直りして帰ってきたのは1週間も前の事


その日の夜2人でに足の事を言い聞かせると、は最初の方こそ落ち込みはしたもののやはり子どもだから頭が柔らかいのだろう
直ぐに承諾してくれた



令と祥子、他の子達にも其の事は話した




祐巳ちゃんが強い眼差しで「私もちゃんの事を守りますから、安心してください」と言ってくれた時聖は涙ぐんでいた



その後令が改めてに教えると言った剣道は室内で激しくない物だったら教えるから、という約束を再度取り付ける

は小さく笑って、素直に頷く










そしてが1度も遊園地に行った事がないと知った私達は皆で週末連れて行ってあげようという話になったのだ





朝からは上機嫌で、蓉子が弁当を作るのを傍でずっと見つめている

正直言って火もあるし、蓉子はハラハラしていたのだが















「せ〜い〜っ、おきて!!」



「ん〜…重い……」


















寝室へ続くドアから2人の声が聞こえる

恐らくまだ寝ている聖の身体の上にが乗っかって起こしているのだろう




けれど蓉子も一苦労な聖の起床現場をに容易くこなせるものではない
聖は呻いてから、また眠る体勢に入る









「せい?」



「…すー………」



「んむぅ」












再び寝てしまった聖の上では首を傾げて何やら考える


そして、此の間江利子に教えて貰った事を思い出して聖の耳に口を寄せる
















「ごしゅじんさま、おきるにゃあ」











がばっ……

















案の定聖は勢い良く布団を捲って起きる

目の前で嬉しそうに微笑んでいる我が子に、聖はたった今耳にした言葉をリフレインする















「…、その言葉の意味判ってる?」



「…?ううん」



「じゃあ誰に教えて貰った?…大方予想は付くけど」



「えりこ!せいはこうすればおきるわよ、ってまほうのじゅもんをおしえてくれたの!!」



「魔法の呪文…あんにゃろう……」



「どうしたの?はやくおきないとようこがおこるよっ」











先程とは違う意味で唸る聖を他所に、は布団を剥がしてベッドから下ろそうと腕を引っ張る



苦い顔をしている彼女を、は笑顔で励ます

…聖が苦い顔をしている理由は判ってないけれど













「ようこ、おきたっ」


「あら、早いわね。だと聖も早起きになるのかしら」


「…魔法の呪文を囁かれたからね、起きない訳にはいかないよ」













リビングに戻るなり、得意そうな顔をして聖を見せるに蓉子は心底驚いた顔をしてみせる

そんな恋人に聖は寝癖の付いた髪を掻きながら呟いた













「あら、じゃあその呪文私にも伝授願いたいわね。効果抜群だもの」



「やめて…確かに言われたら起きるけど、蓉子に言われたら鼻血もんだから」



「何よ、そんなに変な呪文なの?」



「うん、どうしても知りたかったら江利子に直接聞いてみて下さいまし」



「……?まぁいいわ。弁当も出来たし貴方も着替えてらっしゃい、にも着替えさせて」



「うぃ〜」














蓉子に背中を軽く叩かれて、聖はまだ寝ぼけ眼の目を擦りながらの手を引いて寝室へ戻っていく



箪笥を開けながら、に問いかける












〜、今日はどういうのが着たい?」


「んとねっ、みずいろのとれぇなぁ!」


「水色ののとれぇなぁね〜」


「とれぇなぁっ」











まだ舌足らずなためカタカナが上手く言えないに合わせて聖はの服のある場所から物色する

すると箪笥の奥から水色のシンプルなトレーナーが出てきた










「あ、あった。、此れ?」


「うんっ、それ〜っ」


「じゃあパジャマ脱ごっか。ボタン外しましょ。にしてもこんな服買った覚えないな」


「れいがくれたの」


「……今日?…今日着るの?」


「うん、れいにあうんだもん」


「何そのデートに行くみたいな台詞と行動は…」


「?はやくきがえようよ」


「はいはい」










の前にしゃがんでボタンを外していく

朝っぱらからヘコむ気持ちを隠し切れずに顔に出して、
憂鬱な表情でのパジャマのボタンを外し終えてから水色のトレーナーを手にする



が、直ぐに着せる事は出来ずにそのトレーナーを凝視しているとは両腕を上げる









「……はい、着ましょうか」


「はいっ」












その上げられた両腕にトレーナーの裾を通して被らせる


首元が頭に差し掛かるとずぽっという擬音をたてての頭が現れた











「うし、終わり。下は?どうする?」


「じーぱん」


「Gパン?そんなのも買ったっけ?」


「れいがくれた」


「……もう何も言うまい」















床に座り込んで一生懸命パジャマの下を脱いでいるの隣に小さなGパンを置いておく


そして自分の着替えを開始する











着替え終わった聖は洗面所に行き、顔を洗って髪を整える





身だしなみを終えた頃が洗面所に来て、ジッと鏡で自分を見つめているから
聖は冗談半分で自分のワックスを手にに声を掛ける








「おしゃれしてみる?」


「かわいくなる?」


「なるなる。は元が可愛いからそのままで充分だけどもっと可愛くなるよ、この聖さんの手に掛かれば」


「じゃあおしゃれするっ!!」


























「聖、早く出掛けないと待ち合わせに間に合わないわよ」


「は〜い、お姫様のお出ましですよ」


「あら、。聖にやって貰ったの?可愛いわよ」


「にへへっ」











髪を無造作に弄られただけだけど、其れでも可愛く見えるのは元が良いからだろうか


褒められて嬉しそうにニヤけるの頭を撫でてから2人は荷物を持って出掛ける





































車の窓から見える街並をは眺めていた










後ろには自分を大事に抱えてくれる蓉子





向こう側には蓉子と何やら談笑をしながら運転をしている聖

























窓の外はのんびりと暮らす人々



その中で私は生きている
















自分の事を可哀想だと思ってた時期もあった



自分だけがどうしてこんなに不幸なのかと思っていた時期もあった



















でも私の生きてきたうちで1番幸せな事は、




聖と蓉子に出会えた事


江利子に出会えた事


令と祥子に出会えた事


祐巳と由乃に出会えた事


志摩子と乃梨子に出会えた事





















出会えた事自体が幸せだと言えるのなら、



だったら今一度だけ感謝しよう







私を産んでくれた事を、私を虐げてきたあの2人の人間に








感謝しよう……
























今一度だけ、感謝しよう――――――



































「良い天気だね」




「そうね」




「あれ、がやけに大人しいと思ったら寝ているの?」




「ええ、寝ちゃったわ。向こうに着いたら沢山遊ぶだろうから今のうちに体力温存しているのかもしれないわ」




「ははっ、そうかも。…ね、蓉子」




「ん?」




「幸せだね、隣に蓉子が居てが居る。其れだけなのに」




「…私も幸せよ、隣に貴方が居てが居る」




「幸せにするよ」




「もう充分幸せだから大丈夫よ」




「今日より、明日。明日より、明後日。今年より来年、もっともっと幸せにするよ」




「………其れはプロポーズ?」




「そうかも」

























いつの間にか春の日差しが現れて









私達を照らしていた――――――――――


























fin