〜っ♪』
『うわ、聖もう出来上がってるの?』
〜っ♪』
『嘘だ!嘘吐け!お前は絶対シラフだろ!!』
『チェッ』
『チェッじゃねぇよ、江利子に酒の強さで勝う人はいないって』
『2人ともにじゃれるのはその辺にしといて自分で食べる分は自分で用意しなさいよ』
『何よ、蓉子が誘ってくれたんじゃない。誘ってくれた人が用意するのが常識ぃ』
『ちょっ、お酒臭いわよ。もうそんなに飲んでるの?』
『飲んでないない〜』
『飲んでる。ここの空き缶ほとんど聖だから』
『…まだ早いでしょう、夕方よ?』
『この2人に常識求めても無駄だよ、蓉子』
『あら、私はそれなりの常識を得ているわよ』
『ほ〜、どの口が言うかなぁ、それを』
『いひゃい、いひゃいわよっ』
もそうやって構うから江利子も聖も余計付け上がるだけなの』
『『付け上がってません〜』

『煩いわね』
『煩いね』

















「ただいまぁ、蓉子。ガスボンベ買って来たよ」


いつになく上機嫌で私はリビングのドアを開ける

そこには、聖と江利子も居るはず…だったのに

誰も居なくて
ただ電気が消されていて真っ暗だった



何だか数年前までは当たり前だった光景が、

とても淋しくなった



ただいま、と言っても誰も答えてくれず

お母さんとお父さんの写真に1人、一言語りかけるだけ


そして1人だけの夕飯を食べて



1人だけでテレビを見て


1人だけで眠りにつく…










最近騒がしくてつい忘れがちだった日常が再び甦ってくる


いつも山百合会の誰かが泊まりに来てたり遊びに来てたり

私が淋しくないようにいつも側に誰かが居てくれた




特に恋人の蓉子はここで暮らしていると言っても過言じゃないくら頻繁に泊まりに来ていたのに

今日は聖と江利子を誘って皆で鍋をやろうって事になって


準備を2人でしていたらそのうちもう2人が来て



もう飲み始めている2人を前に、いざ鍋って時にガスボンベが切れているってわかって


バイクでひとっ走り買って来るよって言って
見送ってくれた3人を後に家を出たのは数分前の事だった





寒い中、3人が温かい家で待っててくれると思って

何だか嬉しくて

それでスピード違反ギリギリで飛んで帰ったら



……誰も居なかった







どうして…?


皆気が変わって帰っちゃったの?



私と居てもつまらないから、って帰っちゃったの?




愛想尽かされた?



蓉子にも?







どうして…









薄暗い部屋の中を見てたら、
何だか頬を温かいものが伝った



「あれ…」


何だか久しぶりに泣いた気がする

こんなに弱かったっけ?私



あのぬるま湯みたいな環境に馴染み過ぎちゃってるんだなぁ。






「っく…聖、江利子……蓉子」



名前を呼んでみてもどこからも返事は見当たらない


さっきまでの名残か、
鍋だけは用意されており、
空き缶も積まれている





部屋の隅に行くと、
そこにしゃがんだ

1人のこの部屋がただ広く感じて



心細くて






どうしても狭い所に行きたかった


ソファとソファの間の空間に身を沈めて
ただ1人声を押し殺して泣いた







…………




(お父さんっ、まだ?)
(この辺りは複雑なんだよ、もうちょっと待っててくれよ。)
(えぇ〜っ?もう車の中飽きたぁ)
(我慢してね、もうすぐだから)
(お母さん、抱っこして!)
(えっ?)
(ちょっ…!)


((!!!))


キキィィィーーーーッッ






嫌だ…
この冷たい感じ

生きているのか死んでいるのかどうかさえ判らない


ただ、
お母さんが私を守るように抱きしめてくれていたのを身体が覚えている

運転をしていたお父さんの膝の上に飽きた私が、



助手席に座っていた大好きなお母さんの膝の上に移ろうとした時



一瞬前が見えなくなったお父さんの車にトラックが突っ込んできたんだ




2人が私の名前を呼んで


私の腕を咄嗟に引いて


守ってくれたんだ





2人の腕の中で瀕死だったと、看護婦さんが教えてくれた

どちらも両親は既に他界していたから
お父さんが縁を切ったという仲の悪かった弟に引き取られて



それからはただ毎日地獄だった




助けて



助けて




お母さん助けてっ














、どうしたの?」





「…………っ!?」




寝ていたのだろうか、

私の前でしゃがんでいる蓉子と、
両脇のソファに腰掛けてこちらを覗きこんでいる心配そうな2人


ポン、と頭に手を置かれた


「怖い夢でも、見た?」


「……っ三人とも…何処に行ってたの?」



優しく微笑む聖に何だか安心した私は、
ただ涙に濡れたその顔を拭うこともしないで、

疑問を問いかけた


「ごめんなさいね、急に蟹鍋にしたくなって…」
「蟹を買いに行ってたんだよ」


両脇から2人が代わる代わる説明してくれた
江利子が私の身体を持ち上げて、
膝の上に乗せてくれた

何だか…あの時みたいだな


隣がお父さんで

ここがお母さんで



聖がお父さんで

江利子がお母さん?


…何かちょっと違う





ひょこり、と江利子の膝から降りて
床にしゃがんでいる蓉子に抱きついた



やっぱりこの温もりがお母さんだ…







「こんなに泣いて…どうしたの?淋しかった?」


そっと抱きしめ返してくれる 温かさが心地良い

張りのある髪の毛に、顔を埋めた





「夢を見た」


「夢?」




少し不機嫌そうな江利子がそう訪ね返してくる

私はうん、と頷いて


途切れる声を絞り出して一言放った





「事故にあった時のヤツ」


「「「………」」」





そう、

私の、せいなんだよ



私があの時お母さんの方へ行かなければ、

2人とも死ななかった





……」


「ごめんね、1人にして」


「蟹なんて聖が言い出さなきゃ良かったのよ」




「…ちょっと待ってよ、江利子が言い出したんだよ」

「あら、聖でしょう」

「江利子だって!蟹じゃないと食べないとか言うから…」

「言ってないわ、そんな事」

「言ったって!だから私と蓉子で買い出しに行こうと思ったら1人じゃ暇だから付いてくって」

「幻覚見たんじゃない?酔って」

「とっくに酔いなんて醒めてるよ!」




「ちょっと…黙っててくれないかしら。それどころじゃないでしょう」




「…ふふふっ」


?」
「「?」」


「良かった、3人ともここに居るからそれだけで嬉しいな」


「「「……」」」


「嘘吐き、ずっと側に居てくれるって言ってたじゃん」

「…そうね、ごめんなさい」




最後にそう、蓉子の顔を覗き込んで拗ねてみせたら、

弱々しく微笑んでもう一度抱きしめてくれた





温かい


この人達と居ると安心する


蓉子に抱きしめて貰うととてもホッとする






蓉子は約束してくれたから


蓉子だけじゃなくて皆約束してくれたから



私よりも先に死なないって事


私の前から居なくならないって事



ずっと側に居てくれるって事







だから私は安心してここに居られる


振り向けばすぐそこに蓉子達が居てくれるから



そっと見守ってくれているから




挫けそうになった時は後ろから抱きしめて
勇気付けてくれるから










「あぁっ!それ私の蟹!!」
「へへ〜んだ、早いもん勝ちだもんね」
「名前でも書いておけば良いのよ」
「………」
「ちょっと、本気で書くつもり?何なのそのマジックは」
「はい、。蟹あるわよ」
「ありがと、蓉子」
「…聖、別に名前書いてもいいけどちゃんと食べてよね」
「……そっか」
「そんな事している間に食べちゃうしねぇ」
「あああっ!!?」
「だから貴方はお酒は駄目だって言ってるでしょう!」
「ケチ」
「ケチでいいわよ」
「糞婆」
「…はい、聖。ここにあるの全部食べていいわよ」
「ちょっ!蓉子!!そりゃ無いよ!!」
「糞婆だなんて汚い言葉使う人にあげるよりはマシよ」
「ありがとぉ、蓉子大好き〜」
「私にも頂戴、蓉子」

「おい!!そこの2人!!!蓉子に引っ付くな!」




1人は嫌だけど




賑やか過ぎるのも嫌だなぁ
















fin