ねぇ、私の気持ち、わかってる?

 

 

Lover          

 

 

 

「令のケーキは天下一品だよね」

 

そう言ったバーのオーナーに思わず笑みが零れる

 

「ありがとうございます、聖さま」

 

 

目の前でワインを片手に洋菓子を食べていた女性が驚くように顔を上げた

 

「え?このケーキ、令君が作ったんですか?」

 

いくら元祖ミスターリリアンだからって社会に出てまで男扱いされるとは思わなかった

初めて君付けで呼ばれた時はどうすればいいかわからずに苦笑いをすると、隣で聖さまが笑い出したのをまだ覚えてる

あれはあれで結構ショックだった

でも今はもう慣れてしまっている自分にも苦笑いをせざるを得ない

 

「そう、令はね、有名なケーキ屋の目玉の天才パティシェなんだよ」

 

聖さまの説明に二人の女性が歓声をあげる

「ほら、前に雑誌にも載ったんだけどさ、駅から右に真っ直ぐに行ったところにあるお店」



私の働いている店の在り処を説明したら更にすご〜い!とか私知ってる!と歓声をあげられた

ニッコリと微笑んでありがとうございますと告げると、気のせいか顔を赤らめられたように見える


店内は暗いから気のせいだったかもしれない





 

 

「イギリスに修行にも行ったんだよね、いやぁ、あの時はどうなるかと思った」




 

「フランスです、……何がですか?」

相変わらず物覚えがいい加減な聖さまに訂正を促すと、そのセリフを問う



 

「恋人との事」

 

「……………」

 

そういう事か、と思考を回転してたのを止めると、フォークを落す音が聞こえた

 

 

 

 

「えぇっ!?令君て恋人いるの!?」

 

 

 


 

「え?ああ、はい」



床に落ちたフォークを拾って聖さまに教えてもらったフォーク置き場から取った新しいフォークを差し出しながら肯定の意味も含める「はい」を言った

 

 

 

「どんな人なんですか?男の人と並んでいる令君なんて想像できない」

「むしろドレスとか着ているところ見てみたい!」



 

勝手に私の恋人像を作り上げながら騒いでいる二人の客を尻目に、


聖さまにどう収拾つけてくれるんですかという目で見つめた




聖さまに至っては面白いものを見るという眼差しで客を見ている

 

 

 

 

 

その時店のドアに取り付けられている鐘が音をたてた

いらっしゃいませと声をあげようとしたが、その声は喉元で止まった

 

 

 

 

「いらっしゃ〜い、久しぶり」

 

 

グラスを拭きながら聖さまがその人物に声をかける

肩からかけていたショルダーバックをカウンターのイスに置きながら隣のイスに腰かける動きに目を奪われると、

その人は私の視線に気付いたのか、ひらひらと手を振ってきた

 

 

「あら、令、ここで働き始めたの?」

「え……あ…」

「違うよ、月曜日と水曜日と金曜日だけバイトを頼んでいるの」


 

言葉を発せない私の変わりに聖さまが答える

前髪を纏めていたヘアバンドは姿を消し、

少し伸びた髪と、わずかに塗られた化粧は何年か前のイメージと全然違った



そういえば、今は何をしているのかも知らない

姉なのに

 

 

 

 

 

「あ、ねぇねぇ、この人だよ」


 

聖さまが二人の女性に告げた声に意識を取り戻すと、聖さまは手をお姉さまに向けた

いきなり振られたお姉さまは流れを読もうとして黙って聖さまを見ていた

 

 

 

「令の恋人」

 

 

 

 

さっきよりも一際大きく騒ぎ始めた二人にお姉さまはあろうことが手を振ってみせた

成り行きを読めて、嬉しいのか、それともこれからの成り行きが楽しみなのか


いや、両方だな、と

 

 

「…はぃ?もしもし?聖さま?」

 

何言ってるんですか、と制するとお姉さまはカウンターの内側に入ってきた

そして私の腕をとると、こう言った

 

 

 

「令の恋人の鳥居江利子です」

 

 

 

まずい

ノリノリだ

面白いこと大好きのお姉さまは聖さまの悪戯にノリノリだ

 

 

 

 

「会いたかったわ、令、たった数時間離れていただけでも頭の中はあなたのことばかり」

 

「…………」

 

「どうしたの?緊張してるの?可愛い人ね、もう付き合い始めてから数え切れない程の年月が経ったというのに」

 

「…………」

 

「あら、でもちゃんと覚えているわよ、
私の告白を受け入れてくれたのが丁度冬だったから5年3ヶ月18日5時間43分23秒」

 

 

 

 

 

 

「だぁ〜っはははははっはははっはっ、もうっ…ぷくくっ……無理っ………くくくっ」

 

爆笑が店内に響く

聖さま…自分から仕掛けといて涙目になってまで笑わないでください

 

失礼、と咳を一つして聖さまが何事もなかったかのように取り繕って見せると、

今度はお姉さまが笑い始めた

 

「そういえば、ねぇ、聖、蓉子は?」

「あ〜、仕事が片付き次第向かうって言ってたよ」

「相変わらず仕事マシーンなのね」

「ふふっ、その形容はピッタリだわ」

 

すっかり乗り遅れた私を他所に二人は私の両端からそんな会話を始めていた

しかし、まずい


こんな場面を祥子にでも見られたら…

 

 

 

 

 

 

「令、いるの…」

 

 

 

ああ、マリア様、私はあなたに何をしましたか

 

 

在校中は朝のお祈りを欠かしたこともないのに

 

 

 

 

礼拝中に寝るなんて無論なかったのに

…寝そうになったことはあるけど

 

 

 

「祥子、いらっしゃい」

 

 

 

戸の前で立ち尽くす祥子に社交礼儀を交わすと聖さまは新しいグラスの準備を始めた

 

 

 

「江利子は赤より白がいいよね?」

「ええ、でも薔薇だったら白より赤がいいわ」

「へ〜へ〜、すいませんね、白で」

 

懐かしい同級生との会話中にも離さない私の腕を見て固まっている恋人に恐る恐る目をやる

だんだんと目先が吊り上がって行く

まるで点火寸前の爆弾でも扱っているかのようだ

どうか、そのまま点火しないで

 

そんな祈りが通じたのか通じなかったのか知らないが、

祥子は冷静にカウンターに座る

 

 

 

 

「祥子は赤でしょ」

「ええ、お願いします、……令にツケといてください、聖さま」

 

お金はあまる程持っているはずなのに私にツケろという祥子に怒りのオーラを感じる

冷や汗が滝のように流れっぱなしの私に気付いたお姉さまが、

爆弾の点火を早めるようなことをおっしゃった

 

「ねぇ、祥子、令貰っていい?久しぶりに会ったらかっこよくなってて見惚れちゃったわ」

 

 

ぶち

 

 

そんな音が聞こえてそうな祥子の必死の笑顔に、

今日帰ったら死ぬかな私、とか縁起でもない考えを張り巡らせるしかなかった

 

 

「別に、私の所有物じゃないですから、どうぞお好きに」

 

 

 

 

煮るなり焼くなり、と付け加えられた言葉の端に更に祥子の静かな怒りを再び感じる

 

 

 

「祥子をからかうのもその辺にしときなよ、江利子」

 

 

 

天の助けとはこのことか

というか事の発端はあなたでしょうが、と

雇い主を恨めしげに見るとごめんごめんとでも言うかのように左手を前に持ってきた

ダメだ、全然反省していない

 

在校中とほとんど変わっていない……

 

 

 

 

そうね、と祥子の限界を感じ取ったのかお姉さまもパッと私から離れた

そしてさっきから事の流れについていけてない二人の客に声をかける

 

 

 

「ごめんなさい、冗談なのよ、この子は私達の大事な後輩でそれ以上でも以下でも何でもないの」

 

そして、と祥子を指差して言った

 

「あの子が正真正銘令の恋人よ」

 

 

我関せず、と祥子の差し出されたワインに少し口をつけながら髪を掻き上げる仕草に、

女性達も黙って見とれていた


もちろん、私も

 

 

 

 

「ねぇ、祥子、ケーキ食べる?新作があるんだけど」

 

朝交わした言葉以降、初めての言葉をかけてみる

視線をこちらにやらず、ワイングラスの中のワインを眺めながら祥子はふと言った

 

 

「あなた……」

「ん?」

「聖さまに似てきたわね」

 

 

「へ?私?」

 

いきなり自分の話になったからビックリしたのか聖さまはかなり間抜けな顔で自分を指す

 

「全く、祐巳も令もあなたに似て…私の気持ちも察していただけません?」

 

 

 

「ああ…祐巳ちゃんね、確かに似てきてたわ」

お姉さまも否定しない

そりゃあ祐巳ちゃんがセクハラ気味のことを後輩にしてたのを見たときは驚いたけど

 

私?

私が聖さまに似てきたって?

 

 

「ちょっ、祥子、私のどこが聖さまに似ているって?」

 

 

「そういう所よ、言葉遣いや、話し方も、態度も、性格も、全て」

 

 

 

そりゃ私を全面的に批判してますよ、祥子さん

 

 

 

「あははっ」

 

 

 

 

可愛い妹の危機だというのにのんきに笑っているお姉さまに恨み節を一丁

拳を掲げて唄って差し上げたいものだ

 

 

 

 

 

「でも、優しいところは変わってないわ」

 

 

 

祥子のさり気無い一言に私はいつも翻弄されてる

 

祥子の一つ一つの行動や、

ふとした笑顔に、

 

私の心はいつも掻き乱される

 

 

 

 

 

「ちょぉい、それって私は優しくないってことかな」

 

 

苦笑いをしながらそう言う聖さまに祥子が答えた

 

 

「聖さまの優しさは底が見えないんです、それに比べて令の優しさはいつも浅瀬で安定してるから好きなんです」

 

 

「底?」

 

 

 

「つまり何を考えているかわからない、優しさの裏に何かが潜んでいるって事でしょ」

 

 

 

お姉さまの解釈に私と聖さまは二人してなるほど、と頷いた

ついでに言えば忘れがちなお客様二名も頷いた

私が手伝う前からこの二人は常連らしいから、聖さまの本性のことも少しは知っているらしい

 

 

 

 

「それに比べて令はいつも無償の優しさをくれるのよね」

 

 

 

 

 

 

顔が熱い

 

 

 

「令、ケーキ頂戴」

 

 

「あ、うん、ちょっと待って」

 

 

 

 

カウンターの裏で冷蔵庫を開けてそれを皿に盛る作業をしてる間、

カウンターの中で白ワインを飲んでいるお姉さまに席についてくださいと促した

聖さまは帰る準備を始めた客に勘定相手をしていた

 

ありがとうございました、と見送ってから聖さまがそういえば、と口を開いた

 

 

 

「私達、もう25なんだねぇ」

 

 

 

 

 

何を今更、お姉さまがそう言うと聖さまは煙草を取り出した

 

「いや、さ、という事は令と祥子は24で、志摩子達に至っては23なんだよ」

 

「だから?」

 

 
「うん、もう…そんなに経ったんだなぁって」

 

 

 

「そうね」

 

煙をふうっと天井に吐くと、聖さまはそっと目を閉じる

 

「祐巳ちゃん、どうしてる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

祥子が顔を上げた

 

「……恋人もできて、幸せそうですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ」

 

 

 

大分間を空けてから聖さまがそう頷くと、なんとなく寂しそうに見えた

 

 

 

「聖さまも恋人いるじゃないですか、幸せじゃないんですか?」

 

つい、そう言わざるを得なかった

少しビックリしたように私を見つめる聖さまのグレーの目と、お姉さまの茶色い目と、祥子の真っ黒な目が突き刺さる

 

 

 

「違うよ、幸せだけどそういうのとは別なんだ」

 

 

何を言っているのかがわからない

 

聖さまは幸せでいいけど祐巳ちゃんは幸せじゃいけないって事?

 

 

 

 

 

「だから、違うって」

 

 

 

私の考えを読んだのか、また訂正された

 

 

 

 

 

 

 

「時間がこんなに経ってるのに私だけ置いてけぼり食らったみたいで寂しい、って言ってるの」

 

 

 

 

 

 

私だけ置いてけぼり

 

それは、

 

 

誰のこと?

 

 

 

聖さまのことじゃない

 

 

 

 

 

 

 

 

私だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お姉さまにも置いていかれて、

 

 

 

 

由乃にも置いていかれて、

 

 

 

 

今度は祥子にも置いていかれそう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祥子と私は、昔から両想いだったから、

聖さまと蓉子さまみたいに付き合う前から固い絆で繋がっていた訳じゃない

 

だから、

 

 

だからこそ、

 

 

 

余計苦しい

 

 

 

自分の道を歩き始めている、祥子の背中がいつか手の届かないものになってしまうんじゃないかって

 

 

 

 

 

 

 

すごく不安に、なる

 

 

 

 

 

口付けを交わして、肌を重ねれば重ねるほど、現実味が薄れていくこの愛は

 

 

 

 

 

祥子にしてみれば婚約者もいる訳だし、

 

 

それまでの相手なんじゃないかと思ってしまう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それまで何事もなく平凡だったものが、

 

 

音をたてて崩れていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「令?」

 

 

 

 


「……え?あ、…あれ、お姉さまと聖さまは?」

 

 

いつの間にか姿を消していた二人を求めて目を走らせる

が、どこにもいない

店の中には祥子が一人いるだけだった

 

 

 

「お姉さまの仕事場まで直行して、無理やりでも飲みに行くってさっき出て行ったじゃない」

 

 

「え?店は?」

 

 

「だから、あなたに任せるって、鍵置いていったじゃないの」

 

「あれ」

 

 

 

いつの間にか目の前にあった鍵に手を伸ばす

 

 

「店はいつでも閉めていいから、お願いって…、いい加減な所も含めて聖さまらしいわよね」

 

 

 

 

ケーキを食べ終えた空の皿を持ってカウンターに入って来ながら祥子が少し笑いながら言った

狭いそこは、祥子が流しへ向かうのに肩が触れた

 

そこからまるでウイルスでも入ったかのように肩が熱い

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの、令、さっきから変よ?」

 

顔を覗き込んでくる祥子に、鍵を握ったままの手を差し伸ばした

 

確かに、祥子はここにいる

 

 

この温もりは偽りじゃない、けど

 

 

 

私の手を包み込むように祥子の両手が回される

 

 

 

 

 

「何でも…ないよ」

 

「嘘」

 

 

「嘘じゃないよ」

 

 

 

「ならどうして泣いているの?」

 

 

 

 

 

気付かないうちに私の頬を水が流れていた

最初は汗かと思っていたけれど、冬に汗なんか出ようも出るはずがない

 

 

私は、泣いていた

 

 

 

 

泣き顔を見られたくなくて、自分より少し低い位置にある祥子の肩に額を置く

 

 

 

「どうしよう、不安なのかな」

 

 

「何が?」

 

 

 

「祥子が、いつか私から離れていってしまうんじゃないかって」

 

 

 

 

そこに、いる

それをより1層確かめたくてその肩を抱く

 

 

背中に両腕が回された

 

 

 

「何言ってるのよ、散々私を待たせといて、それ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名残惜しいけれど少し身体を離して、お互いの顔がよく見えるようにした

祥子は、微笑んでいた

とても、綺麗な顔だと思った

 

 

とても、好きだと思った

 

 

 

 

とても、愛おしいと思った

 

 

 

 

 

「私はあなたがフランスに行ってしまうって聞いた時、どれほどの不安を抱いていたか知っている?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん」

 

 

 

「3年よ?3年も待っていたの」

 

 

 

「……うん」

 

 

 

「その間、あなたが誰かと恋に落ちてしまうんじゃないか、とか、
 私との約束を忘れてしまうんじゃないかって、毎日思っていたのよ」

 

 

 

 

「………うん」

 

 

 

 

 

 

 

「だからね、令、私はあなたが帰って来てくれたとき、私の元に帰って来てくれたとき」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幸せで幸せで、死にそうって思ったのよ」

 

 

 

 

 

「…………………うん」

 

 

 

 

「私はどこにも行かないわ、ましてやあなたを置いてなんて」

 

 

 

 

 

 

 

嬉しくて、涙が止まらない

それを隠すようにもう一度その肩を抱いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、どこにも行かないって約束してくれる?」

 

 

 
「令?」

 

 

 

 

 

「私のこと、忘れないって、約束してくれる?」

 

 

 

 

 

「令」

 

 

 

 

 

 

「強制はしない、でも、私は忘れない」

 

 

 

 

 

 

3年前に、祥子と離れる時、言った言葉をもう一度言ってみた

あの時、祥子は、頷いてくれた

 

 

 

 

 

そして、今度も祥子は頷いてくれた

 

 

 

 

 

「当たり前よ、令」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祥子には婚約者もいて、継ぐべき大きな会社もある

 

 

 

 

収入も何も、あの婚約者に勝てるものはないけれど、

 

 

 

 

 

祥子の家族に胸を張れるようなものはないけれど、

 

 

 

 

 

 

 

 

祥子を幸せにする

 

 

 

 

 

 

 

それは私にだけに祥子から与えられた特権だから

 

 

 

 

私は祥子と幸せになろう

 

 

 

 

 

 

 

 

同性であっても

誰から見ても、とても微笑ましい恋人でいよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、イチャついてる所悪いんだけれど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その声に私達はパッと離れる

戸のところを見ると、あの方が仁王立ちしていた

 

 

 

「お姉さま…」

 

 

 

祥子が呟く、なぜここに、と

 

「あ〜、バカ、いい所だったのに」

「そうだよ、チューするかどうか江利子と賭けてたのに」

「しなかったわね、令にこんな所でする度胸ないのは私がよく知っているわ」

「…だから、蓉子が邪魔しなければする寸法だったんだよ」

「でも、しなかったわ、はい、1万」

「だから〜!!蓉子が…」

 

 

 

 

「私が何ですって?」

 

 

 

蓉子さまは今度は戸の手前でこっちを覗きながらこそこそ話していた二人の前に仁王立ちする

お姉さまと聖さまが恐る恐る顔を上げると、そこにはえらくご立腹な蓉子さまがいた

 

 

 

 

 

「あなた達ねぇ、反省ってもの知らないの!?
勝手に私の職場まで来て、騒いだ挙句、可愛い後輩達をネタに賭けですって!?」

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜ん、蓉子そんなに怒っちゃイ・ヤ♪」

「怒っちゃイ・ヤ♪」

 

 

聖さまを真似てお姉さまもおねだりポーズをしたのが見えた

 

 

「あの…三人共そんなところじゃなんですから、お入りになったら…」

 

 

祥子の気を遣った言葉に蓉子さまは二人の腕を掴んで中に入ってきた

で、これは一体どういう…と訪ねた妹に蓉子さまは盛大なため息をつくと、聖さまをカウンターに押し込んだ

そして自分は席に座ると、カクテルを聖さまに作らせ、やっと質問に答えてあげた

 

 

 

「私が職場で今日の最後の依頼主と打ち合わせをしていたら、
女の人が二人で受け付けの女の子に何やら迫っているって秘書の子に聞いて慌てて出てきて見れば
もうすでに酔っていたこの二人が絡んでいたのよ」

 

お姉さまが蓉子さまの隣に座り、私もカクテル、と聖さまにリクエストしていた

蓉子さまは軽くお姉さまを睨み、続けた

 

 

「それで何やっているの!って聞いてみれば私を迎えに来たとかなんとか訳わからない事いうのよ
 だからもう少しで終わるから待っててって言ったら待ちきれないとか言って勝手に依頼主に接触までしたの
 二人して依頼主の依頼内容を聞いて、ふむふむ、それは大変ですね、とか身の上相談まで始めちゃって 
 すっきりしたのか、依頼主が帰ったら私を引きずり出して、
 飲み直しとか言い出してここに無理やり連れて来られたの」

 

「…お姉さま、TPOってものがあるでしょう」

 

自分の姉に言ってみたら、案の定ケラケラ笑って流された

 

 

「それでね、店に入ろうとしたら何やら中から話し声がするものだからまだ二人がいるって思ったら、
 つい悪戯心が湧いちゃったんだなぁ」

 

同じく、ケラケラ笑って蓉子さまにカクテルを差し出す聖さま

 

つまり、だ

悪戯心が湧いちゃってくれたもんだから制する蓉子さまを無視して二人で私達を除いていたって事になる

そして、雰囲気からして私達がキスをするかしないか、賭け始めた二人に蓉子さまの堪忍袋の尾が切れたらしい

 

 

で、今に至る…と

 

 

 

 

 

 

 

「いえ、でも…正直助かりました」

 

 

「え?」

「何が?」

「令?」

 

 

「いや、あの……、歯止め効かなくなりそうだったので」

 

 

 

 

これは、本心

 

さらさらの祥子の肌にも、長い真っ黒な髪にも、わずかに香る香水にも、

理性を奪われそうだったから

 

 

 

三人の先輩は笑いながら若いわねとか勝手なことをおっしゃっていたけれど、

絶対祥子といればその気持ちはわかるはずだ

 

もちろん、そんなことさせないけれど

 

 

祥子といえば少し頬を染めてバカねとか言ってた

そんな祥子も可愛くて、思いっきり抱き締めてやった

 

 

 

 

 

 

私は祥子の気持ちはわからないけども、

祥子の想いは受け入れられる

 

どんなに大きくて重くても、祥子の気持ちなら受け入れられる

それはきっと暖かくて心地よいものだから

 

 

 

 

 

 

Fin