風の匂いが変わると春が来たのだとわかる



そう彼女は言っていた

けれど私には当然そんな匂いなんてわからないから


凄いわね、と微笑んではぐらかすしか出来ない





そう、彼女は何処か聖に似た個性的な人だった――――


















「個性的なのは私だけじゃないでしょ」




何言ってんの、蓉子は…

とでも言うようにため息を吐いて肩を竦める聖をじと目で見つめる



まさかこの人は自分が普通だとでも思っているのだろうか

そう思ったのが見透かされていたみたいで



聖は違う違うと手をだるそうに振って珈琲を一口飲んでから続けた




「いい?私が個性的って言うなら江利子も蓉子も、祥子も令もみーんなそうじゃない」

「あら、私は普通よ」




聖と蓉子の間に挟まれていた江利子がしれっと間に入って言ってのけた




「「……」」




思わず聖と以心伝心

江利子を見つめた


その視線に気づいたのか、私と聖の顔を見比べて江利子が不服そうに眉を歪める




「何よ」

「いえ、貴女がそれを言うのかしらと思ってね」

「同感」

「何よ!」




再び手を挙手して賛同を唱える聖に、江利子は食って掛かった


けれど私はそんな2人を置いといてため息を吐く








そう、話の始まりは私の恋人の事だったのだ


彼女はこの学園の保健医であって

それがまた見事に真面目じゃない…不真面目な大人だった


お気に入りの生徒には必要以上に保健室に留めさせようとするし、

そうでもない人や、教員が来ると適当にあしらって早く退室させようとする




酷い時なんて保健室にはいません、というプレートをドアにかけて、

鍵を閉めてベッドで寝る始末…



私は合鍵をもらっているから鍵が掛かってても入ってきてと言われている



まぁ、大抵は生徒や教員達からクレームが来た時のみにしか使わないが…



当然学校には私達の関係は伏せている
何故私が合鍵を持っているのか、とかそういう事は

生徒会長と同じ権限を持つ薔薇様だからと誤魔化している



それを知っている聖と江利子はじゃあ私達も貰ってもいいじゃない!と


明らかにサボり目的で隙あらば合鍵を作ろうとしてくるのだから気が気でない








つまり彼女は少し…

いや、かなり変わった人



そういう話で、スタートしたのだった


それがいつの間にか聖と江利子のじゃれあいに発展してしまっているが…






「「じゃれてなんかないよ(わよ)!!」」




はいはい


もう付き合いの長いこの2人のあしらい方なんてお手の物



私は2人を放っておいて途中だった仕事に取り掛かる事にした

私がやらないと何時になっても終わらないしね







しばらくすると薔薇の館の階段を駆け上る音がして、

ビスケット扉に目をやると丁度、令が入ってきた



「紅薔薇さま!」

「どうしたの、令」




昼休みに1回ここで集まっているからお決まりの挨拶は省略


令は切羽詰まった顔で息を切らしていた





「由乃が部活で怪我をしたので保健室に連れて行ったら…」

「…鍵が掛かってた?」

「ええ、だから困ってるんです」

「わかったわ、すぐ行く」

「お願いします!」

「由乃ちゃんは何処にいるの?」

「保健室の前でとりあえず待機させています」

「わかったわ」




令はともかく、由乃ちゃんが怪我をしているというのならば見過ごす訳にはいかない

私はすぐに鞄から鍵を取り出して、令と一緒に会議室を飛び出した





ちなみに聖と江利子はまだじゃれあっている





由乃ちゃんはついこの間手術をしたばかりだから…大事に至らないといいけど



こういう事があるから、サボるのはやめるように何度もキツく言っているのに


彼女は全然サボり癖を治そうとはしない







保健室に辿り着くと由乃ちゃんの姿は見えず、


鍵は掛かっていなかった


焦っている令を宥めてとりあえず保健室に入ると、

仲良く談笑する声が聞こえてきた


保健室の片隅にあるベッドの、一番奥の所がカーテンが閉じられている




つかつかと歩み寄ってそれをシャーッと開くと


ベッドに寝転がっていると、

丸椅子に座っている由乃ちゃんがいた




「…どっちが患者なのよ、これは…」




それくらい脱力してしまうような、異様な光景だった





「おー蓉子」

「紅薔薇さま…令ちゃん」



ひらひらと暢気に手を振ってくると、


戸惑いを顔に浮かべる由乃ちゃん






「由乃ちゃん、怪我したんだって?大丈夫?」

「あ、いいえ、擦り剥いただけなのを令ちゃんが大袈裟にしちゃっただけです」

「でも立派な怪我よ、ちゃんと消毒した?」

「酷いなー、保険医が目の前にいるってのにその質問は」

「貴女が真面目に仕事しない人だと百も承知の上だからです!」

「大体令は由乃の事になるといつも大袈裟なんだから」

「すみません…」



可哀想に、肩を落としてしまう令に、

蓉子はじろりとを睨みつけた


ちなみにまだ、は白衣姿のまま寝転がったままである



「今回はこれで済みましたけど、もっと大きな怪我をした子がいた時どうするんですか!」

「怪我に大きいも小さいもないよ」

「話の腰を折らないでください!」



完全にご立腹な私を見て、は苦笑してベットから起き上がり

由乃ちゃんに向けて声をかけた



「とりあえず消毒もちゃんとしてあるから、もう大丈夫」

「有難う御座います」

「頑張れるようだったら部活に戻りな。でも無理しちゃダメだよ」

「はい、頑張ってきます!」

「ほら、令も頑張れ」



しょんぼりしている令にも明るく声をかけて、由乃と一緒に送り出す



そして2人が出て行ってから再び鍵を閉めた





!私の言ってる事わかってない!」

「2人きりになった途端敬語をやめられるって器用だね」



ケラケラと笑いながら私の前まで来ると、ギュッと抱きつかれる


首筋に頬を埋められて、くすぐったい





「んー蓉子いい匂い」

「ふざけないで」

「蓉子は春の匂いがする。紅薔薇さまだからかな」

「意味がわかりません、それより…」

「真面目に仕事しろって?私はいつも真面目だよ」

「どこが!」




自分に巻きついてるの腕を解いて距離を置き、睨みつけると


はいつものほんわかとした微笑みを浮かべてうん?と首を傾げた

いつもはこの笑みにやられてしまい、結局最後は許してしまう



けれど今回ばかりはそうはいかない

もし由乃ちゃんが怪我じゃなくて、手術の傷跡が開いてしまったりしたら…


その時にどうなるかなんて想像しただけで恐ろしい





「お願いだから、もっとちゃんと仕事して!」

「蓉子…は、さ」

「?」

「真面目すぎるんだよ、きっと」

「真面目に越した事はないじゃない」

「そりゃいい事だと思うけど、それじゃ疲れない?」

「なっ…」





そりゃ、時々頭が痛くなったりもする

主に聖と江利子と、の不真面目っぷりに



でも…だから私がしっかりするしかなくなるんじゃない



そんなは俯いて黙った私を再び抱きしめて、
後頭部に手を添えてぽんぽんと叩いてくれる





「聖も江利子も、私も…いざとなったらちゃんとやるよ」

「…どうだか…」

「聖と江利子はね、蓉子という甘えられる存在がいるからその権利を堪能しているだけ」

「…」

「2人共別に子どもじゃない、本当に自分の力が必要となった時は手を出すよ」

「どうしてそう言い切れるんですか?」

「私の可愛い生徒のうちの、2人だから」





そう言って小さく笑うに、私はため息を吐いた


私の顔を覗き込んで、もう1度は微笑む

そして悪戯のような軽いキスをしてきた



「っ学校では…!」

「私とこういう事するの嫌い?」

「…嫌いじゃないけど…でもそれとこれとは……」

「うん、そういう事だよ」

「え?」



目を細めて優しい表情を浮かべるに比べて、私はきっと間抜けな顔をしてるのであろう


彼女は額を、私の額へと当てて続けた




「真面目にも種類があってさ、根っからの真面目、そしてやりたい事を我慢する真面目」

「…言ってる事がよくわからないわよ」

「蓉子は後者なんだよ、本当は自分だってああしたいこうしたい、でも私がやらなきゃ…」

「……」

「だから時々変な行動するじゃない?それが蓉子の本当の姿」

「でも、それが本当の姿だとしても」

「聖と江利子もわかってくれてるよ。もっと蓉子が素顔を曝け出せるといいのにねってよく話すもん」

「…」

「あの2人は何だかんだ言って蓉子の事大好きなんだから」




ね?とはにかむ彼女に、なんだか私は恥ずかしくなってきて目を逸らす


そりゃ2人の事は私だって大好きだけど

そんな事面と向かって絶対言わないけどね


2人が私に面と向かって言う訳がないのと、同じで




「それに由乃の事は」

「え?」

「あれは令のあの心配性をどうにかしようと由乃と企ててる事なの」

「…は?」

「由乃の事となればすぐに由乃由乃…あれじゃいつになっても妹離れできないってね」

「な、なんだ…そうだったの…」

「だから令がいなくても由乃はちゃんと立って歩いていけるって事を証明するために、令がいる時は私は対応しない事にしてるんだ」

「…」

「あと私が此処から追い出す人達っていうのはサボり目的、もしくは邪な目的がある人だけ」

「邪な…」

「そ、私こう見えて意外とモテるんだよ?」




…知ってるわ

そんな事


誰にも媚びたりせず
自分の道を信じて進む


簡単そうに見えて決して簡単ではない生き方をしている彼女には誰しもが憧れを抱く



……まぁ、容姿端麗なその外見のせいで憧れだけでなく好意を寄せてる人も少なくない筈だ





「なんて、ね」

は…ズルいわ。いつも私ばかりが空回り」

「ははっ、私は蓉子一筋だから安心してよ」

「そういう事じゃなくて!」

「それに」






再び深くもなく軽くもない、そして短くもない口付けをされた後



ぺろりと唇を舐めて彼女は言う







「蓉子にしかしないよ」












嗚呼、恥ずかしさで頭から火が出そう


いつだってこの人は私より先の事を見通して生きている

そりゃ重ねた年月に差もあるから仕方ないのだけど




それでも悔しい程に格好いい


だから悔しさを込めて


そして、愛もちょこっとだけ込めて










再びこちらからキスをしてあげた





その時のの驚きようといったら傑作だけど



たまにはこういうのもいいかもね

いつも私ばかり1歩とられてちゃ薔薇様の名が廃るのよ











年上の彼女


不真面目な彼女





いつだって翻弄されてばかりだけど


そんな彼女の生き方

そして言動には



私は憧れ、そして好意、そして愛しさを感じている






例えどんなに振り回されようとも



振り回されてあげるわよ





それが私の愛情表現――――――











fin