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あのね、馨
私達は運命とも言える出会いをした訳だけど…
1度別れているんだよ
いろいろ大人の事情があって、私達は直ぐに君の家族になる事は出来なかったんだ
ごめんね
きっとあの時に何が何でも君を引き取っていれば
あんなに辛い思いなんかしなくて済んだろうに
「…おめでとう、とうとうやる所までやったのね」
「……やる所までって何」
「さすがの貴方でも女性を妊娠させられる訳ないと思ったけど」
「それ本音?それともジョーク?」
「本音兼ジョーク。これで天性の女誑しの称号を得たわね、おめでとうキング」
「何!その微妙なコメント!!そりゃ江利子にまともな感想期待してなかったけどさ!」
かつて、そして今も悪友と名高い2人が玄関で似非笑顔で会話する声は
もちろんリビングまで聞こえてきて、最後の聖の叫びは家中に響くものだった
リビングにて待機していた令と祥子は苦笑しながら2人の戻りを待つ
しかし令の腕の中でぐっすりと眠っている馨が少し愚図り出したのを見て蓉子は静かにソファから立ち上がる
そして玄関で未だに見詰め合ってこう着状態の2人にクレームをつける
「ちょっと、貴方達煩いわよ。馨が起きちゃうじゃない」
「だって、だって蓉子~!江利子がっっ」
「あら、馨って赤ちゃんの名前?良い名前じゃない、何処に居るの?」
「あっちで令が抱いているわよ、今寝ているから静かにね」
「は~いっ」
泣きべそで蓉子に纏わりつく聖を2人は無視して会話を続ける
そして江利子がリビングへと消えると、
蓉子は苦笑して聖の頭を撫でてあげる
「思い通りに遊ばれちゃって」
「だって幾ら温厚な私でもNGワードと云う物があるんだよ」
「はいはい、少しの間だけとはいえ貴方は子持ちのお父さんなんだからもう少ししっかりして頂戴」
ぐずぐず言う頼りないお父さんの手を引いて、対照的に頼りになるお母さんはリビングへと足を向けるのだった
「んぎゃあ~~~~~っっっ」
2人がリビングへ入るなり、耳を劈く泣き声が聞こえる
思わず両耳を押さえて泣き声の元を見ると、想像しなくとも馨で
令と祥子が慌てふためいて馨をあやしている
「やっぱり起きちゃった?」
「あぁっ、蓉子さま!違いますよ、お姉さまが…」
「江利子!!何をした!?私の可愛い馨に何した~っ!!!」
令の言葉を聞くなりソファの背もたれに寄りかかって令の背後越しに馨を覗き込んでいる江利子に詰め寄る聖
その怒涛にて馨の泣き声は更に大きく室内に響く
蓉子は黙ったまま眉に皺を寄せて聖の口を塞ぐ
「想像ぐらい出来るでしょう、江利子が赤ちゃんを前に何かしでかす事なんて」
「あら、さっすが蓉子。お見通しね」
「で、何したのかしら?この子昨夜から1度も泣かない子だったのよ」
「別に何も。足を軽く抓ってみただけよ、此処まで大泣きすると思わなかったんだもの」
「…何昼ドラの陰険な悪役みたいな事してるよ」
「だってこのふにふに具合を見たらどうしても抓ってみたくなったの」
もう怒っても意味の無い事なんて高校時代に悟っている蓉子はため息を漏らして馨を抱き上げる
そして揺り動かしながら宥めている様子を見ながら一同は思う
それがよりにもよって全員口に出ていたのは偶然か否か
「「「…お母さんの見本……」」」
「そりゃ私の選んだ新妻だもん、新婚ホヤホヤの家庭に赤ちゃんと来たらもうベストでしょ」
もう立ち直ったのか、蓉子の肩を半ば強引に抱き寄せて誇らしげに言う聖
そんな新婚ホヤホヤの夫の手を煩わしそうに払ってから蓉子はリビングからミルク瓶を持ってくる
再び沈む聖
しかしそんな彼女を哀れにすら思う者はこの場に1人たりて存在しない
祐巳が居ればきっと心優しい彼女の事だから励ましてくれるだろうが
「じゃあしばらく貴方達が預かるのね」
「ええ、しばらくはそう出来たらと思ってるわ」
「でも、今のままでずっと居られる訳じゃないんでしょう?」
「そうね、だから今のうちに私達が叶えられなかった事を果たしてみたいじゃない」
幾ら愛し合ってても女同士に子どもは出来ない
どんなに愛している人との子どもが欲しいと思っていても、相手は女性で自分も女性だから
同性愛者である彼女達には遠い遠い叶わぬ願い
その幸せを僅かでも握る事が出来るのならそれはどんなに素敵な夢だろうか
蓉子は幸せそうに微笑みながら馨にミルクをあげていた
そんな蓉子を見つめながらそれぞれ押し黙る
「もし、この子が孤児だったり孤児院に入れられる事になったら私達で引き取ろう?蓉子」
「…そうね、もしこの先この子が独りなのだとしたら私達の所に受け入れてあげたいわ」
2人は思い出す
お風呂に入れてあげた時に、あえて口には出さなかったけれど
泥だらけになっていた身体の下から現れた無数の怪我痕を
きっと転んだとかそういう類ではない
100%恐らく親に傷つけられたであろう痛々しいもの
数日前につけられたと見られるまだ新しい傷跡もあって、
何よりも2人が息を呑んだのは
左足の骨が変形していた事だった
僅かに曲がっている足は、既に固定はされたものの
骨折でもしてそのまま放置された事によって少し曲がったままくっ付いてしまったのだろう
だからこの赤ん坊は将来歩けるようになっても多少の不利を得る事になってしまう
例えば急な階段などは上り下りは難しいかもしれない
聖が見た手の平の十字架の痕も、
今思えば煙草か何かで点々とつけられた物なのだと理解できる
「私達で幸せにしてあげられるといいね」
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