「祐麒、肩車して!」


「うん?おぉ、よし。おいで」







自分より遥かに小さな少女にせがまれて、祐麒はしゃがんでからその身体を抱き上げる

両肩に足を通して身体を押さえながら立ち上がると少女は頭の上で嬉しそうに感嘆の声をあげた












「あははっ、祐麒さすが〜!」


は軽いから此れぐらい叔父ちゃんに任せな。ほら飛行機だぞ」


「うわ〜っ……あ」









を背中にぶら下げる様にしてあげると、

はしゃいでいたの声が聞こえなくなる


不審に思って祐麒は首だけ後ろを振り返る
其処にはかなりお冠な母親









「祐麒さん、そういう事は止めて下さいって言っているでしょう」


「あ、いや…瞳子ちゃん……」


「ほら、もまだピアノのレッスン終わってないわよ。降りなさい」








高校生時代にはパーマをリボンで両端に2つ結んでいたけれど
もう十分な大人となった今は其れを後ろに下ろしていて、とても大人の雰囲気が出ている


けれど祐麒にとって彼女は中身は変わらない怖い人物



額に青筋を立てて背中に逆さまにぶら下がっているを引き摺り下ろそうとする









「嫌!もうピアノはやりたくない。祐麒と遊びたいの〜」


「我侭言わないのよ、祥子お姉さまが明日来るのだから練習の成果見せないといけないでしょう!」


「い〜や〜!!祥子お姉ちゃんには遊んで貰う約束したんだから!ピアノなんか見せない」


「いい加減にして頂戴!!ほら、





「ちょっ、ちょちょちょっ!?瞳子ちゃん、!危ないってば」










何としてもを下ろそうとしている瞳子に、

何としても降りないよう頑張って祐麒の首に両足をがっしりと絡めている



そのせいで祐麒の首は必然的に絞めつけられ息も出来なくなる




けれどそんな叔父に見向きもせずに2人は背後で攻防を繰り返すだけだった

其処に救世主降臨



救世主はダボダボのトレーナーを着て髪には寝癖を付けているという何とも情けない姿だったけれど












「んも〜煩いな〜。こんな時間からどうしたの?」


「祐巳さま!がお稽古をサボっているんです。何とか言ってやってください」


「嫌なの〜!祐麒と遊びに行くの〜!もうお稽古嫌!!」











何だって家族3人の揉め事に巻き込まれねばならないのか、
祐麒は遠くなる意識の中で考えざるを得ない


其処でやっと祐麒の首から掛かっていた力が抜ける



咳き込みながら後ろを振り返ると、祐巳がを抱き下ろしてくれたらしくは祐巳の首に抱きついている












「ごほっ…有難う、祐巳……助かった」


「祐麒も危ない遊びしちゃ駄目だよ、が怪我したら其れこそ瞳子ちゃんが怒るよ」


「大体は乙女らしくないのよ、もう少しお淑やかになって貰わないといけないわ」


「お淑やかになんかなりたくないもん!乃梨子ちゃんだって子どもは活発な方が良いって言ってた!!」


「乃梨子さんも勝手な事吹き込まないで欲しいわね。貴方は由緒正しき家の子どもなのだから其れに見合う人間にならないといけないの」


「私は私だもん!其れにママは普通の家生まれの人だから私も普通なの」











すっかり置いていかれた福沢姉弟は顔を見合わせて苦笑する

そして愛する妻と子どもの喧嘩を眺めながら一家の亭主である祐巳は欠伸を1つ










「祐巳さまものんきに欠伸などしてないでに身分の相応というものを教えてください!!」


「ママもお母さんの言う事には反対だよね!?大体今時おかしいもん、生まれがどうのこうのなんて」











8年前に結婚した愛妻

7年前に生まれた子ども



産みの母親である瞳子をお母さん、そして祐巳をママと使い分けている福沢 には祐巳も頭を痛めている



に痛めているというよりも瞳子の教育熱心な根性と、
それに反抗している年頃の娘に困り果てている




祐麒にどうしたものかと助けを求めてみても肩を竦めて返されるだけ


祐麒も叔父となっていてもやはり母娘の争いには首を突っ込みたくないものだ

祐巳が聞き分けの良い娘だったおかげで家庭内で母娘の喧嘩というものをほとんど見た事がない息子もどうすれば良いのかと聞かれても困るだけだ













「祥子お姉さまにも呆られてしまいますわ、それで良いの?


「祥子お姉ちゃんは私が何をしても褒めてくれるもん、ピアノに限らず」


「其れは貴方を持ち上げてくださっているだけよ、本当はピアノにお習字全てこなしてくれればもっと嬉しいの」


「ママも何とか言ってよ!祥子お姉ちゃんはそんな人じゃないよね?」


「あ〜…うん、お姉さまは目に入れても痛くないほど可愛いがってるから……」


「……どうして聖さんと蓉子さんの所みたいに穏やかに暮らせないのかな」


「祐麒さん何かおっしゃいました!?」


「いやっ、何も!」













祐巳が頼りなくフォローしようとしても


祐麒が思わず本音を言ってしまっても





この母娘は最強

怯む事なくむしろ逆に追い詰めるのだ


昔からこの手の人間に弱い福沢姉弟は苦笑しながら明後日の方向を見やる事で誤魔化す













「お母さんの馬鹿!!分からず屋!もう聖ちゃんと蓉子ちゃんの家に家出する!!!」


「馬鹿って…そんな汚い言葉を遣う子に育てた覚えはないわよ!それならもう出て行きなさい!」


「ちょっと…瞳子ちゃん言い過ぎだよ、も落ち着いて?」


「もういいもん!聖ちゃん達は優しいし、あそこだと皆優しいから!!」


「でもあそこの子もまだと同い年ぐらいなんだろ?迷惑じゃないかな」


「…っ祐麒まで!!もう皆大嫌い!!!!」











そう言うとは家を飛び出してしまう

後に残された3人は呆然と閉められた扉を眺めるだけ











「…瞳子ちゃん、少しに厳しいんじゃない?」


「だって、将来社会に出しても恥ずかしくない子に育てようと…祐巳さまは仕事をしてるからいいですけど、私は普段からあの子に付きっ切りで世話しているんですよ!?」


「それは大切な事だと思うよ、でもね子どもは鞭ばかりだと逃げて行っちゃうよ。飴も定期的にあげないと」


「祐巳さまはに甘過ぎです」


「瞳子ちゃん…」






「えっと…祐巳、俺外で車回して来る。片が付いたら来いよ、少ししたら迎えに行こう」










気まずそうに姿を消す祐麒に、祐巳は心の中で感謝してから

そっぽを向いてしまった瞳子の肩に両手を置く











「ねぇ、瞳子ちゃん。瞳子ちゃんがの事を大事にしているのは判るよ」


「………祐巳さまには判りっこありませんわ。お腹を痛めて産んだのは私ですもの」


「うん、私には子どもを産む大変さは判らないけど…でもは瞳子ちゃんとの子どもだから大切に思ってる」


「祐巳さま」


「だから、ね?迎えに行ったらそのまま聖さまの所で遊ばせてあげよう。怒っちゃ駄目」


「…でもそれだとまた調子に乗りますわよ」


「大丈夫、2人の子どもなんだからちゃんと判ってくれる」


















祐巳が諭すように言い聞かせると瞳子は少し困ったように笑って頷く



























大丈夫




何よりも大切なのは、信じてあげる事だから

















2人の血を分けた子どもなんだから、

大丈夫だよ



信じてあげよう?










私は瞳子ちゃんの事を信じてるよ







を何よりも大切に想っている事



























だから、迎えに行ったらまず最初に抱き締めてあげよう


そして今日1日くらい思いっきり遊ばせてあげよう









今日1日くらいいっぱい一緒に遊ぼう











それでまた話し合うのはまた明日にでもすればいい














そんな感じでいいんじゃないかな、人生は



気楽に楽しみながら

時にはぶつかりながら



それでまた仲直りして



笑い合いながら―――
































fin