「……ヤス………」







「何だよ?」


















やって来るなり立ち尽くしているにヤスは苦笑して見上げた





呆気に取られているその顔が向けられているモノは…












ヤスの膝の上に居る赤ん坊




















もうその反応に慣れてしまっているのか、ヤスがため息を付くと


赤ん坊は意味も無く嬉しそうに笑った




















「そうか…お前も男だもんな」




「駄目じゃねぇか、出家した坊さんが子どもこしらえちゃ」


















何か違うが当たり前の事を言ってのける失礼な客人に

本来の部屋の主が煙草を咥えたまま肩に腕を回してきた







ケラケラ笑いながらを部屋の中に連れ込む














「いらっしゃ〜い、ちゃん!待ってたんだよ〜」




「おぉ、ハチ公…相変わらず煩いな」




「ひっど〜い!!ちゃんの馬鹿!」




「あ〜煩い煩い、今はヤスの隠し子問題を何とかせねばならんのだ」












大袈裟なリアクションでとナナに纏わり付いて来たハチを

は片手で押しのける




ナナはまたしてもケラケラ笑いながら窓辺にある机に腰かけた

























「あのな、違ぇって言ってるだろ」







「だぁっていきなりガキ連れてきたら昔の女の子どもだと思うよなぁ」


「え?じゃあレイラなの?母親」


「え!?確かに…言われてみればレイラに似てるかも。キャーッどうしよう!スキャンダル!?」













「お前等な……」















ナナの言葉に、純粋に吃驚した顔でが問いかけると

些か興奮した状態で叫ぶハチ




そんな3人にヤスはサングラスのずれを直して苦笑した




















「だぁっ、キャッキャッ」











「うあ〜、何コイツ。可愛いじゃん」
















はヤスの前にしゃがんで赤ん坊を人差し指で小突く


すると赤ん坊は更に嬉しそうに笑ってその人差し指を掴んだ














「ヤス、コイツの名前は?」





「"ヤスジュニア"でいいだろ、んなもん」










「だから違ぇって……仕事先の上司の子どもだよ。今日1日だけ預かる事になったんだ」
















「この子も大きくなったらハゲちゃうのかね」






「はははっ、ハゲるな。女じゃなくて良かったじゃねぇか」






「うわぁ…お気の毒」


















「だから違うって言っているだろ、シツコイな」























本人の否定も聞かずに勝手に盛り上がる2人にヤスはもう諦めの意を表して





赤ん坊を抱えたまますっくと立ち上がる




そして2人の世界で自分をネタにして笑っている2人に、

丁重に赤ん坊を押し付けた











ゲラゲラ笑っていた顔が突如真顔になってヤスを見上げる




















「「……は?」」















「今日中にどうしても片付けないといけない仕事があるんでね、今日1日預かっててくれないか」













「…いやいやいや、ヤッ君。何言ってるの、ねぇ?」


「そうだヤス、てめぇが引き受けた事はてめぇで後始末しろよ!」







「あれ、聞いてなかったのか。ハチは快く承諾してくれたぞ?」











「「ハチ!!!!」」




























「だって滅多に無い機会だからついつい了解しちゃったんだよっ」










大好きな同居人と大好きな隣人に強面で一気に問い詰められたハチが泣き叫びながら弁解する




そのまま問い詰めるのも何だか気の毒な気がして、


腕の中で笑い続ける赤ん坊をとナナは顔を見合わせてどうしたもんかと顔を顰めた














「夜迎えに来るからそれまで頼むわ」とだけ告げて

仕事に向かっていったヤスの背中を見送りながらは何だか変な気分になった














「出稼ぎに行ってくる夫を乳飲み子を抱えて見送る心境ってこんなのかね」






「…知りたくもねぇな、んなもん」















少し不貞腐れて言うナナには苦笑して、その頬に軽く口付けた











「っいきなり何すんだてめぇは!!」




「あ、照れてる。見かけによらず照れ屋さんなんだから」













「照れてねぇよ!!」














ドアの側で赤面しながら叫ぶナナを通り越しては片手で肩に抱えてた赤ん坊を白いテーブルの上に置いた


置いてあった灰皿を退かしてから

自分も座ってヤスの持ってきた育児セットの入った袋を物色する















「ナナ〜っ、〜っ!!どうしようっ!?」












突如着信の入った携帯を見ていたハチがそう叫ぶなりキッチンに居たナナに飛びついた




はちらりとそのやり取りを見るだけで、

手にした哺乳瓶を眺めている
















「何だよ?」



「あのね、一生のお願いだから…私これからデートして来ていい?」



「はぁっ!?どうすんだよ、あれ!あたしの手には負えないぞ!!」

















何となく察しは付いていた…ので大して驚きはしないけれど


ハチの責任感の無さと言うか自己中心的な所は改めるべきだと思う





ってナナも私もそうだからあまり人の事言えないけどね




















「だからごめんってば〜!ノブと会えるの久しぶりなんだからっ…お願い!!」




「此処に呼べばいいじゃねぇか、ノブも。そんで2人で新婚ごっこでもやりゃあいいだろ!」




「えぇっ?だって赤ちゃんが居たらラブラブ出来ないし……」





「ふざけんなっ!!」




















「いいじゃん、別に。行かせてあげれば?ハチもノブも忙しくて会えなかったんだから」










「あのなぁっ、それだとあたし達は……っ」



「ホント〜っ?さっすが!優しいなぁ、それじゃあたし行ってくるねっ!!」




「ちょっ、ハチ!!?」















私の言葉を聞くなりそそくさと出かけていく所はさすが抜け目が無いと言うか…


ただの忠犬じゃなかったんだね、ハチ公







呆気に取られているナナが1人玄関に取り残されているのが視界の隅に映った


目の前で何も知らずに無邪気に笑っている赤ん坊と目が合うと

にこり、と笑いかけたら更に嬉しそうに笑ってくれる








何か…癒されるなぁ






私の周りってこう、インパクト強過ぎる人達ばっかだから















そんな事を考えていたら突然布巾が飛んできて

ギリギリで避けると飛んできた方向を見る







どう見ても怒っているナナ


基、不機嫌な私の秘密の恋人



















「何?」







「何じゃねぇだろ!てめぇあたしとの約束忘れてんのか!?」






「忘れてないよ。でもさ、仕方ないじゃん。皆事情があんだし」






「あたし達だって事情があんだ!今日は久しぶりに2人で過ごそうって約束したじゃねぇか!」







「それはそうだけどさぁ」







「っっもう知らねぇからな!てめぇなんか!!」








「えっ?ちょっとナナ…」






















そう言うなり自分の部屋に飛び込んでしまった彼女の背中を見送りながら


それでも冷静な自分が居るんだなぁ、と何処か他人の視線で思えて






哺乳瓶を机の上に置いて頭を掻く
















「まいったなぁ…」









「きゃっきゃっ」

















またしても目が合うのは、赤ん坊


ナナとこういう風に笑いあえるなんて事天地が逆さになっても在り得ないんだろうなぁ














「しょうがないなぁ、うちの女王様は我侭だからさ」














でも
我侭なナナが好きなんだから



私も相当アレだな





恋は盲目ってか

















赤ん坊を片手で抱えて、

ナナの部屋のドアを開ける







鍵が掛かってないって事は追いかけて欲しいって言う表れ






ナナの些細なサイン












見逃したらお終い









だからいつも目を血眼にして探しているんだよ


ナナの心を癒す方法を



























「ナナぁ」








「………」

















不貞腐れているのか、私に背を向けてベッドに横になっている恋人









1人で寝るには些か大き過ぎるベッドに赤ん坊諸共乗りあがって、

赤ん坊の手を掴んでその首に当てた














「何だよ」





「いいじゃん、何処かに行かなくてもこうして2人で居られるだけで私は満足なんだから」






「……」











「ナナちゃ〜ん、たまにはこうして2人で何もしないでごろごろしているのも悪くないんじゃない?」














赤ん坊の手をぽんぽん、とあやす様にその首に当てると


その手に、ナナの手が添えられた












「……判った…けど、お前手が小さくなっ…!?」










身を起こしながらこちらを振り返って、


その手の主を見てからナナは絶句した















「あははっ、小さくなる訳ないじゃん」







「…ってめぇ意地悪ぃな」







「何を今更」



















ケラケラ笑っていると、


今度は間違いなく私の腕を掴んで、引き寄せられた











赤ん坊を潰さないように慎重に一緒に横になってから




ナナと向かい合って、











優しく微笑む













と、ナナも優しく微笑んでくれる






















どちらからとも無く自然に引き寄せられて口付けると





2人の間に居た赤ん坊が嬉しそうに笑った






























何をするでもなく









ただ2人で







同じ時間を過ごす、という事だけが



幸せに思えるって










それ自体が凄く幸せな事じゃない?





































fin