なんでこんなことになったんだろう


みんな口を揃えて言う



そんなの…
私が知ってるはずない

私だって…













水面に浮かびながら空を眺める

ふわふわと浮いてる、大きな浮き輪に横の体勢で座りながら咥え煙草


Yシャツにジーパンというラフな服装はずぶ濡れだけど気にならない



つい先程クスリをやって意識は朦朧としてるからだ





ただ漂いながら青い空を眺めてると段々この世界には自分しかいないんじゃないかと思えてきて



けれど夢の世界に旅立つ直前で現実に引き戻された







!」

「……」



声は若干ピリピリしてて、主の機嫌が芳しくないのを表してる

めんどくさいな、と


ため息を吐きながら煙草を口から外して灰をプールサイドに置いてある空き缶に落とす


足音は近づいてきて、そして現れた





「またクスリやったでしょ」

「んぁ〜お帰り、ベット」



へらっと笑って迎えると、
ベットは眉間の皺を深くしてプールサイドにしゃがみ、浮き輪を手繰り寄せた

やっぱりバレてるな

つい先程車の中で吸ってる所をティナに見つかり、
こってりと絞られたばかりだから彼女の耳にも入ったんだろう




「ティナに聞いたわよ」

「会ったの?」

「アンジェリカの事でね」

「ふ〜ん」



覗きこんでくるベットの頬に手を添えて微笑む
けれど彼女は誤魔化されない、とその手を掴んで続けた



「せっかく抜いたのに何故またやったの」

「…わかってるでしょ」

「あれは…貴女がそんな事をしてもしょうがない事でしょ」

「……」




わかってるんだ

こうやってまたクスリ漬けになってたって


どうにもならないし

どうだってできない











カルメン

ずっと好きだった人



ジェニーと付き合い始めた時も

シェーンと心が通い合った時も


ずっとずっと傍で見てた

応援してた

励ましてた


一緒に喜んでた




でも、ディナが死んで

シェーンのプロポーズをカルメンが受けて


結婚式をあげるって聞いた時


私は目の前が真っ暗になった








私からクスリを抜いたのは他ならぬカルメンだったんだ


クスリ漬けになっていて仕事もままならず、言動もあやふやになってたのを見兼ねて、

心を鬼にして私を押さえつけてクスリ漬けの日々から脱出させてくれた


クスリを吸わないと、カルメンは笑って傍にいてくれるから

あの大好きな笑顔を向けてくれるから



だから私はやめる事が出来た


けど

今は



カルメンは笑ってくれない

どうしても

何をしても



もう、笑ってくれない



だったら…



いいじゃないか












、貴女が心配なの」

「ありがと」




泣きそうな顔して、先程掴んだ私の手の平に唇を落とすベットに微笑み返す


幼馴染として小さい頃から一緒に居るベットの事はよく知ってる

今はティナとの事でそれどころじゃないだろうに、こうして私の為に泣いてくれる


そんな彼女が大好きだ




「誓って。もう2度とやらないと」

「………」




だけどそれとこれは別だ


いくらベットでもその頼みは聞けない

いや、聞きたくても体が聞いてくれない





式場から姿を眩ましたシェーンを責めるつもりはない


彼女にだっていろいろあるだろうし

親友として事情は聞いてるから怒る気にもならない



怒るのは…別の誰かがやってくれるだろう













カルメン


君は今も泣いているの?



シェーンに裏切られた事で

心を痛ませているの?






「そんなに忘れられないなら会いに行けばいいじゃない」

「…行ったよ」





ベットは私の想いを知ってる数少ない人間

ついでに言えばティナも知っている


今でこそストレートの世界に戻っていってしまったが、

それでも前と変わらず私にとっては大事な相談相手なのだ



もちろん、自分から言ったことはない


でもベットとティナには、

カルメンを見る私の目が友情じゃない、とバレてしまってた





再び煙草を咥え、一息吐きながら空を見上げて独り言のように続ける





「あの後すぐに行ったに決まってる」

「じゃあ…」

「私はカルメンの友達だけど…シェーンの親友でもあるから、門前払いされた」

「…そう」





シェーンとは出会ってすぐに意気投合した


互いの深い部分まではあまり話さないまでも、波長が合う楽な関係だった

1度だけ、シェーンがカルメンの家に行く時私も誘われて行ったから、
家族にはシェーンとも仲がいいと充分知れ渡っていた


私は、1度しか会わなかったけどカルメンのお祖母ちゃんが大好きになった




けれど、呆気なく終わった












「カルメンに会いたいなぁ」

「…」

「笑いかけて欲しいや」





空を仰ぐ顔に、無意識に涙が伝う


ベットは何も言えなくなり、ただ私の体を抱きしめてくれた

仕事用のスーツが濡れちゃうのもお構いなしに






「もう1度会いに行けばいいじゃない」

「ジェニー」






ふと垣根越しに声が聞こえて、振り返ると隣の家から垣根越しにジェニーがいた

その隣ではマックスが微笑んで立っている




「また門前払いだよ」

「あら、貴女の特技は夜這いでしょ?」

「…人聞き悪いなぁ」

の忍び込む技は誰にも勝てないわよ」

「………」




ニコニコ微笑みながら言うジェニーの言葉に、ベットを見やると微笑んで頷いた





もう1度


もう1度だけチャンスをくれるだろうか







バイクにまたがって、カルメンの実家を目指す


逸る気持ちを抑えられない

笑ってくれなくてもいい
その瞳に写してくれなくてもいい




ただ、君を一目でも見る事が出来たら――――――――














深夜


バイクは離れた場所に置いてきて、裏口まで歩いて近寄る

門の辺りに人気はなかった


もうみんな寝静まっているのだろう


そっと裏門を乗り越えて、裏庭を横切る

1歩1歩踏み出す度に心臓が大きく高鳴るのを抑えきれない


早く会いたい
楽しみ


それもあるだろうけど


何よりも



怖いという感情のが大きかった



もし拒絶されたら?

考えただけでも吐き気がしてくるくらい恐ろしい




ダメだ

感情のコントロールが効かない




カルメンの部屋の窓がある前まで来ると、

もう1度人がいないのを確認してから木の影に隠れて、クスリをポケットから取り出す


鼻から吸い込むと、頭がガンガンして目の前が朦朧としてくる




けれど怖いという気持ちはなくなった


これでいい


このままこれを使い続けて

例えこの体がボロボロになろうとも



それでも嫌なことを忘れられるのなら、構わない



最近頻度に吸い続けてたせいか、足元がふらふらする

いつもよりも効きが早く、強い気がした


頭が割れそうに痛い


おかしい

これを吸えば嫌な事は忘れられてた




のに




怖い


物凄く心細い

寂しい


苦しい




両親に捨てられたあの日の事が走馬灯のように駆け巡る


涙が止まらない

どうしようもなくて



その場に蹲ってしまった
















「誰…?」



ふと、頭上で声がして

そして窓が開く音がした



けれどそれどころじゃなくて、頭の痛みをどうにかしたくて

この悲しみから解放されたくて


ただ、ただ涙を溢し続ける








!?」








ずっと聞きたかった声が、私の名前を呼ぶ


一瞬だけだけど、頭痛がやんだ気がした

涙をボロボロ溢しながら重い頭を持ち上げて上を見る




「カル…メ……ン…」

!どうしたのよ!」

「カル、メン…、会いたかっ…」

「今すぐそこへ行くから動かないで!!」




久しぶりに見た顔は前より若干やつれてるようだった


でも、大好きな彼女には替わりなかった

焦った表情で部屋を飛び出す音がした




「ごほっ…ごほ……はぁ…、はぁ…っ」




不思議だ


たった2、3言、言葉を交わしただけなのに頭痛はもうしない

それどころか妙にクリアだ


そこら辺に落ちていたクスリをポケットに急いでしまい、彼女を迎え入れる準備を済ませる


すぐにカルメンがやって来て、私の前まで来た

そして先程までの私は幻だったのだろうかと訝しげに私を見る




「……や、カルメン」

「久しぶりね…」

「どしたの」

「いえ、だって貴女さっきまで…」



私の頬に手を添えて、再び観察するカルメンに笑いかけた



「ちょっと気分悪くてさ、もう大丈夫だから心配しないで」

「そんな感じじゃなかったわよ」

「気のせいだって」



カルメンの頬にキスをして、その頭を撫でる


やっぱり近くで見ると少し痩せたようだ
夜だから暗くてあまりよく見えないけど




「…シェーンに会った?」

「……ううん」

「そ」

「ねぇ、

「ん」

「何か、言ってた?」




泣きそうな顔をして私の肩に額を預けてくる彼女に、
私のこの今の心境がバレないといいと祈る

作り笑顔で彼女の頭を撫で続ける



「何も。ただ…」

「ただ?」

「後悔してる感じだった」

「……」



そっとカルメンの腕が私の背中に回ってきて、ギュッと抱きしめられた

私も腕を回し返して小さな体を抱きしめる




「信じられない」

「…うん」

「なんであんな事したのかしら」

「…いろいろあったんだよ、きっと」



そういうと、彼女は顔を離して眉間に皺を寄せた



「いろいろ?いろいろって何」

「わからないけど…あんな事軽く出来る程無神経な人じゃない」

「っ…」

「シェーンと、もう1度話してみたら?」

「嫌よ」



顔を俯かせて、その表情は窺い知る事ができない




「カルメン、そんな事言ったって…」

「嫌なの」

「ジェニーも皆も心配してるよ」




何とかもう1度皆の元へ帰ってきて欲しいと訴えかけるが、


なにやらカルメンは背中に回してる腕をするすると下へ降下させていた



「あ」



気づいた時にはもう手遅れで、

体を完全に離した彼女の手にはパックに入った白い粉があった





「……」

「…いい子だから返して」

「また始めたの?」





苦笑しながらそれを取ろうとすると、
腕をひょいっと上げられて取り損ねる

抗議の眼差しを向けるとカルメンは綺麗な目でじろりと私を睨んだ


首を竦めてやれやれと首を振ってから彼女の腕を掴んでそれを取り戻す






「やめたはずじゃない、あんなに苦労して」

「別にいいだろ」



「もう帰るよ、ご家族に見つかったらまずいし」

「ちょっと待ってよ」

「じゃ」




彼女の制止を振り切って裏庭を駆け抜けて門から抜け出す

走っていく私の背中に彼女の声が掛かった
けれど無視して、無我夢中で走り抜けてく



おかしなものだ


つい先程までカルメンに会いたくて無我夢中でここまで来たというのに

今は彼女の顔を見たくなくて無我夢中で遠ざかろうとしている




だって

仕方ないじゃないか


またクスリから抜け出せずにいると知られてしまった




悲しい顔はこれ以上させたくなかったのに

なのに


今度は私がそんな顔にさせてしまっている







なんなんだ、私は――――――




バイクのスピードをギリギリまで上げてその夜はLAに帰った






















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