兄弟は似ているものだ、なんて誰が言ったのだろう



大昔の誰かさん

其れは大きな間違いだよ



























「はぁ〜暇だねぇ」







そう唸る聖に、蓉子は眉間の皺を深める

苛々したようにペンを机に叩きつけ、聖をじろりと見てやった





「全く暇なんかじゃないのご存知?」

「ううん、知らない〜」

「……江利子、貴方も仕事しなさいよ。薔薇様として示しがつかないじゃない」

「今更よ」

「…っ……」







2人の親友の、全く仕事に励まない気力に蓉子の額には青筋が立ったが
確かに江利子の言う通り今更なのだと気付いて深くため息を吐いて諦める

そして再び仕事に集中し始める

この2人とは違って真面目で優しい妹達も机の向こう側で一生懸命働いてくれているというのに



そんな可愛い妹の1人に魔の手が伸びる
仕事を中断させるという厄介な魔の手

聖が机に突っ伏したまま其の名を呼ぶ







「ねぇ、志摩子」

「はい?何でしょう、お姉さま」

さん来ないの?」

「はっ?…姉さんですか?いえ……」

「えぇ〜っ、つまんなぁい!!」

「そう仰られても…」





ぶーぶーと口を窄ませる聖に志摩子は困惑しきった顔で応対する


その名前が出た瞬間に蓉子の、紙上を素早く動いていたペンも動きを止める






「蓉子は?最近会ってるの?さんと」

「…いいえ、随分と会ってないわ」

「やっぱりあの放浪癖は健在か」

「そうですね」







聖が不貞腐れたように言うと、志摩子も苦笑して肯定する





藤堂 










綺麗な名前の彼女は、志摩子の実の姉であり

薔薇の館の住人ではないものの、蓉子と江利子と聖のひとつ上の学年で
3人が自分の姉の他に慕っている存在だった卒業生



れる様な言動に振り回されはしたものの

自分の姉以外に頭の上がらない人物でもあった藤堂 




初めて志摩子と会った時


あの、藤堂 の妹なのだと聞いた時は我が目を疑ったものだ





西洋美人の志摩子



けれど此方は和風美人の






和風と聞けば長い漆黒の髪を連想させるが、
此れが実は違ったりする


黒い髪に青っぽい色が入っていて
普段は気付かないけれど、陽の下に居たりすると青っぽい黒が姿を現して


真っ黒な髪よりもクールな印象を晒す








そんな彼女は長身美人で

此処だけの話、蓉子の恋人だったりするのだ




志摩子の姉として紹介もされている祐巳、由乃も既に存在は知っていて


泊まりに行った家で散々遊ばれてくたくたになって帰ってきた





そんな彼女が聖も江利子も、大好きで
いつでも遊びに行ったり今でも良く会っている程に懐いていた










「はぁ、最近何処行っちゃったんだろ。電話しても繋がらないし」

「そうね、此の私が呼び出せば必ず来てくれるのに」


「……貴方達ね、言っておくけどさんは私の…っ」










「ヘイ!皆元気かい!?」
















その場に居た全員が椅子から転げ落ちそうな勢いで身を引く

其れも仕方ない



その声の主は2階にある会議室の窓から顔を覘かせて爽やかな笑顔を振りまいているのだ











「何だ何だ、一体何事だ。お化けでも出たか?其れともゴキブリ?」

「っ…さん!其れはこっちの台詞ですよ!どうしてそんな所から…」






自分を凝視している室内に気付いたは拍子抜けする事を言ってみるが、


自分の心臓を抑えながら言う蓉子には笑いかけ
そして身軽に室内へと飛び込むと手に握っている紙袋を蓉子に差し出す







「此処から入れたら面白いと思って、あの木をよじ登ってみた。はい、お土産」

「どうしてそんな理由で危ない事するんですか?お土産って…」

「うん、エジプト」

「……エジプトまで行ってたんですか!?」

「うん」

「何故、って聞いても宜しいですか?」

「ミイラを持って帰れたら面白いと思って」

「……………」








軽々しくとんでもない事を口にするに、蓉子は呆気に取られる


まぁ、こういう人間なのだとは前から重々承知していた上だが
さすがに此処までやられるとツッコまざるを得ない




姉さん、お帰りなさい。お父様が怒ってましたよ?」

「ただいま〜志摩子!あ〜…お土産を手に宥めてみるよ」

「ふふっ」

「其れで、持って帰れたんですか?」

「お〜江利子久しぶり!」





先程とは打って変わって目を輝かせている江利子に、は蓉子に渡した紙袋の中からある包みを取り出して包みに指をかける







「ふっふっふ…」

「ま、まさか本当にさん持って帰って来たんですか!?」

「……瞬きせずに目を開けてとくと見よ…」

「嘘っ!?」

「いくぞ〜…世にも珍しいものだぞ…」







子犬のように激しく振られている尻尾の幻覚が見える聖と江利子を纏わりつかせながら
は勿体ぶってそろそろと包みを開けていく

其の中にはきちんとした箱があって、


其れに手を掛ける






思わず蓉子も、妹達も前のめりになってその手の中を覗き込む





其処から現れたのは、手だった

其れはもう見事にひらかびている気持ち悪い程の1本の手







「「うわぁ〜っ」」




聖と江利子が嬉しそうに其れを眺めている中、
蓉子は眉間の皺を深くしてに突っかかる






さん!世界遺産を何て事するんですか!?バレたら逮捕されますよ!」

「…本物の訳ないじゃん」








わなわなと震える蓉子に、は笑いながらそのミイラの手を自分の肩に叩き付けて
マッサージ器のようにポンポンと扱ってみせる

呆気に取られている聖と江利子に、はミイラの手の指を引っ張った



其れは見事に伸びて

其れを放つと見事に元の形に綺麗に戻って



………









「…………ゴム?」

「………」

「大体本物持って帰って来たら空港で一発でしょ」

「そうよね…なぁんだ、つまんない」

「それにしても本当に良く出来てますよね、此れ」

「でしょでしょ?ハイ、此れ。江利子へのお土産」

「……貰っても困るわ」

「ほら、活用法は沢山あるじゃん。主に祐巳ちゃんに」

「…さすがさん、……祐巳ちゃ〜ん」

「ひっ、なっ、何ですかぁ!?其れ近づけないでくださいよぉ!」









ミイラの手を握って祐巳を追いかける江利子を眺めながら、
蓉子はため息を吐く







さん、私は?」

「もちろん、聖にもあるよ。…ほら此れ」

「……」

「ミイラの足!ゴム仕様、メイドインチャイナ!!」

「……要らない」

「ほら、活用法は沢山あるじゃん。主に祐巳ちゃんに」

「…自棄だ、もう。…祐巳ちゃ〜ん」

「うわわわっ、聖さままで!?もうさん変な物をお2人に渡さないでくださいよ!!」








"祐巳ちゃんを苛め隊"に追いかけられながら泣き喚く祐巳を見て、蓉子は目を伏せる

『ごめんなさい』と




そしてに目をやってみると、驚いた事にも蓉子を見ていた








「っ、何ですか?」

「ん〜?蓉子だなぁって思って」

「……音信不通になったのはそっちのせいですよ?2ヶ月も」

「ごめんね、ずっとミイラに囲まれてたら蓉子にふと会いたくなって。だから急いで帰って来た」

「其れ、あんまり嬉しくないです。ミイラの中で私を思い出すって」







ぼそっと言う蓉子に、は人目を弁えずに蓉子に思いっきり抱きつく








「会いたかったよ、蓉子〜!大好きだ!!ミイラなんかよりも100倍も1000倍も魅力的だ!!!」

「…ふふっ、だから、嬉しくないですって。ミイラと比べられても」

「本心だよ、うん。あ〜駄目だなぁ、蓉子と付き合い始めてから長期旅行が出来なくなった」

「私も一緒に連れて行ってくださればいいじゃないですか。ていうか2ヶ月って充分長期旅行じゃないんですか?」

「うむむ、違うぞよ。昔は半年は平気で放浪していたもん」

「そんなに居なくなられたら寂しくて泣いちゃいます」

「うわぁ〜、蓉子が可愛い事言ってくれる。ちゃん感動して泣きそう…」







自分を抱き締めたまま振り回すに、
蓉子は笑いを堪えきれずに腕の中で笑い出す














貴方が居ないと生きていけないなんて


随分と私も弱くなったものね












「首輪を付けて、もう離しませんよ?」

「其れは困るな、でも蓉子にならいいかもって思っている自分が居たりして」















ふらふらと彼方此方


放浪癖のある貴方には、鎖なんて似合わない





貴方は自由に飛び回っていないと



息が出来なくて死んでしまうのでしょう?








だから私はいつでも此処に居るわ

貴方が帰って来れる場所になるわ





だから、安心して



翼の無い天使







安心して行ってらっしゃい―――――






















fin




おまけ




祥子「それにしても本当に志摩子に似てないわね、さまは」
令 「うん、自分の事を"さま"付けで呼ぶのを拒否なさる珍しい方だし。さすがに私達は無理だけど」
祥子「それにしても、私達へのお土産…あの紙袋が怖いわ」
令 「……ミイラ?やっぱり」
祥子「…さて、祐巳を助けないと」
令 「そうだね」

祐巳「誰か助けてください〜〜!!お姉さま!!!」

志摩子「…………」











兄弟は似ているものだ、なんて誰が言ったのだろう



大昔の誰かさん

其れは大きな間違いだよ