「聖、仕事に行きなさい!」










今日も我が家にはお決まりの台詞が響き渡る

この言葉だけを聞いたらリストラされて暇を持て余している旦那に奥さんが苛々して仕事を探しに行けとでも言っているように聞こえるが、
断じて違う



何故なら今日も聖は可愛い我が子から離れたくなくて仕事に行くのを愚図っているのだ











「え〜っ、もう少し良いじゃない。私が帰ってきた頃にはもう寝てるんだもん、蓉子ばっかりずるいよ」


「私だって帰ってきた頃にはもう寝ているじゃない。それに仕事をちゃんとしていないと孤児院からを連れ戻しに来られちゃうわよ?」


「うぅっ、やっぱりも異様に令に懐いているんだよ。これは女の勘だ、はもしかしたら…」


「馬鹿な事言ってないで早く行きなさい!仕入れとかいろいろあるんでしょう?今日は江利子が面倒見てくれるって言ってたから安心しなさい」


「うあ〜っ、江利子じゃ余計心配だ!!今日は仕事休む」









まだすやすやと寝息を立てている少女に覆い被るように叫ぶ聖の腕を其れよりも早く蓉子が引っ張った

蛙が潰れたような声を出してから引き剥がされた聖は蓉子をキッと睨む









「あのね、私だってもっと一緒に居たいわよ。でも我慢して仕事に行っているんじゃない、貴方も頑張って」


「…判ったよ、着替えて来る……バイバイ、


「全く、大袈裟ね。仕事に行くくらいで。その分土曜日や日曜日は構っているじゃない」











すっかり目の前の少女に骨抜きとなった不甲斐無い旦那を蓉子は見つめながらため息を漏らす

そして自分はすっかり着替えを終えてバッチリ準備完了となっている服をもう1度ピッと引っ張って整え直す











「んにゃ……せいうるさい…」






「あら、起きたのね。おはよう、
















第一声の内容に蓉子は笑いながらの顔を覗き込む

すると眠そうな目を擦ってはにへらっと笑う











「おはよぉ…よぉこ」



「もう起きる?それとももう少し寝る?」



「うぅん…っ、おしごといくの?」



「まだよ、もう少ししてから行くわ」



「……ふぁ…おしごと……」



「其れまでには江利子が来るからいっぱい遊んで貰ってね。明後日は土曜日だから一緒に沢山過ごしましょう」



「えり、こ…くるの?うん、わかった!やくそくだよ、あさってはずっといっしょだよ」



「ええ、もちろん。約束よ」















嬉しそうに寝転がったまま両腕を上に伸ばしてくる

そんなに蓉子は微笑みながら抱き上げてあげる
まだ少し寝ぼけている彼女を支えるように抱き締めて寝室を後にする



リビングに行くと既に用意してある朝食が鼻腔を擽る



聖は朝のシャワーを浴びているようで、まだ洗面所から出て来ない







用に買った子供用の椅子に座らせると机に上半身を突っ伏す

















「ほら、起きて。目を覚ましなさい、そのままご飯食べるつもり?」


「……すー…」


「…まぁ聖といいといい……寝起きが悪い子ばかりね。私の周りは」









頬を人差し指で掻きながら苦笑すると、
聖のために珈琲の準備にキッチンに向かう






ふと、珈琲メーカーをセットしようと動き始めていた手を止めて今月のカレンダーを見る


素朴なカレンダーに今週末の日曜日が花丸で飾られていた














「ん〜良い匂い。やっぱり目覚めには蓉子の朝食が1番だね」







シャワーを終えた聖が髪をタオルで拭きながらやって来る
そして食卓で眠りこけているを見て、笑いながらその髪を撫で付ける








「ねぇ、聖。の誕生日、どうする?」


「え?誕生日?あっ、そっか。今週の日曜日の誕生日だったね」


「誕生会はするとして、プレゼントをどうしようかと思って」


「まぁ、のためって言ったら皆快く集まってくれるだろうしね。問題はプレゼント…か」


「ええ、この子の欲しい物って判る?」








珈琲を淹れる作業を開始しながら蓉子は聖に問いかけると、
聖はの頬を引っ張ったりしながら首を横に振る








「もうがうちに来て2ヶ月は経っているけど、この子我侭なんて1度も言った事ないもん」


「そうなのよね、泣いたのだったあの日きりで…困ったわ」


「訊いてみればいいじゃない、何か欲しい物ある?って」


「貴方が訊いてよ」


「蓉子が訊けばいいじゃん」


「嫌よ、を驚かせてあげたいもの」


「私だってそうだよ。やっぱり親として義務じゃない」


「いいから早く訊きなさいよ」


「だから蓉子が訊いてってば」


「聖早く…」




















、おはよう。ところで突然だけど何か欲しい物ある?」



















「「江利子っ!?」」















2人はキッチンを挟んで進まない会話をしていたのを止めて、
食卓での顔を覗き込みながら笑顔でそう言う江利子をぎょっと見る

髪の束を軽く引っ張られて起きたはまた目を擦りながら上半身を起こし、
寝ぼけ眼で江利子を見ると意味もなくにへらっと笑い返す

やはりまだ少し寝ぼけているらしい










「おはようございます。今の聞いてた?」


「んぅ…ほしいもの……?」


「そう、今週誕生日なんでしょ?不甲斐無いお母さん達がの欲しい物を知りたいそうなの」


「たんじょび……ほしいもの、…ない」


「無いって事はないでしょう。貴方も人間なんだから欲しい物の1つや2つ…」


「うぅん…ない……ないねん」


「何で其処だけ大阪弁なのよ」


「わいは……きゅうしゅうだんじ…むにゃ」


「何この子?面白い!面白いわ、私のハートストライクど真ん中よ。持って帰って観察日記付けたいわね」





















「って言うか江利子、気配を出さずに勝手に上がりこむのは止めて欲しいかな」


「観察日記でも何でも付けて構わないから朝っぱらから疲れるような事しないで」








聖はタオルを置いてゲッソリしたように、

蓉子は2人分の珈琲に更に1人分追加しながら苦笑して、



それぞれ親友に抗議する






けれどそんな親友はお構いなしにの両頬を抓って引っ張る
もちろん優しく、だが自身は迷惑そうにされるがままだった











「それで其処の不甲斐無いお2人さん。愛しのちゃんは欲しい物が無いそうよ」


「それはどうも。でもそれじゃ困るんだけどな」


、何でも良いのよ?こう見えて私達お金には困ってないから」







聖は江利子の手の中からを救い出すように、江利子の身体を引き剥がして食卓に着かせる


蓉子がマグカップを聖と江利子に差し出しながら、
に尋ねるとは首を横に振って再び無いと告げる









「ないの、だいじょうぶ。せいとようこたちがいてくれればそれでいい」


「嬉しい事言ってくれるわね。でも貴方はまだ子どもなんだからもっと我侭言ってもいいのよ?」


「わがまま…、いったらおこられるからいわない」


〜、私達怒った事なんかないでしょ?それに我侭なんて子どもの特権なんだから誰も怒らないよ」


「でも、せい…わがままいうとたたかれるんだよ」


「ねぇ、。私達は貴方を叩くわけないでしょう?貴方を愛しているんだから」











聖がの頭をくしゃくしゃと撫でても、は複雑な顔つきで首を横に振るだけで
小さい頃の育ちで自分を抑えつける


そんなに蓉子は優しく声を掛けるけれど

今度はは逆に戸惑ってしまったらしく硬い顔つきで黙り込んでしまった





蓉子と聖、江利子は互いの顔を見合わせる



















「まぁ、とりあえず今日1日さり気無くリサーチしてみるわ」


「有難う、宜しくね。なるべく早く帰るけど…9時過ぎになると思う」


「私は11時過ぎになるかなぁ」


「判ったわ、でも…このままで良いの?。相当参ってるわよ、過去に」


「そりゃこのままで良いとは思ってないわ、けれど私もどうしたらいいのか…」


「まだ信用しきれてないみたいだからさ、私達の事。懐くのと信用しているのは別物だから」


「……頑張って。保護者1年生なんだからこれから色んな壁にぶつかって成長していくのよ、と一緒に」


「…ええ。有難う、江利子。それじゃ行って来ます」


「いってきま〜す」


「いってらっしゃい」













2人の背後でドアを閉めると、
江利子は前髪を後ろに掻き上げてため息を吐く


そしてリビングへ続くドアを見ながら微笑む








「頑張りがいがあるわね」












リビングに入るとまだは食卓で一生懸命食パンを頬張っていた

江利子の姿を見るとは更に急いで口の中へかき込む





の前の椅子に座ると、ひじ杖を着く









「そんなに慌てて食べなくても大丈夫よ、ゆっくり味わいなさい」


「んむっ…うぐ………もぐもぐ」


「ほら、溢してる。ゆっくりで良いって言ってるのに」


「んむ、…っごめんなさい……あぐ…」


「何で謝るのよ、別にいいじゃない。散らかすのも子どもの特権よ?」


「…ごめ、んなさい…」


「………、食べながらでいいから聞いてくれるかしら」


「は、はい…」


「食べながらで良いって言ってるのに、生真面目ねぇ。蓉子と同じタイプに育つのかしら」









江利子はそう言いながら微笑み、の口の周りに付いているジャムを指で拭って舐める

ぽかんとしている少女に、何時に無く真面目な顔で向き直ると口を開く













、私達は誰も貴方を叱らない。もちろん悪い事をした時は怒るけど、人間だもの。間違いは幾らでも犯すわ」


「ん…」


「その間違いに対して怒る人なんて此処には居ないのよ」


「………」


「貴方の前の父親と母親がどうだったか知らないけど、其れと聖と蓉子を比べちゃ駄目よ?」


「………」


「聖も蓉子も、貴方と初めて出会った時から貴方を大切に想ってるの」


「………」


「判る?まだ難しいかしらね…」


「だ、だいじょぶ。わかる」


「あら、賢いのね。つまり、2人の想いを無下に扱っちゃ駄目よ。あの2人は私がこの世で何よりも信頼している人間よ」


「れいやさちこたちは?」


「もちろん、信じ抜いてるわ。世界中が彼女達を批判しても私はしない」


「ひはん?」


「間違ってると主張する事よ。例えモラルに反しても彼女達の言う事には添うわ、私は」


「…えぇと、えりこは…だいすきなんだね。ようこやせいたちが」








さすがに難しかったのか、首を傾げるに判り易く教えると

納得したように顔を輝かせ、満面の笑みでそう言うに江利子は微笑む











「ええ、大好きよ。そして。貴方も大好きよ」


「っ…」


「世界中が貴方を否定しても私は貴方を守るわ。もちろん聖や蓉子達も。それ以前にそんな事させないけどね」


「だからね、聖と蓉子に大好きって言われたらそれを真っ直ぐ受け止めなさい」


「…だいすき、だとおもわれてないよ」


「あら、なら何故貴方を引き取ったのかしら。そこまでお人好しじゃないわよ、あの2人は」


「………っわたしは、だいすきだよ。みんなだいすき。でも…」


「何も、考えずにその言葉を受け取りなさい。貴方はそんなごちゃごちゃ考える年じゃないの」


「………」


「私達は誰1人とて嘘を吐かないわ、貴方に誓う」


























もしも、世界中の人間に存在を否定されたら

私は生きていけるだろうか




きっと悲しくて悲しくて立ち直れないかもしれない











でもね


ふと後ろを振り返ると笑顔で見守っててくれる人達が居る事を忘れないで






誰にでも居る筈よ




世界中に批判されても、私を認めてくれる人が1人は必ず居る

私は恵まれているの


1人じゃなくて沢山居るから





だから、





貴方も安心しなさい







もし聖や蓉子が悪者に操られて貴方を罵ったとしても


私は貴方を守るわよ





まぁあの2人なら例え操られていたとしても貴方を傷つけるような真似はしないと思うけどね































前を向きなさい








後ろを振り返っては駄目


振り返った所で、得られる物は何1つとて無いから





学ぶ事はあっても、幸せになるために必要な物は存在しないから













全ては貴方の歩む先に待ち構えているのよ



いいえ、違うわね

待っていても幸せは飛び込んで来ないわ



自分から勇気を出さないと





だから言ってみなさい













貴方を愛してくれている者達に、


愛している、と







伝えてごらんなさい


きっと嬉しそうに涙を零すわ





そしたら、判るかしら?


貴方はそれ程愛されているって事よ













少しずつでいいの


少しずつでいいから、歩み合う努力してみなさい






私は、貴方の背中を押すわよ















だから、何時でも笑顔で居なさい



貴方の笑顔は周りを幸せにする効力があるの





























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