夢を、見た



あの頃

まだ何も知らなかった私と、2人が交わしてくれた約束



目の前に広がる夕陽がとても綺麗だったのを今でも鮮明に覚えてる



















「ねぇ、聖!此れ、書くの手伝ってくんない?」

「ん〜?」





カウンター上に出された紙を、聖はグラスを拭いていた手を止めて覗き込む
其れは400字詰めの作文用紙だった





「何、此れ」

「学校の宿題。テーマは"自分の生い立ち"」

「へぇ、でも何で私が手伝うの?手伝える事あるのかな」

「だって私の小さい頃なんてどんなだったか知らないもん」

「ああ…じゃあの小さい頃の事を話せば、其れでいいんだね?」

「うん、仕事しながらでいいから。私此処で書くし」

「了解、今日は店も混まないだろうから何でも喋るよ」





ニコリと微笑む聖に、はニコリと返す








温泉旅行は楽しく幕を終えて、最後は皆偽りの無い笑顔だった



そしては蓉子と聖に連れられて警察に行き、いろいろと事情を話す事になり


此れがまた意外と結構優しいオジさんでを問い詰めるなんて事は全然しなくて

小さい頃にお世話になったホームの園長先生もわざわざ赴いてくれていろいろと説明をしてくれて、
最終的にはは正式に から佐藤 へと認められた



聖と蓉子の両親の元へ、を連れて初めて挨拶に伺った



素直で礼儀正しいに二方の両親は最初は戸惑いつつも、次第に可愛がってくれるようになったのだ

帰り際にお小遣いまでくれる始末で、
聖と蓉子は心底喜びながらの頭をぐしゃぐしゃに撫で回して歓喜に震えた





『さすが私達の子!!』

『痛いってば』

『認められたのよ?貴方の事。喜びなさい』

『うん。痛いって、聖…止めてよもう〜』

『だってすんごい嬉しいんだもん!ん〜っ、〜!!』

『ははは……もう…』

『ふふっ』













笑顔が、戻った
日常が、戻った


の実の両親が再び服役を終えて帰ってきても、
は戻らないと警察の刑事さんとホームの園長先生に言い切り

2人とも笑顔で頷いて承諾してくれた







こんなに簡単そうで、

こんなにも難しい事にどうして1歩踏み出せなかったのか


馬鹿らしいわと蓉子は笑う





ずっと一緒に居ると、約束する事

こんなにも優しい約束なのに、



其れでも言い出せないのはきっと勇気が足りないからか、何故なのかは未だに判らないけれど――――――
















令がカウンターの隅っこを綺麗にしてくれて、

は其処に座ると用紙を広げてシャープペンを手にする



聖は煙草の煙を揺らして懐かしむような目をして、



天井に一服吹く














は、とても面白い子だった」

「………は?」

「寝起きは物凄い寝ぼけて、意味不明な事ばかり口走っては江利子を楽しませていたなぁ」

「……其れをこの作文に書けっての?聖」

「でさぁ、一体何処であんな方言とか覚えてくるんだろうと気になってたんだよね」

「…さあね」






不機嫌そうに肘杖をついたに、
聖は小さく笑って目を伏せる






「そして、とても優しい子だった」

「そうなの?」

「うん、公園に住み着いている兎の親子が大好きでね」

「へぇ」

「毎日キャベツ持ってくって聞かなかったねぇ」

「そうなんだ」

「其れが毎朝7時だよ?仕事明けの私にはキツかったなぁ」

「…ごめん」

「ううん、全然。でもね、ある日急に居なくなっちゃったんだよその親子」

「ふぅん」

「そうしたら、その兎の巣の前でボロボロ涙溢して。1時間は動かなかった」

「そう、なんだ」

「凄い、は凄い優しい子だなって思ったよ」







聖がそう言うと、
はペンを指先で回しながら目を聖から逸らして紙上にやってしまう

その顔はほんのり赤づいていて照れ臭さからくるものなのだろう


その時お客が来たらしく、令がカウンターを出て対応に向かう
1度会釈をしてから、聖は続ける









はさ、蓉子が大好きで」

「…聖も大好きだよ?」

「ありがと!でもね、本当蓉子が大好きでさ。マザコンだった、っていうか今もマザコン」

「……何か馬鹿にされたみたいだ」

「うん。だって一時期、が凄い嫉ましかったもん。蓉子取られたみたいで」

「そりゃまたはっきりと言う…」

「だって私が甘えたりしたら蓉子鬱陶しがるくせにが甘えると嬉しそうに相手するんだよ」

「………そういう事はお2人で相談なさってください」







が可愛く言ってみると聖は歯を剥き出して威嚇するような顔をしてみせた


そしてしばらくその状態が続いて、何故か互いに噴きだしてしまった











「其れが、私の知る幼き姫でございます」

「うん、有難う。凄い参考になった、いろいろと」

「ええ、いろいろと学んで頂きました」

「ええ、蓉子をあまり独占するなって学ばさせて頂きました」

「其れでは是非とも今後は宜しくお願い致します」

「此方こそ最低限努めたいと思っておりますので宜しくお願い致します」









妙に畏まった挨拶に、2人は再び噴きだす



2人してお腹を抱えてゲラゲラ笑い転げているものだから、

接客をしていて展開が窺い知れなかった令は呆気に取られてしまった






「令ちゃ〜ん!あ、も来てたのね!」

「こんばんわ、聖さま、令さま、ちゃん」

「こんばんわ」

「お久しぶりです、お姉さま。、令さま」





「お、由乃ちゃん、祐巳ちゃん、乃梨子ちゃんに志摩子」

「こんばんわ〜」

「いらっしゃい」









聖とと令が笑顔で迎え入れると、
4人は仲良くの座っているカウンターに並んで腰を下ろす

聖は煙草を消して、グラスを4人分取り出しながら口を開いた






「あれ、蓉子と江利子と累と祥子は?」

「蓉子さまとお姉さまはまだ仕事が片付かないようなので、後から来ると言っていましたよ。でももう来るとは思います」

「江利子さまと累さんは…そうですね、多分のんびりとこっちに向かっていると思います」






祐巳と由乃が答えると、聖は鼻を鳴らして只「ふ〜ん」とだけ頷く

グラスにそれぞれの注文内容を注いで差し出す








、何を書いていたの?」

「作文だよ、学校の宿題なんだ」

「そういえばリリアンに転入したんだよね、どう?あそこは」

「マリア像に毎朝祈るってのはまだ慣れないから恥ずかしいけれど、でも凄い落ち着く所だね」

「そうね、気に入ったようで安心したわ」

「志摩子も乃梨子も、皆もあそこに通ってたんだよね。何だか不思議な感じ」

「とは言っても随分昔の事だからね。でも懐かしいよ」







志摩子と乃梨子と言葉を交わすには、令からコーラが出された
お礼を言うとコーラを一口飲んでから広げられていた紙を畳んで仕舞う






「ごめんなさい、遅れてしまって。皆もう揃ってる?」

「こんばんわ、遅れてすみません」

「こんばんわ〜、久しぶり。何だかんだいって皆あの後忙しかったから、温泉旅行以来だね」

「あら。良い物飲んでいるじゃない、頂くわね」




其処で現れた蓉子と祥子と江利子と累に、皆は会釈で迎え入れる



ちゃんと挨拶を発する礼儀正しい3人に反して現れるなりのコーラを奪う江利子には蓉子から説教が始まった
は蓉子の説教に堪える事なくしれっとしている江利子からこっそりとグラスを取り返す

江利子の隣で何もしていないのに同じく説教を喰らってしまっている累が、を見て苦笑いをしてみせた



そんな皆を席に着かせると、聖がグラスを手に掲げる














「其れでは!いろいろとめでたい事に乾杯!!」



「否、それすっごいアバウトじゃん」

「もう少し何が何に乾杯とか出来ないの?」







と蓉子の突っ込みに聖は眉を顰めて、唸る

そしてしばらく考える素振りを見せるとにやりと口角を吊り上げた








「ではでは、の転入に乾杯!!ついでに累と江利子の同棲生活の始まりに乾杯!」


『乾杯!!!』






全員がグラスを鳴らした後、少し遅れて累が叫ぶ






「ちょっと!ついでって何ですか!?酷いじゃないか」

「いいじゃない、今夜はがメインなんだから」







聖が言うと、累はを一瞥してからにへらっと笑って頷く

無理矢理納得させているのか、
聖の図太い神経にムカつきながらも似非笑顔を向けてやっているのか、


どちらにしろ累は気に食わなかったのは確かだった











「えと、今日は皆わざわざ私のために集まってくれて有難う」




令に促されて、は立ち上がり一礼をする
そして照れ臭そうに少し俯くと、直ぐに顔を上げて皆を見渡す










「私は、いろいろあったけどこの度正式に佐藤 と名乗る事が許されて凄い嬉しい」












凄くいろいろあった


泣いたし


怒ったし





でも皆と居た時間は1番笑っていた

だから此れからもずっと皆と居られるのかと思うと凄い嬉しい







約束を守ってくれるのが嬉しい

ずっと一緒に居てくれると約束を守ってくれるのがとてつもなく嬉しい






だから、


もう少しだけ子どもでいたい









もう少しだけ甘えさせて欲しい

ずっと甘えたり我侭を言ったりするのは遠慮していたけれど




でももう我慢は最低限しない事にした








其の方が心から笑える気がする

だから皆、





此れからもどうぞ宜しくね



皆が、私と居て誇り高いと思えるような人間になりたいと思っている


ううん、なるから

なってみせるから




だから私と一緒に居てください










一緒に笑って、ください















「終わり」




そう言うと、頭を下げるの頭上から拍手がぱらぱらと降ってきた
顔を上げると、

皆涙ぐんでいたり嬉しそうだったり


それぞれの反応を見せてくれていて

唯一同じだったのは、皆を心底愛しているという眼差し







其れが嬉しくて




















生まれて初めての、笑顔を見せた―――――――――



























ずっとずっと一緒にいると 

あの夕陽に約束したから


くじけそうでも

綺麗なオレンジを抱き締め



「きっときっと大丈夫だよ」

あの夕陽が教えてくれたの


信じていればその気持ちは必ず届くって









ずっと


ずっと




一緒にいると


あの夕陽に約束したから





遠くにいても


同じオレンジを感じて





「きっときっと大丈夫だよ」

あの夕陽はつながってるから


もう泣かないよ


2人の愛


心を照らしてる






2人の愛





心を照らしてる......






























fin