午後の日差しが部屋を照らす
ぽかぽかと温かい室内はもう昼寝がしたくなるくらい気持ちの良いものだった

今日は久しぶりに2人で休日が取れて、
私の機嫌は最高潮



このニヤける顔の筋肉を押し留められない私を、
祥子が訝しげにそれでいて嬉しそうに見ていた
こんなにゆっくり出来るのは久しぶりだ


「気持ちの良い日だね」

「そうね…でも逆に暇だと不安になるわ」


私は寝っ転がしてた身体をソファから起こした
足元に座って雑誌を呼んでいる恋人を見ると、何だか苦笑いが漏れる


「すっかり蓉子さまと同じ仕事病だね。聖さまが嘆いていたよ」





「ヤワね、聖さまも。すっかり骨抜きにされちゃって」


顔を上げずにそう言う祥子に私も骨抜きにされているんだけどなぁ

考えている事が伝わったのか、恋人はちらりとこっちを見て微笑んでくれた




「甘い、匂いがするわ」


「え?あ…仕事で匂いがついちゃってるのかな、身体に」


「そう…でもその匂い好きよ」





何だか可愛いぞ、今日の祥子は

祥子の腰に抱きついて膝枕をして貰う


雑誌が読みにくいのか、少し身を捩った




「ほら、令」

「ん?」


私の頭の下から引き上げたその雑誌を、
顔の前に広げる

そこには大きく私が…


いや正確には私の写真が、だけど





いきなり自分のドアップはキツイ






「何これ」



それを手で払い退けて祥子の顔が見えるようにした
長いその髪を指で弄りながら睡魔に誘われる


「令の事書いてあるわ、『今話題のケーキ職人は美青年』って」




「…また?」




「ふふふっ、また由乃ちゃんが怒鳴り込んで来るわね」




「私のせいじゃないって…、仕事先の店長が客と話題集めにいつもそうやって載せるだけ」





「それで実際に人気は上がるんでしょう?腕も認められているって事よ」





「………だと…いいけどね」





「そうよ、顔とかだけじゃ売れないもの」




「…それもそうだ………」




「聖さまのお店で出させて貰っている事もあって人気なのでしょう?」




「……………」




「令?」





「………すぅ……」








返事をしなくなった令に祥子は雑誌から目を離して、
写真なんかじゃない本物の令を見た


そこには祥子の髪を握ったまま寝込んでいる恋人の姿が





こうして見るとあんなに大きくて優しい令もまるで子どものような姿に、
祥子は人知れずこっそりと唇を重ねた

ふと、手にした雑誌の隅に小さな記事を見つける




「……これならやれそうね」
















くん……




何か焦げ臭いぞ




焦げ…ってえぇ!?





私は急いで起き上がって、辺りを見回した
辺りには白い煙が充満

うげ、空気悪っ



転げ落ちるようにベランダに行って冊子を開ける
そこから夕方の空に吸い込まれるように煙が流れていく




「さっ、祥子!」
寝起きでまだ足取りが頼りないものの、何とかしてキッチンへ向かった
口と鼻を押さえてその原因は何かと目を凝らす


キッチンには水音だけが響いていた


流しで祥子が水を出しっぱなしにし、その水流に人差し指を当てている



「祥子、これは何!?」


「あ、令、起こしちゃった?ごめんなさい」



申し訳なさそうにこちらを見る祥子の傍らに寄ってその手を見た

そこは赤く腫れていて見るからに痛そうなもの




「何コレ!」


「ほら、これ作ってみようって思ったら失敗しちゃって…」






自分が客に対応している時の様子が載っている広告の下には、
『家庭でも出来る簡単ケーキの作り方!』なんてものが載ってたり…




「祥子、あのね…」


私はとりあえず煙を発しているオーブンからケーキになるはずだったものらしい、
黒い物体を取り出して換気扇を入れた

だんだんキッチンがはっきり見えてくるようになって、

少し怒った顔を繕って祥子に向ける




……本当は心配で堪らないんだけど






「家庭で簡単っていうのは大体が料理上手な奥様達の事なんだよ、こういう場合」



雑誌自体は奥様向けに作られた物なんだから

だからね、と



祥子の火傷をした方の手首を握ってもっと水に深く入れながら言い聞かせるように続けた





「つまり料理が苦手な祥子には出来やしないって事…わかる?」



「………出来るわよ」




「出来ないって!食べたいんだったら私がいつでも作るし」




「………………」




「それに祥子が自分の手で作りたいんだったらもっと簡単に出来る方法教えるよ」





「………だって」








「ん?」











「令に食べて貰いたかったのよ、私が作ったケーキ」












………あぁっ!!


何でこんな可愛いのかな!



普段、外じゃツッパってるくせに家の中でだけはこんなに素直なんだ!




そんな俯いて顔を赤らめて目を逸らして、

そんな事言われちゃったら…もうっ











なんて巡るめく思考は置いといて、

私は出来るだけ優しく微笑んだ



そして火傷をしているその手を引き寄せて唇を寄せる



「っ…」


痛いのか、顔を歪ませる祥子に本音が出た








「私の祥子に怪我して欲しくない」









さっきまでほんのりだったものが、
一気に真っ赤に染まる


本気?とでもいうように目を見張る祥子にそっとキスをした






「だから今度からは一緒にやろう?」












「……ええ」





















人生楽あり苦あり


私はその後失敗作品の黒焦げの物体を食べさせられた
おいしい?と笑顔で聞いてくる祥子に

笑顔でおいしいよ、と答えるのに精一杯でした








まずは塩と砂糖の区別の仕方から教えないと…

















fin