『ちゃんってパパが居ないんでしょ?可哀想』
『私のパパは休みの日になると遊園地に連れて行ってくれるんだよ』
『どうして居ないの?』
『……煩いっ!!』
祐巳は非情に困っていた
目の前で泣き続ける女の子3人と、
ボロボロになりながらそっぽを向いて黙りこくっているを目の前にして頭を抱えていた
本音を言うととっても親密な関係にあるの言い分を聞きたいのだが、
教師という立場上1人の生徒の肩を持つ訳にはいかない
職員室で4人の子どもを前に唸っている祐巳を同期の仕事仲間達は心配そうに見つめていたが、
何分喧嘩の主が複雑な環境に居るだったもので皆我関せずを貫きたがっており祐巳を助けてはくれなかった
言葉を変えれば学校では問題児だったからだ
「ちゃんがぶったの!私達何もしてないんだよ!?」
「パパに貰った大事なリボン破られたぁっ、うわぁぁん」
「ちゃんの馬鹿!!祐巳先生、ちゃんを怒ってよ!!」
「…………」
「ちゃん、理由を話してくれないと判らないよ?」
「…………」
「理由もなしにぶったりなんかしないよね?」
「…………」
やっぱり口を開かない少女に対して、祐巳の顔を戸惑いが支配する
その時職員室の扉が勢い良く開かれた
「福沢先生!甘いですわよ!?」
「あぁっ、可哀想に…どうしてこんな事するのかしら!」
「泣かないで頂戴、ママが来たからもう安心して?」
其処に現れた祐巳曰く親馬鹿トリオは物凄い剣幕で我が子を抱えて祐巳に詰め寄ってくる
1人取り残されたは騒がしくなった職員室の中で1人、無表情で窓の外を眺めていたが
祐巳には気付いてた
祐巳の服の裾を強く握るその小さな手に
きっと誰よりも不安で堪らないのだろう
どんなに口が達者で勉強もずば抜けて出来る子でも、やっぱりまだ小学2年生なのだ
「あのですね、この子もそんな理由も無しにぶってしまった訳じゃないと思うんです」
「ならこの怪我をどうしてくれるんですか!?重傷じゃないですか!」
「重傷だなんて…ほんの小さなかすり傷…」
「あらまぁ!福沢先生は何かとその子をお庇いになりますけど!!今回が初めてでは無いんですのよ!?」
「それは…子どもの喧嘩ですので大人が口を挟む事ではないと思います」
「今までだって1回もこの子の保護者の方がお見えになられた事ありませんけど、其処の所どうなっているんですの!」
「それはお2人共多忙を極めてまして、それに子どもの喧嘩は笑って見守る教育方針らしいので」
「信じられないわ、この子は加害者だからそんな悠長な事言っていられるんですのよ!被害者であるうちの子の事も考えてください!」
祐巳には口答えを許さない勢いで怒鳴り散らす3人の母親達に、
呆れさえ出てくる程に気力を失ってしまう
職員室も微妙な雰囲気になって賑やかな部屋の隅を皆見守るだけだった
其処で電話をしていた1人の職員が立ち上がって祐巳に近付いて耳元で囁く
「保護者の代理の方が受付に到着したらしいです、今こちらに向かっているとの事ですが…」
「本当?良かった……え?代理?」
高校時代から変わらず健在の百面相を繰り広げる祐巳の、背後では握っていた拳を更に強く握り締める
もはや過剰と言える程の態度で我が子の怪我を調べる親達の背後で、扉が開いた
その人物に皆ポカンと口を開けて見惚れるしかなかった
仕事からそのまま駆けつけてきたのか、服は作業着のままで
息を切らしている青年に怒鳴り散らせる者など居ないだろう
「遅くなり、っはぁ…すいませんっ……」
「……令っ…」
今まで祐巳の側を離れなかったが初めて泣きそうな顔をして今しがた現れた保護者代理に抱きつく
令は肩で息をしながら出来るだけを安心させる笑顔を作って抱き上げた
「どうしたの、。また喧嘩しちゃったんだ?」
「うぅっ…令の馬鹿ぁっ」
「ごめんごめん、聖さまから連絡があって直に駆けつけて来たんだよ」
「ううぅっ」
「今2人共ちょっとどうしても抜けられなくて、代わりに私が来たんだけど不満かな?」
「いい、令が良い。2人共忙しいんだから仕方ないもん」
「…良い子だね、」
令の首にしがみ付いて声を押し殺しながら泣いているを、その場の全員が見つめる
コック服を着た青年が泣いている少女を抱きかかえて頭を撫でている姿はリリアン小等部では見られない光景だったが、
それを見た人々は押し黙るしかなかった
ふと、その視線に気付いた令がを抱えたまま保護者達の所へやって来る
「遅くなってすみません、福沢先生。皆さん、この度はこの子が怪我をさせてしまって申し訳ありません」
「いっ、いえ、こちらこそこの度は…」
「あっ、令さま。まだ理由を話してくれないので喧嘩の原因が判ってないんですけど…」
「うん、?話してくれるかな?」
祐巳の隣に腰かけて、膝の上にを座らせると顔を覗き込むように身体を離す
そして微笑みながらそう言うとは恐る恐る顔を上げて涙に濡れた顔を令に向けた
震える声で絞り出された声に、令と祐巳は耳を澄ます
「……3人が、………私の事可哀想だって…」
「あぁ………」
「ちゃん…」
今度はきっぱりと顔を上げて、は向かい側でそれぞれの母親に引っ付いている女の子達に口を開いた
「私は可哀想なんかじゃない!私は…私は聖と蓉子が大好きなんだから、幸せなんだ」
「、大丈夫。皆判ってるよ」
「皆に、弁護士のお母さんとバーをやっているお母さんなんて居ないでしょ!」
「ふふっ」
「聖も、蓉子も、令もっ、祥子も!!皆居てくれるんだから私は可哀想なんかじゃないの!!」
「うん、。はお母さん達の事好き?」
「大好きだもん!!綺麗で格好良くて自慢のお母さん達だもん!!!」
涙目でもそうハッキリと宣言するの頭を、令はもう1度撫でてあげる
すると嬉しそうに顔を歪めるは、とても愛しかった
「有難う、。私達もの事大好きだよ」
後ろから聞こえた声に一斉が顔を向けると、
ドアに寄りかかってを優しい目で見つめる2人の人間が居た
はにかんでいた顔がパァッと明るい笑顔になり、その2人の元へ駆け寄っていく
「遅くなってごめんね、でも令が居てくれたから大丈夫だったでしょ?」
「うん、来てくれなくても大丈夫だった」
「ふふふっ、またそんな強がりを言っちゃって…」
「大丈夫だったもん!聖も蓉子も居なくて大丈夫だったよ」
「じゃあ何でそんなに泣きそうなのかな〜?」
「うぅっ……聖の意地悪」
「ごめんね、不安にさせちゃって」
「……聖も蓉子も意地悪だけど、大好きだもん」
「結局あのお母さん達聖さま達がリリアンの元薔薇様だって知って急にコロリと変わるんですよ」
「あら、貴方も元薔薇様じゃない」
「それは、そうですけど…私は皆みたいに綺麗な訳でもないから威厳も何もないんです」
「この年になっても自分の魅力が判らないなんて可哀想ね、祐巳」
「…お姉さまも十分意地悪ですよね。私の周りって意地悪な人しか居ないのかな」
缶麦酒を飲みながら妖艶に微笑む祥子に、祐巳は頬を膨らませながらリビングで騒いでいる先輩達を見やる
すると其処に聖と蓉子の間でケラケラ笑っていたが駆け寄ってきた
「祐巳ちゃん、祐巳ちゃん!」
「ん?何かな〜っ?」
「あのね、蓉子が奥さんで聖が旦那さんなの」
「…うん?」
「蓉子は鬼嫁で、聖は女にだらしない駄目亭主なの」
「………うん……?」
「それで、江利子が姑なの」
「……あぁ………うんっ?…」
「で、祥子が小姑なの!!」
祐巳の隣で何かが噴き出される音がした
確認せずとも祥子が飲んでいた麦酒を噴き出したのだと理解できた
けれど祥子の様子など我知らず、は嬉しそうに微笑みながら叫ぶ
「幸せ家族計画、進行中だよ!」
fin