「…聖、行くよ!」

「うん」



廊下の影で私達はコソコソと会話を交わす

通りかかった一般生徒達がこちらに気付くと嬉しそうに声をかけて来たけれど、

見つめる先の教室の入り口に居る目標の人物に気付かれないよう私はそっと流した



の合図と共に一気に廊下を駆け抜けて、


志摩子と由乃ちゃんと楽しそうに話をしていた祐巳ちゃんへ思いっきり抱きついた

と一緒に







「うぎゃあああっ!!???」



「「あはははっ、快感快感っ♪」」


思わず声がハモる

心底驚いた様子の祐巳ちゃんに抱きついたまま2人して声をあげて笑い転げた



目の前で呆れたようにこちらを見る後輩達



「いい加減祐巳も学習しなよね、毎日やってるじゃん」

「不意打ちに耐えられる人が居たら見てみたいよっ!」



涙目でそうに突っかかる祐巳ちゃんを宥める




「まぁね〜、だってこれをしないと1日が始まった感がしなくてさ」


「1日が始まったって…もう放課後でしょう!それに私は2人の玩具じゃありません!!」

「そうなの?玩具だと思ってたけど…」

「……ちゃん」


「痛い痛いっ!」




祐巳ちゃんは軽口を叩くに、仕返しとでもいうように両頬を抓る

痛がる素振りを見せつつも楽しそうなが何だか無性に微笑ましかった



が来る前も私はこういう事をしていたから…


だからに誘われても断れないんだ


前に蓉子と江利子に本音を言ったら馬鹿じゃないのと呆られたし






「それに聖さまも聖さまですっ!!」


「…へ?私?」



突然自分に振られて間抜けに返してしまう

を背負ったまま腰に両腕を当てているその姿は滑稽だった



「そうですよ、ちゃんは聖さまの恋人でしょう!?こういう事されて嫌じゃないんですか?」



…嫌だよ


嫌だって!!


祐巳ちゃん、君に限らず祥子や令達にも抱きつくのは見ていてとてもヤキモチ妬くよ?






でもしょうがないじゃん


自分の事を棚に上げて止めてなんて言えないじゃない





「いいのいいの〜、そういう事嫌がる煩い人なんかとは付き合わないから」





グサッ



その形容が最も当てはまる言葉を言われた

当の本人はケラケラ笑いながら今度は志摩子にじゃれ付いていたけど…


うっ、後輩3人の哀れの眼差しが痛い

親友2人の呆られた眼差しも痛いけど



何よりも同情の眼差しが堪える





「はいはい、そろそろ行こうか。令がきっと待ちくたびれているよ」

首根っこを掴んで志摩子から引き剥がすと、
不審に思われないようにその場から離れた



廊下を2人で並んで歩きながら

私が何も言えずにいると


ニッコリと微笑んだの顔が目の前にあった




「な、何?」

「ん〜、可愛いなぁって思って」


「可愛い?年上の人にそれはどうかと思うけど…」


苦笑しながら頭を撫でてあげると、
嬉しそうに目を細める

……犬みたい



「聖のヤキモチ妬きさん」

「…え?」

「本当は私が誰かに抱きつくのが嫌なくせにさ」



知ってたの?



じゃあ何で?



私の前で皆に抱きつくのさ?





「聖が居ない所じゃしてないよ」


そんな葛藤を見据えたのか、不敵な笑みを浮かべながらはそう言った

私が居ない所じゃしてないって?


…何のために私の前でわざわざ!?




「だって聖が皆に抱きつくからさ」


また心を読まれた

祐巳ちゃんの百面相が移ってる?もしかして



「だから私も抱きつきたいっていう欲を抑える事もないかなぁって思って」



……ふむ



「どした?」




しばらく黙り込んだ私を不思議そうに見上げてくると目が合うと、


思考を実行に移す勇気が湧いてきたような気がした




「じゃあ私が誰かに抱きつくのを止めればもしない?」



「んぁ?…ん〜、そういう事になるねぇ」




我勝ち取ったり!!





「じゃあ今日から止める!だからも止めるように!!」



「え?う〜、…わかった」






しばらく嫌そうな顔をして渋々承諾させる事に成功しました!

任務遂行です、隊長!!



…隊長って誰?




………蓉子か








これで一安心、と


周りから見えない階段の隅でと軽くキスを交わして私達はそれぞれ別れた


は剣道部へ

私は薔薇の館へ








「じゃあちゃんと約束した訳?」

「もう祐巳ちゃんとかに抱きつかないって?」

親友2人にそう聞き返されて、
私は満面の笑みでそう答えた


「うん、私が止めればも止めるって」


「「へぇ」」



2人共顔を見合わせて何だか腑に落ちない笑いを見せる


……何?









訝しげに2人を眺めていたら、
扉の外の階段から2人分の足音が聞こえた

間違うはずもない
この足音はのだ


もうすぐそこに居るのか、声が聞こえる



「あははっ!令ちゃんの馬ぁ鹿っ♪」

「馬鹿はないでしょ、馬鹿はっ」

「だって本当に馬鹿なんだもん、はははっ」




何だか下品な会話をしながら扉が開け放たれると、


そこには





令の腰に両腕を絡めたままくっ付き虫のようにずるずると歩いている






「やっぱりね」

「あの子が素直に言う事聞くはずないもの」





っ!!!!!!」




こうなる事を踏まえていたのか、苦笑を漏らす2人を他所に勢いよく椅子から立ち上がる

は心底吃驚したのか両目をパチクリさせた




「え?何?どしたの?」


どしたの?じゃないでしょうがっ!



「もう約束破ってる!さっきしたばっかじゃん!!」




その言葉にやっと理解できたという顔をしてみせられる


何なんだコイツは!?




「えぇ?別に破ってないじゃん、だって甘えているだけでさ」


抱きついてない、とそう言う





「……はぁ?」






ちゃん、こちらにいらっしゃい」


呆気に取られている私を他所に、江利子が彼女を呼んだ




呼ばれてすぐにそそくさと向かう様子は…


本当に犬みたいだ





膝をぽんぽんと叩く様を見ては江利子の膝上に座り込む



この子全然っ判ってない!!





江利子の上で蓉子に差し出された茶菓子を口を大きく開けて受け入れている

自分で食べようよ!


って言うかそういう事していいのは私だけだってば!!!







「つまりね、聖。ちゃんの中で貴方とした約束って言うのは…いつまでそこに居るつもり?こっち座りなさい令」



江利子は楽しそうにを眺めながら開いた口を、まだ入り口付近で立ち尽くしていた令へと向ける

慌てて江利子の隣へ座るとと目が合ってお互いにニッコリと微笑み合う



苛つく




本命の恋人は放置プレイな訳?



生憎私はSなんでそういうのは嫌いなんですけど

も結構Sだから私や江利子とは気が合うんだけどね


恋人同士としてはどうにも厳しい壁だ






「それでの中では貴方と交わした約束っていうのは誰にも甘えないという訳ではないのよ」


一旦話を止めてしまった江利子の代わりに蓉子が苦笑しながら引き継いでくれた

不機嫌なのが顔に出ていたのだろうか




「つまりいつもみたいに祐巳ちゃんに抱きつかないっていうのは誓ったんだわ」


「……全然つまりじゃないんだけど」


「だからね、貴方以外の人に触れないとかそういうつもりは全く無いと思うの」





「…そうなの?




蓉子の言葉に妙に納得してしまう自分を抑えながら静かにに問い詰めてみた

口を動かしながら黙って頷く



「じゃあ訂正するけど…私以外に触れないで、甘えないで、私だけを見ていて」




「聖、それは…」

「……はぁ」

「聖さま…?」


ハッとしたように私を咎める蓉子
ため息をつく江利子
不穏な雰囲気にオドオドする令

どれもがただ私のイライラを募らせるものとしかなりえなかった




「………じゃあ別れる」






「…それが無理ならそうせざるを得ないね」





急に静かになる表情のを見ないように、

窓に目をやってこちらも出来るだけ静かにそう返す



…こんなつもりじゃなかったのに


と付き合い始めてから幾度繰り返された自問自答だろうか





「………何で?いけないの?」


その声は何だか泣いているようにも思えた

それでも彼女の方を見る事が出来ずに、


小さく呟く



「限界だよ、我慢するのは」

「………」








「聖、貴方どうしたの?」



ついに堪えきれず声を出した蓉子に、


1年前のことを思い出してしまった






「栞さんの時と変わってないわね」





親友のキツイ言葉に、


何だか足元の土台が崩れる感じがした








「江利子、言い過ぎよ?」

「いいのよ、何も判ってないのは聖の方なんだからこれくらい言ってやらないと」



「煩い!!」



机を叩いて2人を黙らせる

いつの間にか江利子の膝の上で江利子に抱きついているが目に入った


その表情は見えないけれど



きっととても泣きそうなのに違いない






、大丈夫よ?落ち着いて」

そう言いながら彼女の背中をしきりなしに撫でる江利子の言葉に、

初めて気がついた



何ヶ月か前に治ったはずの発作

何らかの刺激で再び甦る可能性が高いと言われていたもの



必死に震えを止めるように力の限り江利子に抱きついていた






「…、こっちおいで?」


出来る限り優しい声でそう呼びかけると、
恐る恐る顔を上げてくれた

こんな私でも見てくれるの?

ねぇ、



…ごめん



1年前と同じ過ちを繰り返すところだったね




独り占めしたい

誰にも触れさせたくない

誰にも見せたくない

私だけの物でいて欲しい



そういう想いに気付いて栞は離れていったというのに




今度は再びやっと手に入れた温もりを手放すところだった








「おいで」



両腕を広げると、何とか震える身体を私に向ける


その腕を引いて私の膝の上に乗せた




「ごめん、…ごめん」


「ううん、私の方こそごめ…ん」


力の限り抱きしめて、安心させる

そうするとこの子の震えも止まるような気がした







誰にも渡したくないという不安


そしていつか自分から離れて行ってしまうという不安




それはどれも愛情の裏返しなんだと思う






好きだから


愛しているから



だから自分だけの物にしておきたい




でも自分だけの物にはなって欲しくない



そうするときっと人は人で無くなってしまうから…






ならどうすればいい?



世界の、世の中の恋人達はどうすればいい?




その答えを見つけられていないから、



皆いつの日にか別れが来るんじゃないか






どうすればいい?












誰か教えて




蓉子



江利子





…栞






ずっと貴方を求めていたけれど


今はが欲しいんだ



じゃないと駄目なんだ







お姉さま、1歩引くってどうやればいいのですか?













「大丈夫、泣かないで聖」











あぁ…




どうして君はそんなに眩しいんだ












天使は決して手に入らないのかな



だって天使は皆の天使なんだから…














愛しているよ、







たまらなく愛しいんだ、君が





















fin