懐かしい、香りが鼻を擽る




あぁ、さんの香りだ…




















カランカランと音を立てて店内に入ると

お客は居ないようで、店内は静まり返っていた










何か…




見慣れた…










…………天敵が居た





カウンターに肘をついて読書をしていたらしい









「ただいま〜、お留守番サンキュね」



「いいえ、どうでした?」



「ん?んふふ〜…ほれ!」










数年前と変わらない柔らかし物腰で喋りながら、

さんに背中を押されると




天敵は目を細めて…なんと舌打ちしやがった


彼女はふいっと目を逸らす












「…何やってんの、江利子」




「あれ、聞いてなかった?江利子と蓉子、ここのバイトさん」





「………はぁっ!?」












江利子の悪態にも気付いていないのか、

さんは江利子を指してとんでもない事を告白した




意味深な笑みを浮かべて再び江利子が私を見てくる










「なぁにぃ〜〜っ!?聞いてないよ、江利子!!蓉子も蓉子だよ!」



「だって聞かれなかったもの」



「知りようがないんだから聞きようもないでしょ!」











ダンッとカウンターを叩くと、

江利子の本が少し宙に浮いた



それほど勢いがあったからなのだろう










それでも当の本人はケラケラ笑っていてカウンター内に入るだけだった














「ま、いいじゃない。にしても相変わらず蛇とマングースだね〜、君達」





さんもさんだよ!どうして江利子や蓉子とは繋がってるのに私には連絡も全く無かった訳!?」






「だって入院してたもん、ずっと」














さらり、と言ってのけたために、


最初は冗談かと思った






…でも良く見たら最後に会った時よりも確実に痩せていた









「…何で?」




「煙草の吸い過ぎで肺ガンになりかけてたのよ」




「その若さで?」




「若さも何も、吸っている期間も何も、度を超えればなる物はなるでしょう」









代わりに説明してくれた江利子に、

身を乗り出して問い返すと




呆れた目でさんを見ながら江利子は1つため息をついた






見られた本人はまたしても乾いた笑いをしながら珈琲の豆の入った缶を開けようとしている











「聞いて…ないよ」




「言ってないからねぇ」




「…っ江利子と似たような事言うな!阿呆!!」









カウンター越しに蹴りをかますと、

その足は

当たり前だけどカウンターに鈍い音を立てて当たっただけだった





ごんっ





その音に驚いて缶の蓋を取り落とすさん













「やめてよ、店が壊れるじゃん。…相っ変わらず凶暴だのう、この犬は」



「あぁ?誰がその原因を作ってんの」



「ん?それは盛りからくるストレスでしょ?」



「違〜うっ!!!」










煙草の箱を投げると、


それをいとも容易くキャッチされる










「おぉっ、素晴らしいプレゼントをありがとう!!」




「ちょっ、さ…」














再びカランカランと扉が音を立てて


お客さんかな、と後ろを振り返ると






これもまた見慣れた顔













「こんにちわ……っ聖!?」





「…蓉子、聞いてないよ」










私の恨めしげな顔に、蓉子は苦笑するだけ


鞄をカウンターの上に置いて慣れた手つきでその裏にあるコーラを取り出して私に差し出してくれた






私がそれを受け取ると、私の肩を軽く叩く蓉子の行為が


親友として励ましてくれているように思える











「貴方には言わない方が良いと思って…ね。ごめんなさい」



「……何で?」



「独り立ちしないといけなかったもの、あの頃の貴方達は」







「貴方達…?」








コーラを貰っても、瓶だから飲みようがないと思って後ろを振り返ると


先程とはまるで違って物凄い剣幕の蓉子が居た






そしてその視線の先には、さん














「煙草は駄目、って言いましたよね?」





「ん?……蓉子ちゃん、今日だけ見逃してよ。折角の記念日なんだからさ」





「駄目です!そんなんだから入院するんですよ!?これ以上面倒見切れません!」





「大丈夫大丈夫、此処のところ至って健康だからさ〜」





「もう付き合ってる訳じゃないんですから…江利子だって期待できないんですよ」






「今の私には聖が居るもんね」






「大体この煙草吸いかけじゃない、こんな物何所で…」

















矛先が、こちらに向かう



正確に言えば蓉子の台詞に、

非情にも裏切ったさんと江利子が私を指したから















「聖!!貴方吸ってるの!!??」






「えっ?あ…いやぁ……、何というか…」






「全く貴方達は揃いも揃って…!!聖!予備があるのなら全て出しなさい、ライターも」






「あはは…いや…、それは…………ん?…『付き合ってない?』…、何その会話」













何とか蓉子の意識を煙草から遠ざけようと、いろいろと模索した所


先程ふと耳に入った台詞に首を傾げた





気のせいだろうか、その場の空気までもガラリと変わる













「……もしかして、さん…。……私は元彼女?」





「そう…っていうかさっきの感動の再会でヨリ戻したって事になるけどね」









私の人差し指は自分を指す


さんはこの隙に、と口に咥えた煙草に火を着けながら頷いた








「………元彼女?」







今度は江利子を指す


一息深く吸い込んで、それを吐き出しながらまたしてもさんは頷いた






「うん、3ヶ月ぐらい」








頭痛さえする頭を押さえて、


江利子へ向けていた指を蓉子へと向ける







「…元彼女?」





「うん、半年」



















……もう…


何があっても驚かないぞ、っていう概念は何所へ…











目の前に居た蓉子は苦笑していて


カウンター内で煙草を吸っているさんの腕に抱きついている江利子はニコニコしている










「もう…いいから、そこ……離れて、とにかく」








落ち込んだ気分を甦らせるなんて時間に任せるしかないのだから



瓶のコーラを手にしてカウンターへと座った











「ま〜ね〜、いろいろあったのだよ」


「こんの…女ったらし」


「……聖に言われたくは無いわよねぇ?」


「それもそうだ〜」


「煩い」









栓抜きを差し出してくれたさんを睨むと、さんは笑うだけ

そして隣からチャチャを入れてくる江利子

別にこの人達に、真剣に対応するのを期待して居る訳じゃない



期待できるのは蓉子だけだし…









つぅか離れろっての、江利子
















「でも結局、聖、貴方じゃないと駄目だって振られたのよ?さんに」



「え?」










隣に座る蓉子に、瓶の王缶を開けるのに一苦労していた手を止めて聞き返すと


彼女はにっこりと微笑んでさんを見た








「何度も…喧嘩して、何度も泣かされたけれど…あの人は優しかったわ」










さんは、江利子と何やら囁きあってケラケラ笑っている

久しぶりに煙草を吸うことが出来てかなりご機嫌らしい









「…泣かされた、の?」



「……ふふっ、その頃はとても辛かったけれど今では笑い話に出来るんだから不思議よね」




「蓉子、泣かされたの?さんに」









朗らかに笑ってみせる蓉子の横顔が



憂いを秘めていたから


それにその、蓉子を泣かせた人と私は今付き合っている訳だし…



親友として聞かないといけない












「そうね、泣かされたわ」



「っさ…」



「いいのよ」







目の前で呑気に笑っているさんに怒鳴ろうとする私を、蓉子が制する


ゆっくりと、名残惜しそうにさんから目を離して
私を真っ直ぐに見つめる彼女






「だってその原因は貴方だもの」



「私?…え?」












「貴方の事が忘れられないさんに、何度も泣いただけよ」


















「………そう、なんだ…」



















「…愛されているわね、今度こそ幸せにならないと私達が許さないわよ」














































「うわぁ、全然変わってないなぁ」


「そりゃあ聖が帰って来た時のために全部そのままにしてあったんだもん」







玄関の扉を開けて、部屋の中に入り込むと

ずっと2人が暮らしてきた形跡が未だに残っていて嬉しかった



もちろん、元彼女である蓉子や江利子が来ていたという形跡もあるけれど




例えば、2人で選んで買ったコップだとか


家具とか…全てそのままだった






でも、蓉子や江利子が来ていた形跡といえば


あんなに散らかしっ放しだった靴箱とか台所が使いやすいように綺麗に整理されていたり



CDプレーヤーの周りに江利子の好きだという歌手のCDが並んでいたり

















靴を脱ぎ終えて、リビングへと続く廊下を歩きながら後ろに居る彼女を振り返る




「ねぇ、さん………っんっ!?」








いつの間にかすぐ側に居たさんの顔は、

もう既に目の前にあって




気付けばキスをされているのだと、何所か第3者のように眺めていた






「…ん………っ…ちょ……」






久しぶりの、懐かしい口付けにとろんとしかけていた頭をフル再動させる

激しい、それでいて温かいキスはさん特有のものだけれど




ちょっと待って…ここって廊下、で





ベッドでは無い……







そりゃベッド以外でした事もあるけれど

そういう時はソファだったり風呂だったり、なんだけど









「ちょ、…ちょっと……待って、さっ……ん…!!」






激しいキスをされながら、何とか隙を見つけて声をかけるけれど

さんの手は慣れた動作でいつの間にかYシャツの裾から入り込んでいた


手首を掴んで何とか止めさせようとするけれど、




唇がようやく離れると至近距離でさんは熱を持った瞳で呟く







「…っ……」



「もう無理、我慢できない」






「そん…な……ぁっ…」










掴んだ私の手を無視して、更に進入して来るその動きに

もう息が絶え絶えになる



擽るように、それでいて確実に目的の場所に近付いているその手に、



少なからず期待もしていると気付いた時恥ずかしくて仕方なかった









「っ……あぁっ…ん………」









ブラジャーを外されて

焦らすようにその中心には決して触れないように周りを這う動きがじれったい




口付けを交わしていたその唇は、だんだん下へとずれていく

声を抑えるものが無くなって、自分の嬌声が更に大きく聞こえた



恥ずかしい
















「ねっ…、さん……」











鎖骨を舐める事を止めないさんと、目が合う








「何?」








「蓉子…と、江利子と………寝た?」















ふと、その動きが止まる



ずっと…気になっていた事


そりゃあ付き合っていたんだから何度も身体を重ねたりしたんだろう




そう割り切ってても、

それでも気になって仕方なかった















「………寝たよ?」










「……………そっか……んぁっ!」











突如に胸の突起を強く摘まれて油断していた私の咽から1オクターブ高い声が漏れた


再び鎖骨にキスをされたかと思うと、
その唇は前が肌蹴たYシャツの間を通って胸へと辿りつく




突起を口に含み、舌の先端で舐めるさんを見下ろすと


またしても目が合って、その唇の端を吊り上げる彼女








さんの身体が這い上がってきて、

私を廊下の壁に押し付けてから自分の身体と壁に挟んで押し付けるようにすると



金属の触れ合う音がした




焦っているのか、上手く私のベルトを外せなくてイライラしているのが目に見える


耳元で、さんの声が聞こえた








「寝た、と言ってもね」



「…え?」




「さっきの続き」







「あぁ…」













するり、とベルトを抜かれる

Gパンのチャックを下ろされて、フックも外されてしまう






何の予告もなしにショーツに手が伸びてきて

思わずこれから来るであろう快感に目を瞑る









「最後、までは抱けなかったよ」



「んっ……ぁあ…え?」








閉じていた目蓋をゆっくりと開けると、

目の前に切なそうな顔をしたさんがいた




喋っているのに、
ショーツごとズボンを膝辺りまで下ろされる









「いつも途中で終わっていた」


「なん…っで?」


「だって、私は聖を抱きたいのに…あの2人は純粋に私を想ってくれていたから、余計出来なかった」


「………」







「本当に悪い事をしたと思っている」













「…ふふっ、そんなに想っている聖を振ったのはさんなのに」












秘所へ指を這わせられて、


また目蓋は閉じられて意識はボヤかかる







高まる熱に集中している時に









さんの呟きが僅かに聞こえた気がした…




















「会いたかった…聖、君を忘れた時など1度だって無かったよ」















……ふふっ、だから蓉子と江利子を悲しませてしまったんじゃないの






愛しい人の頭をかき抱き、迫り来る快感に身を預けた






























「…聖……、せぇい…大丈夫?」







「…だいじょばない……ってこの馬鹿!連続で何十回もする奴が居るか!!」



自分を覗きこんでいる心配そうな顔に、

何だか非常にムカついて枕を投げる



そりゃあ…もう……廊下で2回くらいイカされたと思ったらそのままリビングのソファで何回もされて



やっと終わったか、と一息ついたら寝室に連行されて





そこからもう際限無く………








もう腰が立ちません










「ここに居るよ?」



反省の色無しで手を挙手してみせるさんに、

今度はベッドサイドにあるテーブルから携帯を取って投げる





「あぶっ…危ないな〜……躾が足りないかな、うちの犬」





片手でそれを受け止めながら減らず口を叩くさん

…というかこのままじゃまた襲われそうだったから、
ベッドに腰掛けている彼女に横になったまま蹴りをかます





「痛いっ…ごめん、ごめんなさい!聖、許してよ」


「犬はどっちだ、この野郎…盛りついた雌犬め」


「うわぁ、言葉悪ぅい…子どもには聞かせられないね!」


「子どもが何所にいる、何所に!」


「……え?…此処」






さんが指差すは、


シーツに隠れた私のお腹









「…………」




「ここにさ〜、2人の愛の証拠…可愛いベイビーが生まれてくるのを待っているのだよ!」




「…もう、阿呆かアンタは」








蹴りをかます余裕は、ハッキリ言って今の私には無い


脱力した身体をうつ伏せてもう1つの枕に顔を埋める








「聖」




「何?」








「会いたかったよ、凄く」





「…だから、振ったのは貴方でしょ」











「それでも、会いたかった…会えなくて死ぬかと思った」











盗み見たさんの顔は今にも泣きそうだった







2年前のあの日に、


して貰った最後の行為を思い出して






私は上半身を起こす








そして、その頭を胸に抱きしめた








「聖…?」




「これからはもうお互い寂しすぎて死にそうになるなんて事は無いよ」




「うん……、ごめんね。あんな、突き放すような事言って」





「ううん、さんのお陰で大学卒業出来たし」





「…………聖」




「うん?何?」







「そんなにヤバかったの?大学…」








「………本当は単位足りなかったんだけど…」








「はぁっ!!??」










胸に大人しく収まっていたさんが大声を出して、

そこから飛び出してきた



…痛い





物凄い形相で覗き込んでくるその目から逃げるように目を逸らすと

両頬を押さえ込まれる



否応なしにお互いの目は合わせられる訳で



仕方なく口を開く事にした









「教授、が…女の人でね。ちょっとお願いしたら卒業させてくれた」




「……口説いたのか…人の事言えないじゃん、聖」


「んははぁ」


「ましてやピチピチの蓉子や江利子よりも年増の小母さん相手じゃむしろ痛いよ?」


「あ、大丈夫大丈夫。実力のある人でね、まだ若いのに教授になれた人だから」


「……幾つ?」


「…32。本人は25って言い張っていたけれどあの肌のハリはそんぐらいと聖さんは見た」


「……それで?」


「………その代わりにいろいろ要求された、けど…忘れたいんだから思い出させないでよ」
















「何したの?」












「……ヒミツ♪」



















「吐け〜〜〜っっっ!!!!!!!!!!」







「無理だって!!!勘弁して!」














桜舞い散る丘の上で



貴方と再び出会えた奇跡







桜舞い散る丘の上で




貴方と再び愛し合えて














もう1度






もう1度だけ






神様と


マリア様と



蓉子と江利子、2人の親友が与えてくれた









チャンスだと思っていいよね?













貴方の隣で笑う事の出来る幸せ






そっと握り締めて、離さないよ…



































fin