「ねぇ、。蓉子さまはいいの?」



「いいの、いいの。それより次は何処行く?」



「いいの…かなぁ…?知らないよ?私達」






「あははぁ、いいんだって。大丈夫」






心配気な祐巳と由乃の腕を引きながら、

向かうは街中の大きなゲームセンター




門限は無いけれど、
蓉子と一緒に暮らし始めて自然と出来たルールがあった




"帰宅が6時を過ぎる場合連絡をする事"




じゃないと夕飯を作って待っててくれる相手に申し訳ないから

けれど現在夜の8時





たまたま祐巳と由乃と鉢合わせてたまには遊ぼうって事になったのだ

それで初めはちょっとだけ飲むハズが、





べろんべろんに酔っ払ってしまって良い気分になってしまった




1本の連絡も入れずに祐巳と由乃を引き連れて歩いている









正直言うと祐巳と由乃も困っていた

2人共一応家には電話はしたから時間的には平気なのだけれど



問題はの同居人であって恋人でもある先輩








2人にとっては十分萎縮する相手となるのだ











「うわっ、ちゃん上手だね!」

「さすが遊び慣れているわね、蓉子さま以外に一体誰とフラフラしているのかしら」




キューに滑り止めのチョークを塗りつけながらはニヤリと口だけで笑った

そしてカコンと小気味の良い音を立てながら1つずつボール達をホールに入れていく



結局自分の番が回ってくる事なく、9番のボールが仕留められた時には

2人は後ろでただ呆然としているしか無かった









「…本当に遊び慣れているね」



「まぁね〜、聖とか江利子達と良く来るしさ。コツを覚えたら案外簡単なもんだよ」






由乃の垂直な感想にはケラケラ笑いながらキューを廻してみせる

ふと、店の周りに張り巡らされているミラー越しに見えた影には目を凝らした




「…んぁ?あれ?」





その人物もこちらに気付いたのか、手を上げて力強く振って来る





!由乃、祐巳ちゃん!!」





「あ!令ちゃん、こっちこっち!」





由乃が店内に入ってきた令を手招きして呼ぶ

息を切らしているという事はかなり急いで来たという事だろうか





3人の姿を目にすると令は一安心したように盛大にため息をついた










「……何で居るの」





興冷めというように不機嫌にがキューを令の方に向けてそう言い放つと、

いつものほんわかした雰囲気が見えず、令はそのキューを掴む






「何で居るの、じゃないでしょ!由乃から電話貰ったんだよ」


「…ちっ、余計な事を」


「あのねぇ、も子どもじゃないんだから連絡とかちゃんとすれば夜遊びはしてもいいと思うよ?」


「じゃあ何で来るかな」


「その連絡の1つもしないせいで蓉子さまが心配してるの、皆の家に電話しているみたいだったし」



「…………」




「帰ろう」







その掴んだキューをビリヤード台の下に戻して、令はの腕を引く


その後ろを由乃と祐巳が苦笑しながら顔を見合わせて、ついて来た





精算を済ませて表に出ると車が一台停まっているのが見える

を助手席に押し込んでから令は運転席に回りこむ







エンジンをかけて車を始動させていると、が窓を開ける音が聞こえた

灰皿を開けてからポケットから煙草を取り出す様子を見て令達はため息をつく






いくら言っても辞める気がないらしいので今更咎める気はないらしい







街中を10分くらい走り続けると、ふと令が口を開く








「喧嘩でもしたの?蓉子さまと」




ちらり、と後ろを覗き込んで由乃と祐巳が寝てしまっているのを見てからは返事を返す





「して、ない。別に」



「じゃあどうして?」




窓の外に煙を吐き出すと、それらは後ろへとあっという間に掻き消えた

その様子を眺めながら灰を1つ灰皿に落とす





「あえて言うなら、気分?」



くすくすっと肩を揺らして笑う声が隣からして、は運転席へと目を向けた







「やっぱりまだまだ子どもだね、心配して欲しいんでしょ?忙しくて構ってくれない蓉子さまに」




「うっさいな〜」





「手が焼けるから可愛いくて仕方ないんだよ、皆」






「……うっさいな…」











半分眠りについた時、車が停止するのが感じ取れた

でも眠いから目は閉じたままにしておく



すると助手席のドアが開いて身体がふと宙に浮いた


令が抱きかかえてくれているのだろうか






すぐに玄関のドアらしきものが開かれる音が聞こえる


パタパタッと人が駆け寄ってくる音も聞こえた









「蓉子さま、只今帰りました」


「あ…、ありがとう。令」






聞き間違うはずもない蓉子の声は、
幾分か安心した感じだった


そんなに心配してくれていたのかと思うと少し罪悪感が出てこないでもない








「じゃ、このまま部屋まで運びますよ。蓉子さまじゃとても抱ききれないでしょう?」


「…いいわよ、ここで大丈夫」








ベッドまで運んでくれる事になった流れに少なからずラッキーと思ったら、

それを制する蓉子に少し首を傾げそうになった




あまり身長の変わらない蓉子に私を抱きかかえる事が出来る程腕力あったっけ?と










「えっ?でも……」








令も困惑している声を出す





すると、耳に何かしらの感触を覚えた









…………








「痛い痛い痛い痛いっっっ!!!!!!!」








思いっきり抓られた痛みにより、寝ているフリなど出来るはずもなかった


私は思わず上半身を起こして耳を押さえる






暗闇しか映し出していなかった瞳に、吃驚している令と勝ち誇った顔の蓉子が映し出された







「何すんだっ、痛いじゃないか!!」




令の腕の中から降りて、は力強く蓉子を睨みつける

その両眼には涙がうっすらと浮き出ていた



そこまで痛かったという事だ









「無断で由乃ちゃんと祐巳ちゃんを連れまわして遊んでいた挙句、狸寝入りだなんて良い根性だわね」



「眠かったんだよ!本当に!!」




「車から降りて部屋まで歩けない程じゃないでしょう?ただ面倒くさかっただけのくせに」







ぐっ…




何もかもお見通しらしい










が悔しそうに下唇を噛むと、今度は後頭部に感触を覚える


そして一瞬の間も置かれず地面に向かって思いっきり押された





その代償は、もちろん首がツリそうになる事










「いっ…!!」



「令にありがとうございます、ぐらい言いなさい。迎えに来て貰って更に送って貰ったんだから」






「あ、いや、それは大丈夫ですけど…。由乃に頼まれただけですし、祐巳ちゃんも送り届けないといけませんので」







かなり鈍い音と同時に、
辛辣な声がの口から漏れた事に対して令は慌てふためいてと蓉子を交互に見渡した







「いいのよ、これも教育の一環なんだから」


「教育って…」



「何?貴方は私に逆らえる程の優位な立場なのかしら?」




「…ありがとう、ございました……」








泣く泣くしぶしぶその言葉を発すると、後頭部にかかっていた力が無くなった


首を回しながら涙目のに令は苦笑を向けるしかなかった














令と、車の中で眠りこけている由乃と祐巳を見送った後





無言で家の中に入っていく蓉子の背中を見つめながら、の背には冷や汗が流れた







ドアを締めて鍵をかけ、靴を脱ぎ捨てて部屋の中へと入ると


テレビが付けっぱなしのリビングに繋がるキッチンで蓉子は珈琲を淹れていた

カップを持って自分の方へやって来た蓉子を見てはホッと胸を撫で下ろす
両腕を持ち上げてそれを受け取る体勢を持った



「あ、ありがと」





が、蓉子はの隣を素通りしてソファへ座り込む


両腕を上げたまま、受け取る対象を無くしたはなんとも情けなくその場に残された







やばいよ、完璧怒ってんじゃん









そんな事を思いながら、重たい足を動かして蓉子の居るソファへと向かう


その隣に正座をして座った






ちらり、と横目で蓉子を盗み見るが全くこっちに気をかけていないらしく

本人はテレビをただ見つめているだけ







「蓉子、ごめんね?」



「………」




「蓉子」



「………」




「蓉子さん」



「………」




「もしもし?蓉子さま?」





「………」








「……だぁ〜〜っ!私が悪かった!!だから許して!!!!」






無反応を決め込む蓉子に、先に音を上げたのはだった


大げさと言ってもいいくらいに盛大に土下座をして蓉子に頭を下げるのだったが…








「………………」









本当に、

心から、

…怒っているらしい




ウザイくらいのの謝罪にも反応を見せなかった




痺れを切らしたが降伏するまで時間は要らなかった












「ごめんっ!!本当っ、ごめんて!!!何でもするから!だから…お願いっ!!」






「本当に何でもする?」





「……え?」












あっという間に


が自分の言った事すら思い浮かばない瞬間に、

蓉子はバッと反応した




その目はヤバイくらいにキラキラと輝いていた









「本当に、何でもする?」


「……はぃ?」




「何でもするって言ったわよね、じゃあ私の言う事聞いて貰おうかしら」





「あ〜、出来れば…常識の範囲で」






「あら、十分常識の範囲よ。恋人として」











どさっ、と鈍い音がした


気がついたら自分はソファの上に押し倒されていた






恋人として?



ちょっと、ちょっと奥さん








その目は十分常識の範囲外なんですってば!!!!!!!
















そして、私は朝方まで眠りにつく事を許して貰えず

何度も何度も蓉子の欲望に付き合わされた





何か言おうものなら、先程の誓いらしきものを持ち出されるし







一言で言うなら





地獄でした








皆さん






家にはこまめに連絡致しましょう

















……ってまだするのかよ!!!





勘弁してよ、蓉子〜〜!!





















fin