「あ〜、もうっ!」

 

カガリは、苛ついていた

隣で不安そうにそれを見ている弟の視線さえうっとおしい

いつもなら可愛い片割れの弟なのにそこまで感じてしまうとは、

これは重症だな、とカガリは思った

 

 

privilege

 

 

 

目の前の大きなテレビで歌っているのは、桜色の髪をした少女

それは紛れもなく愛しい人だったけど

それは紛れもなく愛しい人じゃない

 

それが余計苛つかせた

 

 

今日は多忙を極める代表が取れた久しぶりの休みなのに

久しぶりにラクスとゆっくり過ごせると思っていたのに

朝になって掛かって来た電話によってその期待は一気に打ち砕かれた

心配をしてやって来たキラが作ってくれたフレンチトーストを頬張りながらリモコンでテレビを消す

 

宇宙とは違って地球の暖かい日差しも、今日は心が弾まない

カガリはベランダに出てその空気を胸いっぱい吸った

まるでその気分を洗い流すかのように

手すりに両腕を置き、身体を預けるようにしたカガリは目の前に広がる大海原を眺めた

たくさんの犠牲を払ってやっと培った一時の平和も、

虚しく壊された戦いは何ヶ月か前に再び静かに収まった

実際には静かなんてとんでもない状況の中に駆け回っているカガリでも、

この平和がずっと、ずっと続くといいと思ってしまう

 

誰よりも強い意志で前に足を運んでいたラクスが一番願ってるものはそれだから

オーブの人々が幸せに暮らせる未来を作りたいと願うカガリも、

正直に言えば恋人との幸せな時間を大切にしたと思ってしまうから

 

 

なのに

 

 

 

 

数分前に聞いた内容が再び、落ち着きを取り戻した心に怒りとはいえない気持ちを湧き上がらせた

 

「なぁ、キラ」

 

手すりを背に寄りかかって開けっ放しの窓から、中でコーヒーを飲んでいる弟に声をかける

キラはふと顔をあげて、ニッコリと微笑んで「何?」と返事をした

 

 

「ラクスはいつまでこの世界を駆け回らなきゃいけないんだろう」

 

 

目をパチクリさせたキラに、カガリは続ける

 

「そりゃ私はオーブの代表だから駆け回らなきゃいけないけどさ」

 

 

 

ラクスはただの民なのに、と不機嫌そうに呟くカガリはベランダから見える駐車場に目をやる

キラの車と、いくつかの車が置かれた中に恋人の車は見当たらない

数日前に主人を乗せて出て行って以来、そこには戻っていない

 

 

「そうだね、でもラクスはたくさんの人の癒しだから」

 

 

 

そういうキラもまた、ラクスの言葉に歌に救われた一人だからその言葉はとても説得力があった

カガリも、そのうちの一人だからというのもあるかもしれない

でも今はとても癒された気分じゃない

 

先程テレビで流れていた彼女の笑顔は、言葉はカガリだけに向けられたものじゃないから

そう考えると、カガリは顔を顰めた

 

 

「でも、さ、ラクスが癒されて心休まる場所はカガリの元なんだからカガリは両腕を広げて待っててあげないと」

 

 

 

キラの言葉にそれまでしかめっ面しか浮かばなかったカガリの表情が柔らかくなる

モヤモヤが吹き飛んだ気がしてもう一度背伸びをした

今度は海からの空気がとてもおいしく感じられる

 

 

「まぁ、夜中には帰れるって言ってたから…」

 

「そういうお前はこんな天気がいいのにデートする相手もいないのか?」

 

茶化すように笑いながら言う姉に、キラは遠い目をして応えた

 

 

「取られたんだもん、しかも自分の双子の姉に」

 

 

 

あはははっ、カガリの腹からの思いきった笑い声が海に響く

 

海岸からビックリしたようにこちらを見上げるカップルにも手を振ってあげるくらいカガリの機嫌はよくなっていた

苦笑をしながら手を振り返してきた大人のカップルを見ながらキラにこっちに来るように手招く

キラが顔を出して下を覗き込むと、そのカップルは再び微笑んで手を振ってきた

手を振り返しながらキラはカガリに言う

「良かった、マリューさん幸せそうで」

「ああ、そうだな」

 

 

 

「俺はすっかりお姫さんは機嫌悪いと思ってたんだけどなぁ」

 

「あら、どうして?」

「今朝ニュースでラクス嬢が平和祈祷ツアーを1日延ばすって言ってたんだ」

「じゃあカガリさん残念だったでしょうに、やっと取れた休日なのに」

「でもあの様子じゃキラのお陰で機嫌は直ったみたいだな」

「ふふふっ、相変わらず仲いいのね」

 

 

 

海岸で肩を並べて散歩をしていた二人はそんな会話を交わしながら、上から見える双子に手を振りかえしていた

 

 

「「こんな平和な日々が今度こそずっと続くといいのに」」

 

 

お互いの大切な女性が呟くのを見て、彼らもまた微笑んだ

海原には朝日が反射していて、とても眩しかった

 

 

 

カガリは一日、キラと後から合流したミリィや同じ敷地内で暮らしているマリューとムウと

お茶を飲んだり楽しく密やかな時間を過ごした

 

 

四人を見送った後、部屋に戻った時に時計はもうすでに11時を差していた

おかげで辺りもすっかり真っ暗だった

何事にも無頓着なカガリの代わりに客であるキラが食器など全部片付けてくれたので、

部屋は四人が来る前と同じく綺麗に片付けられていた

 

 

 

夜の海はとても怖い

月が出ている時は神秘的で、

出ていない時は真っ暗な闇を放っているから

 

 

暖炉の火だけが部屋を妖しい灯りで照らしている中で、カガリはソファに身を埋めながら本を読むことにした

それもつかの間、次第に眠くなって来たカガリは睡魔に襲われそのまま本を腹の上に、瞼を閉じた

意識が遠くなる中で車の停車する音が聞こえる

しばらくして洋風の大きなドアが軋んで開かれる音もする

カガリはそのまま目を閉じていることにした

そっと人の気配が入ってきたかと思うと、カガリの座っているソファの隣で立ち止まる

きっとこんな夜遅くまでこんな所にいるとは思わなかったのだろう

いつも控えめにつけている香水の匂いが鼻をくすぐった

その手がそっと本に伸ばされ、閉じて机の上に置いた音がした

それから暖かい手が肩の上に置かれた

 

 

「ハロハロ、ラクス〜」

 

 

ハロがラクスの周りを飛び跳ねながら機械的な声でそう喋ると、し〜っと制する声も聞こえる

「起きてしまいますわ」

 

「起きてるよ」

 

そう言いながらラクスに抱きつくと、ラクスはきゃっと可愛い悲鳴をあげて腕の中に倒れ込んで来た

ずっとに触りたかった桜色の髪に鼻を埋めながら、久しぶりのその温もりを味わる

 

腕の中でくすくすという笑い声が聞こえた

 

 

「やっぱり、起きてらしたのね」

 

 

 

「だってラクス遅いんだもん、必死で頑張って起きてたんだぞ」

 

また忍ぶような笑い声が聞こえてきて、それすら愛しく思う

 

今は、

今だけは、私だけのラクスだから

 

 

 

「今日は、本当にごめんなさい」

 

ラクスの言う今日はもうすでに過ぎてはいるけれど、

カガリはラクスの華奢な身体を抱き締めながらそっと耳に唇を寄せて囁く

 

「仕事だろ、仕方ないよ」

 

顔を上げて、両腕で身体を少し離してラクスはカガリの顔を見る

互いの息が聞こえそうな距離だった

 

「でも久しぶりに取れた休日でしたのに」

 

「逆に考えればいいことじゃないか、休日が取れるほど状況が落ち着いてきたってことだろ?」

 

額に、瞼に、頬に、そっと口付けを落としながらカガリはそう囁く

そして最後に唇に触れると、また少しだけ顔を離した

 

 

「好きだ、ラクス」

 

 

 

 

「私もですわ、カガリさん」

 

 

 

 

そこでカガリは少し考えるようにして、頭を掻く

どうしましたの?と不思議そうに訪ねてくるラクスをきちんと膝の上に乗せ、

馬乗り状態にすると両腕を握って軽くぶらぶらと持て余す

まるでお父さんが小さい子を腹の上に乗せて遊んでやっているような体勢だ

 

 

 

「その…それなんだが、さんってやめてくれないか?」

 

「え?」

 

 

 

「いや、私達その……恋人同士なんだから、相手のことさん付けってどうかと思うんだ」

 

 

しばらくしてラクスは繋がっている両手をそっと離した

自分の首に両腕が回されるのを感じながら、その顔をひと時も離さず見つめていると、

いつも笑顔の彼女はいつもとは違う微笑みを見せた

 

 

 

「わたくしも、愛していますわ、カガリ」

 

 

 

そしてまた顔が近づいたかと思うと、再び唇に感じる暖かな温もり

互いを求めるように深く、深く口付けられると理性が吹っ飛びそうになる

 

 

ラクスは疲れているんだから、と必死に押し留まるが身体は思ったように動かず、

気付かないうちにラクスの腰の辺りに置いていた

そしてそのまま這い上がるように服に進入していく

 

ラクスは拒まなかった

 

 

あちこち引っ張りまわされて疲れていないはずなのに、自分の腹の上で妖艶を放っている恋人に愛を求めてしまった

広いフロアに我慢できないとでもいうようにカガリはラクスを押し倒し、行為を更に激しくしていく

敷かれたカーペットのお陰で床は冷たくなく、むしろ暖かく感じる

暖炉の前で身体を重ねる姿はとても艶々しく輝いていた

二人の息遣いといやらしい水音だけが部屋の中に響く

 

 

普段はみんなのラクス様

心地よい言葉をくださる美しい歌姫

でも今は私だけのラクス

心地よい癒しを私から与えることができる特権

 

 

私の帰る場所はラクスのもとにあって、

ラクスの帰る場所は私のもとにある

 

 

 

それだけが甘く、甘く感じた

 

 

 

 

 

Fin