「祐麒弱い」








可笑しさと呆れの間の声質でそう言われた祐麒は言葉に詰まる

そして背後のベッドに優雅に腰掛けている勝負相手にべったりな祐巳を見て、息を漏らした








「…煩いな、姉貴が異常なんだよ」

「異常とは何だ、お前が弱過ぎるんだ」

「俺はこう見えても強い方なんだぞ」

「でも弱いじゃないか、何回K・O喰らうつもり?」

「うっ…」







祐麒の史上最大の苦手な存在である人物は、そんな彼の頭を軽く叩いて笑う


するとたった今までの怒りも綺麗に消え失せてしまうのだから不思議なものだ

その時テレビ画面中で戦っていた祐麒のキャラクターがK・Oされてしまう







「やったね、8連勝っ」


「…姉貴酷いよ」


「まぁまぁ、心理作戦も有りだって」







「もう祐麒、男なら男らしく負けを潔く認めなよ」










其処で姉の隣で彼女の髪をブラシで梳かしていた祐巳が可笑しそうに弟を追い詰めた

不機嫌にコントローラーを床に置いてから自分も2人が居るベッドへよじ登る










「っていうかね、貴方達。弟の部屋で何寛いでいるんですか」

「だって此処は私達の家じゃない、この家の中は全部私達が寛いでいいスペースなんですよ」

「年頃の男の部屋にそんな姿で来るなっつぅの!」







未だにコントローラーを手放さずにテレビ画面を見つめている姉に、祐麒は毛布を投げつけた

風呂あがりというのもあって下着同然の格好の女の人はケラケラ笑いながら祐麒の首に腕をまわして引き寄せる









「な〜んだぁ、お姉ちゃんに欲情してるのかな?祐麒君?」


「なっ、ばっ馬鹿言え!!大体姉貴今年で20歳だろ!少しは乙女の恥じらいってものを持てよ!!!」


「ほう、そうかそうか。…うん?私今年20歳?……え?君達幾つ?」


「……可愛い妹弟の年も覚えてないのか、俺達は16歳だよ」


「16ぅっ!?……じゃあ今はあの子達が薔薇様やってんだ…」







祐麒の首を離して拳で手の平を叩きながら吃驚したように頷く姉に、
祐巳と祐麒は首を傾げる


そんな妹弟達の気も知らず、姉と呼ばれる女性は1人意味有り気に微笑んだ






















彼女はトラブルメーカーという一言で片付けられていた


もう2年も前の事だけど今でも私は彼女の事を鮮明に覚えている

卒業なされた私のお姉さま方を常に手篭めにして遊んでいた


あんなに冷静で格好良かったお姉さま方も彼女の前では年相応に感情をくるくる出し変えているのが新鮮で




彼女は孫である私達をとっても可愛がってくださった

お姉さま方を凌ぐくらい面倒を見てくださって、側に居てくださったから





もしかしたら私の初恋は彼女だったんじゃないかと思うくらいだった
















「……ねぇ、江利子」


「何?」





放課後の薔薇の館で、書類に目を通していた蓉子はふと其の作業を止めて親友の名を呼ぶ
当然作業には参加しておらず初々しい姉妹である祐巳と祥子のやり取りを見ていた江利子が顔を向けずに返答した

そんな彼女に蓉子は書類を卓上に置いてから肘杖をついて眉を顰めながら続ける







「あの方覚えてるわよね?お姉さまのお姉さまである…」


「あぁ、私達が1年生の時の黄薔薇様でしょ。面白いお方だったわ」


「あの方の…苗字って覚えてる?」


「何よ突然、苗字?えぇと、確か……」













「ごきげんよ〜」
















「「ごきげんよう、さま」」













開け放った扉に、顔を向けるとあの人が居て

蓉子と江利子は何の違和感もなく挨拶を返した



けれど珈琲を飲んでいた聖と、

祥子や令、由乃ちゃんや志摩子は度肝を抜かれたかのように呆けている









「お茶お淹れしますわ」





いつもの席に座る彼女に、蓉子は立ち上がって1人分の紅茶を淹れる

江利子も珍しくニコニコして彼女に話しかけた






「今丁度さまの事話していたんですよ」


「へぇ、そうなんだ。私の噂かぁ、まだまだモテるね。私も」


「何おっしゃってるんですか、さまの苗字を話していただけです」


「苗字ぃ?忘れたの?そんな薄情な可愛い後輩にはこうしちゃうぞ、うりゃっ」


「ちょっ、止めてくださいってば!」






軽くおちゃらけて言う彼女に紅茶を差し出しながら蓉子が訂正する
するとは大袈裟に驚いてみせて、蓉子のお腹を小突いた

慌てて身体を離す蓉子の顔は真っ赤で、そんな彼女には声を出して笑う








「私はねぇ、ふく…」







「ねぇ、蓉子。江利子…その方どなた?」


「「……え?」」









遮るように入ってきた聖の言葉に、
蓉子と江利子は目を丸くする

そして、やっと今のこの違和感に気付いたのか


一気に室内の隅に立ち退いた










「どっ、どうして貴方が此処に!!?」

「自然に接したわ、自然に!私どうかしてるわ!」










「相変わらず面白いねぇ、蓉子ちゃんも江利子ちゃんも」











しばらくしてから落ち着いたのか、

蓉子も江利子も咳払いをして元居た場所に腰を落ち着かせる


そして何時もの紅薔薇様スマイルで聖達に向き直る












「えぇと、こちらは先々代黄薔薇様であるさまよ」

















「お姉ちゃん何やってんの!?」






「「お姉ちゃん?」」




「やほ〜、本当に紅薔薇の蕾の妹になったんだね。さすが私の自慢の妹」













立ち上がるなり叫ぶ祐巳と、明るく手を振るの間を幾つもの目が行き交う

事態を飲み込めないでいるのは祐巳も同じで
1人何もかも見透かしているのはのみだった









「お姉ちゃんって先々代黄薔薇様だったの!?聞いてないよ!」


「言ってないもん、真面目にやってなかったしね」


「酷い!私があんなに山百合会の皆さんに憧れていた事知ってたくせに」


「そんな事言ったってただの生徒会の生徒達だよ?特別な事無いじゃん」


「そう思っていたのはお姉ちゃんだけだよ、絶対!!」











優雅に座っている自らの姉を指摘すると、その姉はそう?と蓉子達に意見を求めた
てっきりフォローしてくれるものだと思ってたが2人は深く長いため息を吐いての学生時代を暴露する








「そうですね、会議にも参加しないで一般生徒達を周りにはべらかせてお茶をしていたのは貴方くらいでした」


「…昼休みに出くわすと昼寝に誘う先輩は初めてでしたよ」








「……ほら、お姉ちゃんだけじゃない」

「えぇ?蓉子ちゃんも江利子ちゃんもあんなに素直で可愛かったのにすっかり大人になっちゃって、お姉さん寂しいよ」

「むしろ蓉子さまも江利子さまもお姉ちゃんより大人だよ!」

「うわ、実の妹の言う事だから余計痛手」

「もう…で、何しに来たの?」








此処でやっと祐巳が核心である質問をすると、

は何故か右手でピースをしながら答える










「昨夜蓉子達が薔薇様と呼ばれるポジションに着いているって気づいてさ、大好きな後輩の姿を拝みに来たの」






「…さま、昨夜気づいたんですか?」


「幾ら何でも遅すぎやしません?」








「お姉ちゃんは妹である私の年すら覚えてませんでしたからね」
















呆れて言う彼女を信じられないという目つきで言う蓉子と江利子に、祐巳は昨夜の事を思い出して報告する

すると更に信じられないものを見るような目つきに薔薇の館の全員が変わった











「ま、本音は可愛い子が居ないかチェックしに来たんだけどねぇ」


「…本音が其れですか」


「変わってませんね、さま」












むしろそんな彼女には慣れているかのようにため息を吐きながら蓉子と江利子は苦笑する

そして徐に手を伸ばして初対面である聖達に自己紹介をするように促す


一通り順番に一礼しながら自己紹介を終えると、は首を傾げて呻った












「祐巳、祐巳。やっばいかも」


「何が?」








間に祥子を挟んで囁く姉に、祐巳は遠慮しながらも顔を前に突き出して姉の言葉を聞き取る





















「皆私の好みかも。今年の山百合会は豊作?」



「……お姉ちゃん、私のお姉さまの前でそんな言葉使わないで」



「いやぁ、君が祐巳の姉か。綺麗だねぇ、この子も私のストライクゾーン入ってるよ」



「ど、どうも…褒め言葉として受け取っておきますわ」



「うん、どうぞどうぞ。受け取って」











赤面して頭を下げる祥子に、はニッコリと微笑んで肩を軽く叩いた

そして祐巳の向こう側に居た黄薔薇の蕾姉妹を見やると、ふぅんとだけ鼻を鳴らす







「あっちの子も良いけど、あの3つ編みちゃんのガードが固そうだから諦めるか」



「なっ……初対面で何言ってるんですか」



「ガードだなんて、私はそんなもの令ちゃんに張った覚えありませんよ!?」



「何言ってんの、お姉ちゃん大好き妹大好き仲良しこよし姉妹のくせに」










初対面で見抜いた彼女に、令は心底驚いた顔をしてみせて
それとは対照的に由乃は心外だというように否定したがあるが如く図星をつかれてしまい黙認する










「そっちのフワフワちゃんは…全然好みだけど、きっと簡単に誰にも心を開かなさそうだね」


「…そんな事は……」


「もちろん自分に警戒していた子猫を懐かせる過程も面白いけど、無理やりってのは好きじゃないからさ」


「子猫…?」














「あ、聖ちゃんだ。1回も薔薇の館に顔を出さなかった聖ちゃんだ」


「…はぁ…その節は……お世話になりま、した?」


「なってないない、君1年の時は全く此処に近寄らなかったじゃない」


「あぁ、そうですね。あの時は…」


「にしてもすっかり丸くなっちゃって。心の負担が減ったんだね」


「えっ?」












まるで全てを悟っているかのように静かに微笑むに、聖は目を丸くした
そして江利子を見ると、旧来の仲のようにアイコンタクトで済ます

最後に蓉子に目をやってから、




は口を開いた















「蓉子の理想の薔薇の館は作れた?」




「…まだ遠そうですけど、在校している間に絶対作ってみせます」




「そう、其れでこそ蓉子だ。でもあまり気を張り詰め過ぎても駄目だよ、たまには深呼吸も大事だからね」




「はい」






























「皆さん、祐巳の事を宜しくお願いします。こんな子だけど皆の心に何か潤いをくれると思うから」

































彼女はトラブルメーカーという一言で片付けられていた


もう2年も前の事だけど今でも私は彼女の事を鮮明に覚えている

卒業なされた私のお姉さま方を常に手篭めにして遊んでいた


あんなに冷静で格好良かったお姉さま方も彼女の前では年相応に感情をくるくる出し変えているのが新鮮で




彼女は孫である私達をとっても可愛がってくださった

お姉さま方を凌ぐくらい面倒を見てくださって、側に居てくださった












トラブルメーカーだったけど、彼女の事を疎んじる人は居なくて

先生達にも好かれて

先輩後輩隔てなく接する彼女には何時だって傍に人が絶えなかった







何時も離れた所から見守ってくれて、








私達が壁にぶつかった時だけ立ち上がらせるのに手を伸ばしてくれて


それでいて壁は自力で越えさせて自らに試練を与えてくれて

















私達を育ててくれた、先々代黄薔薇様




















其れが福沢 だった―――――




































fin