江利子が何を言ったのか判らないけれど
私達が夜帰るとは一皮剥けた感じで私達に抱きついてきた
いつもはもう寝ている時間なのに眠い目を擦って起きていたらしい
先に帰った私がしばらくを観察していると、
江利子の言っていた通り聖の帰りも目を擦りながら待っている
時々船を漕ぐけれどガクッと上半身を揺らすと慌てて起きて、
辺りを確認して聖がまだ居ない事を理解すると
真っ赤な目を何度も擦って真剣な顔で座り直す
けれどまた船を漕ぎ始めるのだ
余り目を擦るのはいけないと思い、止めると
眠い時は良くやる意味不明な言葉を発してから眉間に皺を寄せて再び待ち構える
『ねこがこたつでまぁるくなぁる…』
『……犬は庭で駆け回り?』
『ゆきやこんこ、あられやこんこ、こんぺいとうこんこ……』
『ぷっ』
隣で江利子が口を押さえて大声で笑い出すのを堪えるのが視界に入る
随分と美味しそうな童謡だと思いつつ、
眠気覚ましのためにオレンジジュースを差し出すと
細い喉を動かしながら一生懸命飲む
そんなを見守るだけにする事に決めて時計を見る
聖は11時に帰ってくると言ったけれどもう時刻は12時近く
さすがにまだ2歳そこらの子どもが起きていては身体に毒だと思い寝かせるべきかとも思うけれど
意外と頑固な所があるとこの数ヶ月で知っているから諦める
とりあえず何もしない時間が勿体無いので今日やり残した仕事を片付けるべく仕事用の鞄を開けていると、
江利子が面白がってジュースを飲みながら船を漕いでいるの頬をわざと突いて起こして
意味不明な言葉が出るのを楽しんでいた
『……くっちづけせよとはやしたて…』
『ふふ、良くそんな歌知ってるわね』
………つんつん
『…あるひもりのなか、おおかみさんにであった……』
『それじゃ赤頭巾ね。食べられちゃうわ』
………つんつん
『なつはすぎ…かぜあざみ……』
『渋っ』
………
「いい加減にしなさい」
「つれないわね」
可笑しそうにまた人差し指をの頬に当てようとする江利子の手首を掴んで止める事にする
江利子は珍しく素直に大人しくなった
そして手に握られていた珈琲を一口飲みながら読みかけだったの絵本に目を通し始める
どうして"裸の王様"なのか訊いてみたいけど止めておく
キリが無さそうだから
「ねぇ、蓉子。裸の王様って滑稽よね」
「そんな子どもの童話で真剣な感想述べられてもね」
「あら、子ども向けを馬鹿にしちゃ駄目よ。なかなか奥が深いんだから」
「じゃあちょっとその深さを語ってみなさい」
「王様を裸だと言った少年は王様が傷つく事を考えなかったのかしら?子どもは素直な方が良いとは思うけど人を想わなさ過ぎじゃない?」
「……本当に語るのね」
「王様も王様で、裸で落ち着かなく無かったのかしら。私だったら風邪を引くから止めておくわ」
「賢明な判断よ。それに貴方がやっても只のストリップショーよ」
「大体このタイトルおかしいと思わない?"裸の王様"って、裸じゃないわよ。ほら下着付けてるじゃない」
「……それは子ども向けだから…」
「それじゃ"パンツ1枚の王様"にするべきよ」
「そんな本誰も買わないわ。タイトルからして教育に悪そう」
微笑み合いながら話していると、
ほとんど熟睡モードに入っていたがぱっと起きて玄関に走り出す
耳を澄ますと僅かにドアを開ける音がした
「うわっ、!?どうしたのこんな時間まで…」
「せい!おかえりなさい!!」
玄関へと続く通路の方から聖の驚愕している声と、
の嬉しそうな声が聞こえてきて私と江利子は顔を見合わせて微笑む
しばらくしてを抱きかかえた聖がリビングに入って来る
「お帰りなさい」
「お帰り」
笑顔で出迎えると、聖はまだ事態が飲み込めていないらしくきょとんとしている
江利子がまだ居た事にも驚いてをソファに座らせながらコートを脱ぐ
「本当どうしたの?珍しいじゃない、江利子もこんな時間まで居るなんて」
「が面白いからついつい帰りそびれちゃってね」
「さっきまで船を漕いでも頑張って起きてたのよ、」
「そうなの?はそんなに私に会いたかったのかな〜?」
「うん!あいたかった」
「す、素直って素敵だね…聖さん涙出そう」
涙を堪えるように天井を仰ぎながら目頭を抑える聖に、は嬉しそうに笑う
そして自分が飲んでいたオレンジジュースを差し出す
「きたくごのいっぱい」
「う〜ん、本当は麦酒とかが嬉しいんだけど、此れにはの愛がたっくさん詰まってそうだから頂くか」
「おくさん、ぐびっと!」
「…江利子、またの前で不倫ドラマ見た?」
「見てないわよ、今日は"家政婦は見た"を見たの」
「………其処にスナックのママとか出てたでしょう。そしてその人が犯人でしょ」
「ぴんぽーん」
もう聖と江利子の間ではお馴染みになっている、
の言動でその日のドラマの内容を当てるゲーム
江利子は見事当てた聖に面白そうに声色を弾ませて答える
聖は聖で「の前であまりそういうの見て欲しくないな」とかぼやきながらジュースを気持ちよく一気飲みする
するとそれまで笑顔だったの表情が途端に沈む
蓉子はいち早くそれに気付いての身体を膝の上に乗せる
「?どうしたの?」
「ぜんぶ…ぜんぶのんじゃった……」
「…えっ?ぐびっと、って言うからてっきり良いものかと」
「あ〜あ、聖がの物横取りした〜。大人げなぁい」
「横取りだなんて人聞き悪いな、がくれたんだよ」
「大人げなぁい、みっともなぁい」
「ぐっ、大人げ無いのはどっちさ!?」
「そっち」
「なっ…」
「聖も江利子も止めてよ、こんな夜中に近所迷惑よ。、ジュースならまだあるから。飲む?」
「うん、のむ!」
急に笑顔に満ちるに、微笑んであげると
ジュースを継ぎ足しにキッチンへと向かう
私の後ろをとことこと付いて来る
本当に微笑ましい家族だ
微笑ましい家族になれたのかな
はその日から元の両親と私達を比べる事は、しなくなった
叩かれるから、と遠慮などしなくなった
次の日はもじもじと恥ずかしそうに誕生日プレゼントは机が欲しいと言ってくれた
この年で勉強がしたいから机が欲しいと言うに私と聖は吃驚したけれど、
とびっきり可愛い机を買ってあげようと承諾する
「ようこ、ようこ、しまこがほんくれた!」
「あら、良かったわね。志摩子に有難うって言わないと」
その日はずっと笑顔で、嬉しそうに私の元へ駆け寄ってきてプレゼントして貰った物を1つ1つ見せてくれる
其の度に蓉子は一緒に喜んであげると
は其れが本当に嬉しいのか、
また頼りない足つきでプレゼントをくれた人の元へ戻っていくのだ
「しまこ、ありがと〜!」
「どういたしまして。大事にしてあげてね」
「うん!しまこ、これ読んで」
「いいわよ、此処座りましょうか」
「ひざだっこ〜」
きゃいきゃいはしゃいでいるを見ながら、
誕生会の和やかな雰囲気の中で乃梨子ちゃんがぽそりと呟くのを私は聞き逃さなかった
隣に居た聖もそれを聞いていたらしく、お酒を飲みながら会話を設立させていく
「ちゃんは誕生日会とかやって貰った事無いんでしょうね」
「そうだね、孤児院で同じ月の子達を纏めて祝って貰ったとは思うけど個人でやって貰った事は無いと思う」
「どうしてお腹を痛めて産んだ子どもなのにちゃんのご両親はちゃんを可愛がれ無かったんでしょうか」
「まだ18歳ぐらいだったらしいよ、きっと自分のしたい事がまだまだあって子どもを認識出来なかったんだ」
「でも私なら愛しますよ、自分の血を分けた子どもですし」
「じゃあそれと同じように愛してやって欲しいな、を」
「もちろんです。皆…彼女が可愛くて仕方ないと思いますよ」
志摩子の膝の上で、絵本を読んで貰いながら
両脇に居る祐巳ちゃんと由乃ちゃんに物語に尾ひれ背びれをつけて面白可笑しく変えて貰い喜んでいるを2人は見つめながら語る
何だか屋台でのささやかな日々の愚痴り合いをしているお父さん同士みたいだと思ったのは此処だけの話
令と祥子はキッチンで料理を作っており、
江利子はと一緒に祐巳ちゃんと由乃ちゃんの尾ひれ作り話にお腹を抱えて笑っており、
私達は静かな、賑やかな夜を過ごした
まだ早いかと思いながらも小学1年生が入学祝いに買って貰うような机を見せてあげると、
半分泣きながら
半分笑いながら
喜ぶが見れて幸せな気分になる
の身体が少しずつ悲鳴をあげているのに気付かずに――――――――
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