私はお父さんが居ません






でも自分で自分の事を可哀想だなんて思った事は1度だってありません

何故なら私にはお母さんが2人も居るからです



周りは皆お母さんは1人しか居ないのに私には2人も居る事が誇りです






私のお母さん達はとても優しくて大好きです

毎日朝起きるとキスをしてくれます



友達は皆とても驚くけれど私はお母さん達とおはようのキスとおやすみのキスをするのが大好きです









でもお母さん達は2人でもっと凄い事をしています

見ているとこっちが恥ずかしくなるくらいラブラブで、
ちょっと羨ましくなるので時々間に入って一緒にハグして貰います



基本的にいつも3人で仲良く寝ていますが、時々夜遅くにリビングの方から2人の声が聞こえてきて

それを聞くととっても恥ずかしくなっちゃって布団を頭から被って寝ています



こんなに小さな子どもが居るんだからちょっと控えて欲しいとも思うけれど、

私の本当のお父さんとお母さんみたいにしょっちゅう喧嘩なんてしないし、私を殴るなんて事もしないので許します





2人のうち1人のお母さんは、べんごしって言う凄い仕事をしているそうです

だからいっつも忙しくて休みの日も家に居ない事はしばしばです



いつももう1人のお母さんを怒っていて、その時の顔はまるで般若です

般若って言っても綺麗だから怒ると余計怖いだけであんなにくしゃくしゃな顔になる訳ではありません



でも、私には時々厳しいけれどとっても優しいから大好きです








もう1人のお母さんは、外国人みたいでとっても綺麗な人だけれど

世間では中性的というそうです
こっちのお母さんはお店を開いていますが、いつも女の人しかやってきません

べんごしのお母さんが家に帰って来ない夜は私もお店に連れて行って貰い、お手伝いをしています


見てて思ったけれど、女のお客さん達は皆お母さんとお母さんの後輩が好きなんだと思います

いつももう1人のお母さんに怒られていて、
子どもながらに学習能力が無いのかなって呆れてしまう程です


それでも優しくて格好良いからやっぱり大好きです















お母さん達にはたくさんの友達が居て皆綺麗でとても優しいけれど

それぞれ個性が強いので私としては可愛がって貰えるのは嬉しくても時々困ってしまいます






まず1人はお母さん達の親友の女の人です


正直に言うとこの人は私をからかって遊ぶのでちょっと苦手です

ある日ふらっとやって来て、お母さん達とお酒を思う存分飲んで帰って行くので謎が多いです


時々良く判らない物をくれるので私の部屋は奇天烈な物でたくさんです
世界のお土産らしいのですが、この人はいつも何をしているのか判りません


でも勉強を良く教えてくれるので嫌いではありません
時々えっちな事も教えてくれるのでやっぱりちょっと困るけれど…









そして強い方のお母さんの大切な妹である女の人はとてもお金持ちだそうです

皆綺麗だけど、この人はとっても綺麗で将来こんな女の人になりたいと言ったら
お母さん達は笑って、なれるよと頭を撫でてくれました

本当かな



妹と言っても私とお母さん達と同じで血が繋がっている訳ではなく高校生になったらある特別な制度による妹らしいです
私はそれが難しくて良く判らないので、普通にお母さんの妹だと思っています

その人はさすがお母さんの妹だと納得出来るくらい強い人です

たまに恋人に対して怖い時があります







その人の恋人である男みたいな格好良い人は学習能力無しの方のお母さんに言わせるとヘタレだそうです

でも私はお母さんにそんな事言える資格は無いと思います


私をからかって遊ぶ女の人の妹です


この人はうちに来るたびに美味しい手作りのお菓子をくれるので大好きです
でもいつもお母さんの妹に怒られています


「優柔不断なんだから…いい加減にしてよ」



ゆうじゅうふだんって意味が良く判らないから原因は判らないけれど、

要するにヘタレなんだと思います









そしてお菓子の女の人の妹が、従妹の女の人です

この人は外見に騙されてはいけません


病弱なイメージがあるけど、中身はとんでもなく凄い人です

何が凄いのかって言うと…あ、猪みたいな人です
時々ついていけません


この人もお菓子の女の人の事をよくヘタレと言って怒ってます


お菓子の女の人に1日に何回馬鹿って言っているか数えた事があるけれど、
強い方のお母さんに耳を塞がれたので良く判りませんでした

何て言ってたのかな、と今でも時々気になりますが

それでも強い方のお母さんは「聞いちゃ駄目」と、耳を塞いできます

ちょっと気になるけれど、やっぱりちょっと怖いので考えるのはやめる事にしました








この人の親友で、学習能力の無い方のお母さんの妹が私は大好きです

もちろん皆大好きだけど
一緒に居てとても安心出来る空気を身に纏ったおしとやかな女の人です

時々黒い所が現れると学習能力の無い方のお母さんはため息をしょっちゅう吐いてます


でも絵本を良く読んでくれるので、やっぱり大好きです


一言で言うと綿飴みたいな人だと思います

ふわふわで、とても甘くて美味しいけれど時々甘く無いと言うか…


綿飴の女の人に逆らえる人を私は今まで見た事がありません











綿飴の女の人の妹である女の人は

前に猪の女の人が「市松人形」と呼んでいた事がありますが、
どんな人形なのか判らないので

きっととても綺麗な人形なんだろうと思います

基本的にこの人は表情を変えないので何を考えているのか判らないです

前に学習能力の無い方のお母さんがフカンショウとか言っていたけど
やっぱり意味が良く判りませんでした

皆難しい言葉を使うので判らない事だらけです











そして、お金持ちの女の人の妹はとっても面白いです

見てて飽きないです


もう子どもじゃないけど、子狸っていう愛称で知られています
いっつも顔がくるくる変わって、ニヤニヤしながら見ていると恥ずかしそうに俯きます


猪の女の人に、子狸の女の人


とっても相性が良いと思います
動物園をやったら絶対毎日お客さんが沢山来ると睨んでいます











そんな個性豊かな2人のお母さんと、その仲間達は

私の人生をカラフルに彩ってくれた大切な人達です









2年桃組  佐藤 































「…ちゃん」



「なぁに〜?」






嬉しそうにニコニコしながら自分を見上げてくる子どもに、

祐巳は言葉を濁す



けれどもこれは見逃せないと踏み、良心に鞭を打って口を開いた











「こんな事書いちゃってお母さん達に怒られないかな?」


「えっ?」


「お母さん達だけじゃなくてお姉ちゃん達み〜んな怒っちゃうと思うよ」


「…怒っちゃうの?じゃあ書き直す…」







そう言うなり悲しそうに顔を歪めて祐巳の手の中から紙を取るに、
祐巳は先程打った鞭を何処へ捨てたのやら弁解しだす








「だっ、大丈夫だよ!多分ね…お母さん達に見せなければ」


「帰ったら見せてって今朝言ってたけど、見せちゃ駄目なの?」


「そっ…それはあのぉ…、怖い方のお母さんかな?学習能力の無い方のお母さんかな?」


「両方だよ!あと皆にも見せてねって言われたんだ!」










子どもが故にこれから起こる出来事を把握できてない目の前の少女に、祐巳は頭を抱える


自分の教え子であって、大切な先輩達の子どもであるはとっても可愛い存在だけど
その大切な先輩達に隠し事をしたら祐巳自身の身の保証も無いのだ












ちゃん、一生懸命書いた作文なんだけど…先生とちょこっとだけ書き直してみようか?」



「何で?何処か間違えてた?」



「ううんっ、とっても素晴らしい出来だよ!むしろ小学2年生の子がこんなに達者な文で良いのかと思えるくらいね」



「えへへっ、頑張って勉強してるからねぇ」



「でもね、そうだな…ちゃんは学習能力の無い方のお母さんの事好き?」



「?うん、大好きだよ」



「じゃあね、お菓子の女の人は好き?」



「うん、大好きだよ」



「そっか!あのね、今のままのコレだと学習能力の無い方のお母さんと、お菓子の女の人がすっごい怖い目にあっちゃうの」



「えぇっ、どうして〜っ!?」



「……なんとなく予感だけど、きっと怖い方のお母さんとお金持ちの女の人に苛められちゃう…と思う、絶対」








「それは大変っ!書き直すね、先生手伝ってくれる?」
















慌てて自分の書いた作文を握り締めて教卓から離れていく彼女に、

祐巳は微笑みを零す



何の因果か、リリアン小学部に勤務となった祐巳の受け持ちのクラスに、かつての先輩達の子どもが居たという出来事


最初は戸惑ってばかりだったけれども
彼女はあんなに複雑な環境に居ても素直にすくすく育っていたので祐巳を困らせるなんて事は絶対無かった



こんなに小さいのに学校では先生と呼び、家で会った時は祐巳ちゃんと呼び分けているから感心をせざるを得なかった

















「ただいまぁ〜っ!」











「お帰り、



「あれぇ、珍しいっ!こんな時間に居るなんて」



「今日は早めに終わらせて帰ってきたのよ、たまには出迎えてくれる人が欲しいでしょう?」



「うん、だっていっつも寝てるんだもん」



「夜の仕事だから昼は寝ているものね。ごめんね、私達が時間の合わない仕事をしているせいでにも寂しい思いをさせて」



「ううん、しょうがないよ。それに令が仕事に行く前に様子を見に来てくれるから寂しくなんて無いの」











まだランドセルに背負われているように見える小さな子どもを抱え上げて、

玄関先での顔を覗き込んで彼女は微笑む












「もう1人のお寝坊なお母さんを起こしにいきましょうか?」




「うん!!」











































fin