「あ、其処に居る」


「…………」

















一体全体何故こんな事になってしまったのだろうか



私は極普通の一般人、なのに

ちょっと極普通の世界から引き摺り出されそう



ちょっとじゃない、かなりだ









私はそういう類のものを信じてなかった

目に見えない事は信じない信念を貫いていた




けれど、目の前に居る人物の言っている事は非科学的でも筋は合っている









聖と江利子に半ば誘拐される形で遊びに連れ出され、

その場には何故か山百合会のメンバーが全員集結していて




規則正しきお嬢様学校なのに学校帰りに遊びに出掛ける事になった










自惚れかもしれないけれど物凄く目立つメンバーで街中に繰り広げ、
適当なファミリーレストランを選んでお茶をする事になる



私と江利子は志摩子の新しい妹と関わりがなかったおかげで、
興味深々にいろいろ質問攻めにしていた所で

なかなか面白いキャラだと納得出来た


カトリックの学校なのに仏像愛だなんて江利子にとってはこれ以上無い面白いネタだろう





其処に彼女は現れたのだ








彼女の事も極普通のウェイトレスだと思い、

当たり前の様に注文をして居た時にその若い従業員は口を開いた














「貴方に生霊が憑いてますよ」













そう、祐巳ちゃんににこやかに微笑みながら突如発された言葉

私達はメニューを眺めていた目を上げて全員揃ってその女性を呆けたように見つめる




何だろう、この店は無料で客の守護霊とかを視るサービスでもあるのか








そんなマイナーな店ある訳がない、と気付いたのは約0.5秒後



面白センサーがそそり立った江利子と聖が楽しそうに目を輝かせて身を乗り出す
そしてその女の人をマジマジと見つめ出す












「生霊って…祐巳ちゃんに?」


「ちなみにどんな感じの生霊なの?」









すると2人の美人に問い詰められても物怖じする事無く、
従業員はまた微笑んで、

祐巳ちゃんの方をジッと見つめる








「えぇと…女性にしては物凄く背の高い…髪も長いですね。ずっと彼女を見つめてます」





「………まさか…」











ハッと息を呑む祐巳ちゃんは心当たりがあるらしく、
困ったように姉である祥子に助けを求める


けれど祥子も苦笑しているだけで首を横に振る



そんな事ある訳がない、と






しかし女の人は続ける
















「その人は凄く彼女に好意を寄せているみたいですね、そしてそちらの綺麗なお方の事を妬んでます」











「……お姉さまっ、やっぱり…」


「…やはり彼女しか居ないわね」







顔を真っ青にしてあわわと震える祐巳ちゃんと、

ため息を吐いて諦めモードに入った祥子を眺めながら聖と江利子は顔を見合わせる












「えっと…貴方は霊が視えるんですか?」


「ええ、生まれつき視える体質なんです。貴女方は…リリアン女学園の方々ですよね?」


「あ、はい…祥子、やっぱり制服のままだと目立つよ。1度家に着替えに帰った方が……」








令が恐る恐る尋ねると、彼女はそういう類の存在がさも当たり前のように頷く
そして私と聖、江利子以外の人間を見回してからリリアンの生徒なのかと指摘してくる

その言葉に令が苦笑しながら祥子に告げるが、祥子は半ば放心状態で呆けている




それもそうだろう

祥子は幽霊なんて非科学的な存在を信じない人間だろうから









しかしウェイトレスは手を横に振って訂正してくる














「いいえ、只私の妹が通っているので印象に残っていただけです。まぁ、リリアンは有名だから皆知っていると思いますけど」


「へぇ、妹さんリリアンの生徒なんだ。もしかしてその子も視えたりする体質?」


「はい、確か今年入学したばかりなので1年生かと…。いえ、妹はそういうのは全くです。その代わり…」











初対面なのに馴れ馴れしく聖が話かけるという事は聖の好みに当てはまる顔らしい

確かにこの山百合会は揃いも揃って美人ばかりだけど、
やはり綺麗な女性には弱いのが佐藤 聖






髪は真っ黒で背中に流している彼女は綺麗というよりも可愛らしい人だった






……それにしても何処かで見た事がある顔つきだ






















「仏像が大好きでいつも眺めている変な子なんですけどね」










「「「「「「「……………」」」」」」」
















その席が途端に静まり返る



今年1年生で、

仏像が大好き




だなんて人物1人しか知らない







一行がある人物へ目を集中させると、水を啜っていた人物は顔を上げる

そして、いかにも嘘臭い笑顔でウェイトレスに顔を向けた














「変人で悪かったね、お姉ちゃん」
 


「……あら、もしかして其処に居るのは乃梨子?」



「お姉ちゃんど近眼なんだから外に居る時ぐらい眼鏡掛けなよ」



「だって眼鏡重くて嫌なんだもの」



「そんな重く作られていたら誰も買わないって、それが嫌だったらコンタクトとか」



「嫌よ、目の中に入れるなんて想像しただけで涙出るわ」



「………せめて妹の顔ぐらい判って欲しかった」















当然の様に言葉を交わす2人を、

まるでテニスのラリーでも見ているかのように皆の目が行き交う








しばらくしてからまず最初に意識を取り戻したのは私だった


そして気になっていた事を問うてみる事にする



















「えっと、乃梨子ちゃん。貴方のお姉さまなの?」



「あ、はい。姉の二条 です」



「確認のために聞くけど、貴方のお姉さま?姉と書くあのお姉さまかしら?」



「…はい、姉と書くあのお姉さまです。一応」



「………み、見えないわね」
















今年入学した妹というのは中学生かと思っていた私は目を丸くする事しか出来なかった


乃梨子ちゃんが妹だというのならば、つまり彼女は最低でも高校生だという事になる




…見えない






身長も祐巳ちゃんより小さいからまだ14、15歳位だと思っていた自分の先入観に反省




次いで言葉を発せるようになった聖が苦笑しながら再び質問を投げかける













「じゃあ今年高校2年生?」













100歩譲っても1歳年上ぐらいか、

それくらいだと判断した聖が指を2本立てて尋ねる



すると彼女は吃驚したように表情を歪めてから笑う













「いえ、今年大学1年生です。今年で19歳ですよ」


「…み、見えないね」


「あれでも一応大学生なんです、姉は」













もう苦笑するしか出来ない聖に乃梨子は付け加えて説明する



自分と同い年なのかと吃驚している私と聖と江利子

自分より年上なのかと吃驚している祥子と令

自分の姉より年上なのかと吃驚している祐巳ちゃんと由乃ちゃん

乃梨子ちゃんに姉が居たという事に吃驚している志摩子




思惑はそれぞれだったけど



















きっかけは、幽霊だったと誰が言えよう






私達が知り合ったきっかけは祐巳ちゃんが「生霊が憑いている」宣言をされたおかげだとは言えない

































「蓉子、また憑いてる」


「……何が?ゴミでも付いてる?」


「ううん、男の人の霊。蓉子に惚れちゃったんだね」















背後からの声に蓉子はわざと惚けてみる

けれど判っているのか判らないのかは至って真面目に事実を伝える



蓉子は苦笑しながらに向き直って自分の頭上辺りを見やる












「ごめんなさいね、私にはが居るから」



「あれ、蓉子。非科学的なものは信じないんじゃなかった?」



の言う事だもの、信じるわよ」











蓉子が掠めるだけのキスをするとは仄かに頬を染めて俯く

そんな彼女の両頬に手を当てて目線を合わせると、
彼女は恥ずかしいのか戸惑いながら蓉子の肩越しに背後を見る


そして手を翳して口を窄ませる












「という訳だから蓉子は諦めてね」


「…ふふっ」
















































「可南子、祐巳さまに未だに好意の念飛ばしているんでしょ?止めなよ」


「………何で貴方にそんな事言われなくちゃいけないのよ」


「あまりしつこいと嫌われるよ。諦めも肝心だって」


「だから、何で…」


「じゃあ無意識で祐巳さまの背後に現れてるの?うわ、凄い執念だこと」


「…………」





















fin