「蓉子の馬鹿!」

「馬鹿で結構よ」








今日ものどかな薔薇の館に、そんな声が聞こえる


もちろん、平和な証拠だ

何故かといえば








「私はカニさんウインナーじゃなくてタコさんウインナーが良いの!」

「仕方ないじゃない、今朝は時間が無かったんだもの」

「カニさんは嫌なんだってば!」

「そんなの貴方の我侭じゃない、私だってたまには寝坊するわよ」

「タコ!タコが良い!!」









改めて言う必要もなく、其の口論の内容である



お昼時の薔薇の館

其処に集っていた仲間達はいつもの事だと自分に言い聞かせていた


会議室の一辺で其の恋人達は口論をしている
其れは恋人の1人が作ってきていると思われる弁当箱を目の前に広げて行われていた

作ってもらってきていると思われるもう1人は、
意味不明な反抗をしていて頑なに手を付けようとしない









「…じゃあいいわよ、食べなくて」

「やだ!!」






とうとう諦めた蓉子が弁当箱を仕舞いだすと、
今度は其れを腕で掻き抱いて奪う始末

母親に怒られ、泣きつつもごねる光景に似ていた


蓉子も其処までされては手を出しようもなく、






、そんなにタコさんが良いなら此れ食べる?」

「うっ…」





見かねた聖が苦笑しつつ、
自分の弁当箱からタコの形をしたウインナーを差し出す

は其れを見て一瞬言葉を詰まらせる


が、ふいっと顔を背けて再び蓉子を睨む








「蓉子の馬鹿っ!大っ嫌い!!」

「……

「…え?」





口は災いのもと

とは昔の人は良く言ったものだ



其れがスイッチとなったのか、
蓉子は低いドスの効いた声を発してきた

異変を感じ取ったも冷や汗を垂らして呆気に取られる

仲間達も此れはマズイと思ったのか先程まで向けてきていた視線を逸らしだした









「判ったわ、其処まで言うのなら止める」

「な、何を?」

「お弁当を作ってくる事」

「えっ」

「其処まで言うんだから、貴方が早起きして作ってきなさい」

「…冗談だよね?蓉子」

「いいえ、至って本気よ」

「そんな……」






完璧に怒りモードに入ってしまっている蓉子に、は脱力してしまう






そして翌日、蓉子は本当にの分のお弁当を作ってきてくれなくなったのだ

自分の分を広げ、が隣で恐る恐る窺っている中1人で黙々と食べだしてしまう



誰から見てもしょげているを哀れに思ったクラスメートの祥子が分けてあげると言うが、
は其れを断りとぼとぼと薔薇の館を出て行くのであった

は家族とうまくやっていけていない

両親が離婚し、父親に引き取られ
新しく再婚した女性はを邪魔者扱いする

だから当然弁当やご飯を作ってくれなくて


見かねた恋人である蓉子が毎日お弁当を作ってきてくれていたのに



其れさえ断ち切られたらは本当に食料調達の術を失ってしまう






日に増し痩せていく

幾らなんでもコンビニなどで買って食べてはいるだろうと思っていたメンバー達も、蓉子も、段々心配になってく





そして事件は起こった

ある日校内放送で蓉子が呼ばれたのだ


内容は、が授業中に倒れて保健室へ運び込まれたとのこと









!?」

「しっ、水野さん。今さん眠っているから…」




血相を変えて飛び込んできた蓉子を、保健室の先生が制す
指されたベッドを見ると其処ではが眠っていた


其の顔色は決して良いとは言えず、

頬も扱けて痛々しい姿だった





「すいません」

「いいえ、大丈夫よ。見た所栄養失調ね、ここ数日何も食べて無かったみたい」

「そんな…」

「かなりの疲れが溜まっているみたいだから、状態ははっきり言って良くないわ」

「……」

「今救急車を呼んだから付き添ってあげてくれる?もちろん私も付き添うわ」





こうやって倒れて運び込まれたのは今回が初めてではない

だからの家族が迎えに来てくれる事は決して無いと判っている先生は、
ニッコリと安心させるように微笑んで蓉子の肩に手を置いた



其処まで事態は悪化していたのかと理解出来た蓉子は、
ベッドの備え付けにある椅子にふらりと座り込む

顔色の悪いの頬に手を添えて、呟いた







「すいません、私が悪いんです…」

「…そう」




罪悪感に苛まれ頭を下げる蓉子に、
先生は只そう呟いてから「救急車が来るまで校門に居るわね、誘導しなきゃ」と言い保健室から出て行く


残された静かな部屋には、
消毒液の匂いとの寝息しか聞こえない



ふとが身動きし、
蓉子の腕を掴む







「…?大丈夫?」

「ん……蓉子…?」

「そうよ」

「此処は、保健室か」

「ええ」





寝ぼけ眼で現状を確認するに、蓉子は頷いて肯定する


そして蓉子はすまなさそうな顔をしての顔を覗き込む





「ごめんなさいね、栄養失調だなんて私の責任だわ」

「ううん……何も食べる気が起きなくて、自分の健康管理能力が無い私の責任だよ」

「何もって、朝ご飯もお昼も夜も?」

「うん」

「何してるのよ!そんな事してちゃ本当に身体が持たないわよ!?」

「だって、食べたかったんだもん。蓉子のおべんと」




すねてように口を尖らし、
そう言うに蓉子は言葉を失う

するとはふふっと小さく笑った





「タコさんウインナーだなんてくだらない事で怒らせちゃってごめんね」

「いいわよ、タコさんウインナーなんて毎日作ってあげるわ」

「…実はね、私の…前のお母さん。本当のお母さん、料理下手だったんだ」




聞きたい言葉を聞けて、心底嬉しそうに笑う

思い返すように遠い目をしてからある事を言った






「でも1つだけ上手だったのが、タコさんウインナーなんだよ」

「……そうだったの」




初めて知る事実に蓉子は目を丸くする


けれど其れを語るの口調はとても優しく

母親が大好きだったんだと物語っていた


其れを、求めてしまうのは仕方の無い事かもしれない
今はもう居ない人を求める

其れは…貪欲かもしれないけれど

人間に出来る行動のひとつだと思うから



だからこそ人は愛おしいのだろう










「大丈夫よ、此れからは私が毎日作ってきてあげる」

「うん、蓉子のタコさん美味しいから大好き」

「あら、タコさんが、好きなの?」

「もちろん、蓉子の方がもっと好き」







二ヤッと子どもみたいな笑顔をしたに、
蓉子は胸の中が熱くなってくのを実感した

そして大好きだという証に、

ベッドに寝ているに身を乗り出してキスを贈った








聖と江利子曰く校内一のバカップルの起こした騒ぎは此れにて収まったのだ、が



2人の居ない薔薇の館ではこんな会話が繰り広げられていた








聖「つぅかさぁ…タコさんだろうがカニさんだろうが味は一緒じゃない?」

江「どっちもウインナーには変わりないものね」

祥「あの…前から気になっていたんですけど、何ですか?其れ。タコ入りのウインナーやカニ入りのウインナーの事ですか?」

令「祥子、其れマジ呆け?」

由「さすがお嬢様…」

祐「でも美味しそうですよね、タコやカニが入ったウインナーって!」

志「ええ、そうね」









今日ものどかな薔薇の館に、そんな声が聞こえる


もちろん、平和な証拠だ―――――











fin