貴方は全てを捨てた


そして全てを守り抜く覚悟を得た








そんな人間に出来る事なんて限られている

私は、貴方を1番近くで見てきた
だから…



何かをしてあげたいと思う


けれど貴方は要らないと言う

守られる弱さは持ちえていないと言う



誰かに守られる弱さは要らないと言う






私は……貴方に何をしてあげられるというのだろう?






















「また徹夜したの?」

「相変わらず心配性ね」

「心配性じゃないよ、誰でも心配するって。毎日徹夜してまで…」

「私は、大丈夫よ。有難う、








質素な部屋で私はお粥を作っていた手を止めて、
髪を纏めている真矢の背中に声を掛ける

真矢は小さく微笑むだけで、
自分の体調を誤魔化す





けれどその顔は青白くて

いつも着ている黒い服に映えるくらいのものだった












「真矢〜、其処まで子ども達を見張らなくても大丈夫じゃない?」

「そういう訳にはいかないわ。何時何が起きるか判らないじゃない」

「そんな事言っても小学6年生にそんな大層な事出来ないと思うけど」

「舐めちゃ駄目よ、子ども達を」

「まぁ…ちゃんと休んでくれるなら私は何も言わないよ。でも特に此処の所…」

「今が勝負の時なのよ、子ども達の人生の。だから誰にどうと言われようが止めないわよ」








頭の上に小さく団子を作り終えて、
黒い服のボタンを留めていく真矢の後ろに立つ

自分より大きい彼女は



一瞬で鬼の顔になる

今はこんなにも優しい顔をしているというのに




その瞬間が私は1番嫌い


貴方が子ども達の事だけしか見えなくなるから
そのためには自分の身体がたとえ傷つこうがお構いなしになるから


真矢、気付いてよ




貴方が心配なんだ

人知れず1人涙を流して生きていた貴方を、見守る事しか出来なかった私がとても悔しいんだ





もう、いいじゃないか



子ども達は真矢を嫌っている

真矢の与える試練に打ち勝とうとしている

そのために大人に頼るような事はもうしないで、
子ども達だけで団結して


いろいろ考えて行動するようになった






確かに真矢の思惑通りに上手くいっている

けれどね、真矢


人間はそんな簡単なものじゃない






確かに真矢の言う事は全て正しい
反論の隙なんて与えないくらいに的確に要所を突いている


だけど、真矢










子ども達は気付いているよ


真矢のやろうとしている事に

真矢の望んでいる事に




ずっと真矢を見てきている子ども達に、判らない筈がないよ



















半年が過ぎた


夏が過ぎ

冬が過ぎ




春を迎えた






その間には沢山の事があった

不良達に絡まれている子ども達を救うためにボコボコにされたり、
日々の疲労が溜まって入院したり






子ども達と1度私は会った事があるんだ

真矢といつも一緒に居る私を見て、子ども達が真矢が居ない隙に話しかけてきた









『阿久津先生は、私達の事を誰よりも想ってくれているんですよね?』

『…さぁ、どうだろうね。真矢は仕事の事には口を閉ざすから』

『私は、信じたいんです。いつも私達が危ない時に先生はさり気無く現れて助けてくれた…』

『………』

『先生は私達をいつも見守ってくれて、傍に居てくれたんですよね?』

『…其処まで思うならどうして真矢を助けてやってくれないのかな?』

『えっ?』

『神田望美、君はどうしてそう言いながらも真矢に反発する?』

『…っ』

『そう思うんだったら、どうして真矢の言う通りになって安心させてやってくれないんだ?』

『……………』















判ってる、大人気無いのは

けれど私は苛々が最高潮に上り詰めていて


自分が真矢を助けてあげる事が出来ないもどかしさから、

子ども達に八つ当たりした



けれど神田望美は微笑んだ









『阿久津先生を癒してあげられるのは貴方だけだと思います』

『………』

『私達は阿久津先生に心配かけないように立派に卒業する事しか出来ません』

『………』

『其の後、疲れきった先生を温かく迎え入れてあげられるのはお姉さんだけだよ』







子ども特有の無邪気な笑顔で、
神田望美は仲間達を引き連れて来た道を戻ってく


赤と黒のランドセル達が交互に動き回る背中を見送りながら、
私はため息を吐く


真矢があの子に目をつけた理由が少しだけ、判った









そして卒業式を迎えた


家に帰ってきた真矢の顔はいつもと変わりなくピンとしたものだったけれど、
心なしか目が赤かった



ずっとアルコールなんて取らなかった真矢に、

麦酒を勧める

すると珍しく飲んでくれた






そして大きく吐かれたため息の後、髪を下ろした姿で真矢は呟く














「やる事が、一気に無くなっちゃったわね」


「…お疲れ、真矢。卒業式を迎えた教師は皆思う事だろうね」


「でも何だか凄く気が抜けた感じなのよ」


「いいじゃない、あと少しだけ再教育センターで頑張りな」


「言われなくてもやるわよ、私は何が何でも教師を辞めないわ」


「それでこそ真矢だ。そしてまた、子ども達を正しい道に導いてあげるんだ」


「ええ」


「いつでも傍で見守って…ううん、今度は支えるよ。私も手を伸ばして」


「…え?」


「だからもう独りで辛い思いをしないで」


「……貴方は私を昔から知っている数少ない人間だわ」


「うん、だから私の前でだけは素顔を見せてよ」


「……ええ」

























久しぶりに微笑んだ真矢が


とても綺麗に見えた







やっぱり笑っていて欲しい


真矢には、嬉しい時はちゃんと笑っていて欲しい




泣きなんかしないで欲しい










だから支えるよ



真矢














鬼教師と呼ばれようが、


女王と呼ばれようが、








真矢は真矢だもんね


阿久津真矢であってそれ以外何者でもない










だから、たまには眉間の皺を緩めて

背すじを緩めて


頬を緩めて








笑っていいよ

















泣きたい時には傍に居るよ

真矢




君は阿久津真矢なんだ―――――――――――



女王でも、鬼教師でもないんだよ

ただ、自分に覚悟の出来ている大きな人間なだけで
覚悟も何も出来な小さな人間に疎まれてしまうだけなんだよ


だから自信持って


貴方は正しい事をしている

今まで通り、自分の信念を曲げないで



そしたら、あの子達も真矢に着いて来てくれるよ
























fin