もしも彼女と同い年だったならば

もしも彼女と同じラインに居たならば




そう思えば思う程切りが無くなり、切なくなる








どうしてかって?


だって立っているラインが一緒じゃないと、
いつまで経っても

どんなに走り続けても前を歩いている彼女には追いつけないから



同じ時間を共有する事が出来ない

同じ楽しみを共有する事が出来ないじゃない?





だから、


貴方と同じ年が良かったなぁって言ってみたんだ

そしたら彼女は笑ってこう言った






『じゃあ、聖は私と出会った事とか全て否定しちゃうんだね』

『え?何でそうなるの?』

『だって私が聖より前のラインを歩いていたから、後ろで立ち止まっている聖に手を差し伸べる事が出来たんじゃない』

『…あぁ……』

『隣に居たり、後ろに居たら聖の背中を押すしか出来ない。其れは聖の意志で歩き始めた事にならない』

『………』

『私が前に居るから、聖は自分から手を伸ばしてきて自分で歩き始めた。違う?』

『違…わないね、さん』






温かい眼差しで私を見据えながら
彼女特有の太陽の香りを放ちながら

いつも彼女は私の心の隙間を埋めてくれる―――――――















これで何度目だろうか

受話器を手にしたのと反対の手でボタンを押す


幾度か呼び出し音が鳴り
逸る胸を押さえ、電話の主が出るのを待つ


そしてまた留守電だ



もうこんな調子が3日も続いている
其れまでは毎日のように電話していたのに

彼女の声を聞かないと眠れないくらい頻繁に電話していたのに


なのに…何故突然?

…もしかして避けられている?


本当は私の事なんか好きじゃなくなっちゃって

冷たくすれば私から別れを切り出してくれるだろう、とか期待してたりする?




……なんて


そんな事あの人に限ってない

別に少女漫画みたいに2人の絆は固いと信じているからとかじゃなくて


彼女はそんな回りくどいことはせずに、
自分の意志ははっきりと告げる人だから



だったらどうして連絡がつかないのか、
せめて其れだけでも教えて欲しい




1人きりで過ごす夜

1人きりの自分の部屋で


見上げる飾り気ない部屋の天井は、冷たく重い空気を纏っている














「……それで?」

「だから貴方3日連続で会議を欠席しているじゃない」

「だから?」

「だから今日こそは出席しなさいと言ってるの。大体どうしてそんなに機嫌悪いのよ…」





親友の、呆れたような困り果てたようなため息に私のイラつきも最高潮を目指す
ため息を吐きたいのはこっちだってのに

どうして責められなきゃいけないのだ


…まぁ、判ってる
蓉子だって大体の経緯は読めている筈だ

伊達に保護者役をやってはいない

けれど生徒会幹部として、
更にそのリーダーとしてせねばならない責務というものがあるのだ

だから仕方ない事

私がどうこう言っても蓉子は蓉子の都合もあるだろうし







「別に。いつも通りだよ、それに今日は無理」

「いつも通りだったらそんな冷徹な空気纏っていないと思うけれど?白薔薇様。予定が無いから、欠席したいんでしょ」

「………判っているならどうして構うかな、紅薔薇様」






私と蓉子と江利子は、少しでも空気が微妙になると全生徒達からの呼び名でわざわざ呼ぶ
其れが相手と1歩置いて間を取り直すという合図

そのせいで口論にもならずに

お互いにやれやれと退散するだけで済む


自然と生み出された解決法
けれどこの時程其れが苛ついたのは初めてだった






背を向けて蓉子から離れようとする私に向けられて声が聞こえる


蓉子からの私へと親友として精一杯の励まし








「…さん、別になんとも無いと思うわよ?」

「………ありがと」

「また何時ものようにケロリとして現れるわ」

「だといいけど」

「そうに決まってる」

「…ふふっ、判ったよ」







至って真剣な表情でそう言う蓉子に、
小さく笑って返す

判ったから

そんな心配しないで、と手を振る


でもやっぱり心の何処かで不安に思っている部分があるのだろう

こういう時考えてしまう
もしさんが私達と同い年で今もこうしてリリアンに居たら

そしたら教室に飛び込んでとっ捕まえて尋問出来る


それ以前に毎日学校で会えるんだ
抱き締めたり
キスしたり

何だって出来るんだよね…とまで考えて


其れが叶う筈もない我侭だと自覚して考えるのを止める



自嘲的な笑いを浮かべながら教室へと戻り鞄を手にすると校舎を後にする
校門へと続く並木道がいつもより長く感じられ

こんな調子じゃ家に着くまでどれくらい掛かるのだろうか、と



ふと前方の方から歓声が聞こえてきて顔を上げる
校門の方で複数の生徒達が何やら騒いでいる

目を細めて見てみると、心なしか顔を赤らめた生徒達はある特定の人物を囲っているらしい


まぁ、私には関係の無い事だと其の横を素通りしようとした…のだが







「あ」





ふと呼び止められる

足を止めずに少しだけ振り向いてみると
その輪の中心の人物の顔がはっきりと見えた







「やほぅ、聖」

「…なっ………なんでここに…」





蓉子の言った通りケロリとした笑顔で手を振ってくる其の人は、
白薔薇様に気付いて更に歓声を醸し出す

此方に近づいて来る彼女に合わせてギャラリー達も近づいて来て最終的には聖とを囲む感じに納まった





「久しぶり〜、聖。元気でした?」

「…あ、まぁ元気は元気ですけれど……どうして此処に?」

「ん、勿論聖に会いに。愛故に」

「…そういった気障な台詞はいいから」

「何でよ〜真実を言ったまでなのに」

「……で、どうして此処にいらっしゃるんでしょうか?」





何度尋ねても軽くかわす彼女に聖は多少の苛つきを覚えながら強く再度尋ねてみる


すると彼女はふわりと笑って聖の手を握る







「白き薔薇のお姫様をデートにお誘いさせて頂きに参りました」

「…はい?」

「という事で、はい」

「……はい?」





その握られた手と、歯の浮くような台詞に呆気に取られている間に両手にはヘルメットが渡されていた


そして女生徒達で埋もれて隠れていた1台のバイクが現れる
スポーツ系の、テレビとかに良く出ている感じのレース向けの青いボディのバイク

きちんとしたライダースーツを身に纏った格好良いお兄さんやオジサンが乗っているのを良く見かけるやつだった


はきちんとしたライダースーツこそ着てはいないものの、
黒い革ジャンにジーパンとブーツを履きこなしていて

そのバイクに軽やかに跨ると後ろの座るスペース用の足を掛ける部分を下ろす

そして聖に乗るように促すと、
周りを囲んでいた女生徒達に笑いかけながら自分も目の部分だけが開いているヘルメットを被る






「それじゃ、皆聖が来るまで相手してくれて有難うね」






がそう言うとギャラリー達は照れ臭そうに首を横に振って否定する

そんな彼女達に聖からもリリアンの代表として苦笑しつつも礼を言うと、
ヘルメットを慣れた手つきで被ってバイクの後ろに跨る

その際鞄を胸に抱いてから両腕をのお腹に回した


また周りから黄色い声が響いてから、バイクの進行先に向けて道ががらりと開く


手を振ってニコリと笑うと彼女達は嬉しそうに振り返してくる
そんな中バイクはエンジンが掛けられ静かに発進し始める


今まではバイクってもっとこう乱暴で危ない乗り物っていうイメージがあったけれど

の操縦するバイクはまるでと一体になっているかのようにスイスイ動き、
停まる時は綺麗に静かに停まるので衝動も何も無い

発進する時も滑るように発進するし


其れを知っている蓉子と江利子に、以前「聖も見習いなさい」と念を押されたくらい彼女は運転が上手かった




そんな事を考えているうちに風景は変わっていて見慣れた街中を走っていた

そういえばついさっきまで自分は機嫌が悪かったんだっけなぁと思い出し、
相乗するかのようにふとまたふつふつと怒りが沸いてくる

けれど何故か自分と反比例して機嫌の良いがムカついてお腹に回していた手でその腹を抓る






「痛っ、な、何さ。聖」

「…別に」

「車とは訳が違うんだよ、危ないじゃん」

「……すみません」

「…」






信号で停まっていたおかげで大声を出さずとも普通に会話出来る

頭だけ振り返って訝しげに眉を顰める彼女に、
聖は素っ気無く返す

そんな聖に何かしらの異変を感じ取ったのかは黙って、青信号になると運転を再開させた


自分より4歳も年上だからか、自分より全然大人の態度を取る彼女に再びムカついて

今度は運転中なのに足で彼女の足を蹴る

勿論左側のギアがある方では無く、右側の後輪ブレーキがある方だ



其れも軽く

だって聖だってまだ事故に遭って死にたくはないから


けれどは其れだけでも余程精神的に応えたらしく、
右手を後ろに下げて聖の足を引っ叩く

怖いから止めろと



でも3日間我慢してきた聖の想いは簡単に消えるものではなくて何度か再び蹴りを入れてやる

何度か蹴った頃にはは諦めて運転に集中する事にしたらしく叩いてもこなくなった






其れがまた切なくなってきて


自分は子どもで


彼女は大人で

そういう事を思い知らされた感じで、
聖はギュッと彼女の背中に抱きつく

頬を背中に擦り付けて、大好きな彼女の匂いを忘れないようにとでもいうように記憶に焼き付ける


彼女の背中はとても温かくて
とても優しい





そのまま何分経っただろうか


辺りは見慣れた景色はとうに過ぎていて知らない土地へ来ていた




夕陽が遠い山の向こうに沈んで町をオレンジ色に染めている









さん、どうしてこんな所連れて来たの?」

「だからデートだって言ったじゃない。夕陽の見える喫茶店に2人、ロマンチックでしょ」

「でも3日も音信不通で…」

「あぁっ」

「えっ?」






住宅の2階にある珍しい形の喫茶店でバルコニーから差し込む夕陽を眺めながら珈琲を飲み、
一息吐くと聖はそう尋ねた

そんな聖には蹴られた事に対して全然気にしていないのかニコニコ答える


が、いきなり叫ぶので聖は珈琲カップを思わず取り損ねて受け皿とカップがガチャンと音を立てた






「だから怒ってたのかぁ」

「…判ってなかったんですか!?」

「いやぁ、何か怒ってんなぁってのは判ってたけど何に対してか判らなくてさ」

「……本気で、本っ気で怒りますよ?」

「痛い痛い…もう怒ってんじゃんっ」

「この3日間私がどんな思いで…」






天然なのか態となのかは知る由も無いが、
本気でが言ったものだから聖は呆気に取られてしまう

けれどやはり彼女は1枚上手で優しく微笑みながら、聖の頭に手を乗せて撫でる

その行為はとても心地よいのだけれど、
子ども扱いされているみたいで聖は思わず振り払ってしまう

けれどはそんな事も判っているらしく小さく笑った







「ごめんね、大学の方が卒業前の追い込みで忙しかったんだよ」

「……」

「聖だって受験の前の1週間は連絡取らなかったでしょ?お互い様じゃない」

「でもっ、本当は凄く会いたかったんですよ」

「そりゃ私もだよ、だから今日やっと終わったから休日にデートに誘うのも待ちきれずに押しかけちゃったじゃない」

「あれは本当止めてね?先生とかに見られでもしたら問題になり兼ねないから」

「はい、すみません。でもリリアンの生徒達皆親切だね〜」

「其れはさんが美人だからだと思う……」

「聖ってば人気あるんだな〜って思って、感心しちゃった」






聖の家の隣に1人暮らしをしている、近所のお姉さんだったはリリアン繋がりの関係ではない

良く聖の家に来ている蓉子と江利子だけが知る関係の存在だった


ぼそりと呟いた聖の言葉が聞こえなかったは、
煙草を咥えながら笑う

そして火を点けながら聖をちらりと見る






「……でも私は、…私は貴方に会いたかった」

「うん」

「本当ですよ?」

「うん、誰も嘘だなんて思ってないよ」

「…さん」

「ん」







聖が呟くとは全てお見通しのように微笑を崩さぬままテーブルの下で手を繋いでくれる


そして煙草を指先に挟むと、
ちらりと辺りを見回して誰も見ていないのを確認してからそっと口付けてくる


聖も別に人に見られても平気な性質なのでうろたえる事無く受け入れた



久しぶりの口付けは煙草の味がした

そして珈琲の味も、した


果てしなく苦い大人の味




けれど聖は其れが大好きだ

落ち着く


まるで聖もニコチン中毒とカフェイン中毒になってしまっているかのように




この香り無しでは生きていけない
改めてそう思うと聖は何だかこっ恥ずかしくなってきて

離れていくの顔を直視できずテーブルに突っ伏してしまう


そんな聖を見て、が笑う声が上の方から聞こえる









「何で笑うんですか、も〜…」

「いやぁ、愛されてるなぁって思って。ふふっ」

「……私は愛されてるんですか?」

「当然じゃん!私から聖ちゃんへの愛は宇宙より遥かに大きなものだよ」

「宇宙より大きいものなんて見た事ありません」

「其れくらい愛してるの、想像のつかないくらい果てしなくね」

「……聞いてるこっちが恥ずかしくなってきました」

「聖は初心だからねぇ、可愛いな」






恥ずかしげもなく本心を告げるに、
聖の顔は沸騰して茹だったタコのようになってしまう

ふと聖はある事を思いついての指先から煙草を奪うと咥える


店の奥からマスターらしきオジサンが眉を寄せて聖を見た
其れも仕方ない筈だ


学校帰りに拉致られた聖は制服のままで

誰がどう見ても未成年者の喫煙だから



そんな聖は慣れた感じで煙を肺に掻き入れて吐き出すと、其れをに返す










「そういえばさん、就職は決まったんですか?」

「だから"全部終わったから会いに来た"って言ったじゃない。ご安心を」

「そうなんだ、良かった」

「ありがと、聖もリリアンの大学合格おめでとう」

「有難う御座います」

「ねぇ、聖。最近思ったんだけど」

「はい?」






聖が目線を上げると、
は妖しい笑みを浮かべて人差し指を聖の鼻先に付ける






「その敬語、止めない?私は普通に聖と同等の立場で話したい」

「いや、其れはもう…癖になってますし」

「ちぇっ、シてる最中は普通にって呼んでくれるのに」

「なっ、ちょっ…公衆面前で何て事言ってるんですか!?」

「他にお客さん誰も居ないじゃない」

「でも駄目です!!!」

「ふっ、ふふ」






叫ぶ聖に、は鼻の下を押さえて短く笑う








「でも、ま…聖が同じラインに立ちたいと言っていたから形だけでも立ってあげたいなって思ったの」

「え?」

「私の単なる気紛れ。だから聖の好きにするといいよ」

さん……」

「"さん"だろうが""だろうが私はどっちでもいいさ、どちらも聖が呼ぶのなら同じ」

「…………」

「聖が紡ぐ言の葉なら私の耳には何でも心地よくはまる。例え其れが"大嫌い"の言葉でも」

「…そんな事、私が言う筈ないじゃないですか」

「まぁね、其れは判ってる。確信すら得ているよ、だから例えだって言ってるじゃない」






自信満々にそう言うに聖は苦笑を漏らす

けれどそんな自信満々な態度でさえ聖にとっては好きな人の一部であり、
嫌悪を抱くどころかむしろ大好きだった







「聖、そろそろ帰ろうか。陽が沈む」

「そうですね」

「じゃ、会計済ませて行くから下でバイクの所で待っていて」

「はい」






席を立つに頷いて従う

マスターに一礼してご馳走様と告げると下へ続く階段を降りていく


すると目の前に広がる夕陽と海がとても綺麗で

もう直ぐ完全に姿を隠してしまう太陽が聖へ何かを告げる


其れは言葉とかそういうものじゃない

気持ち



聖の中に温かい気持ちが流れ込んでくる







風が吹き抜ける中
背後から大好きな人が近づいてくる気配がした


きっと煙草を咥えたまま

自分の背中を見ているんだろう







だから聖は振り返りながら言葉を発する





恐らく彼女が1番喜ぶであろう言葉
















「大好きだよ、





















は最初は呆気にとられたものの

すぐに嬉しそうに照れ臭そうにはにかんで聖を背後から抱き締める


渚の潮風が頬を擽る中
顎に指を添えられて後ろへ振り向かされる

そして唇に優しい感触

























もしも彼女と同い年だったならば

もしも彼女と同じラインに居たならば




そう思えば思う程切りが無くなり、切なくなる








どうしてかって?


だって立っているラインが一緒じゃないと、
いつまで経っても

どんなに走り続けても前を歩いている彼女には追いつけないから



同じ時間を共有する事が出来ない

同じ楽しみを共有する事が出来ないじゃない?





けれど貴方は静かに



温かい眼差しで私を見据えながら
彼女特有の太陽の香りを放ちながら

いつも彼女は私の心の隙間を埋めてくれる―――――――














「大好きだよ、聖」


































fin