眠気と疲労を押し留めて、
気だるい身体を起こす

先程までの情事を思い返してふと横を見ると
かなり疲れたのかぐったりしている蓉子が目に入った

肘で身体を支えて蓉子の顔を覗き込んだ



目が合う
が、すぐに逸らされてしまった






「蓉子」




「………」










やっぱり怒ってる…
そりゃ帰って来るなり事に及んじゃったからなぁ

だってここ数日できなかったんだもん




仕事で残業が増えた蓉子と、
夜になると店に出向かう私


すれ違いが重なりに重なって…





限界だったんだ




蓉子に触りたい

蓉子にキスをしたい

蓉子を抱き締めたい

蓉子を抱きたい…




それを全部思い余って叶えてしまった





仕事でくたくたな蓉子が帰って来てから、
すぐに寝室へ連れて行った

本気で嫌がっている彼女の言葉を聞きもせず、





抱いた









「蓉子、本当ごめん」


「…………」





うわぁ、無視されてるよ


そんなに嫌だったのかな…



そう思うと結構傷つく






ベッドから降りて、タオルを濡らしに洗面所へ向かった

蛇口から流れる水の規則正しい音が


静寂を保つ部屋内に響くだけ…




こうやって人と人はすれ違っていくのかな

だから出会いもあれば別れもある、なんて言葉が存在するのか




片方の想いが大きいだけじゃ、
もう片方は潰れてしまう

片方の想いが小さいと、
もう片方を悲しませてしまう




矛盾だらけで、
人間関係て難しいと思った



楽になれたらいいのに…











水を止める
こんな風に何もかも止まってしまったら全てが楽になるのかな


自分の首を絞めるだけのそんな思考に苦笑いが洩れた

きっと今私はとても苦しい顔をしているんだろう







何も言わずに蓉子の身体をそっと拭き始める

そんな私のいつもと違う雰囲気に気付いたかのか、
蓉子がふと私を見てくれた


「…ん?どうしたの?」


「聖…貴方……」




なるべくこんな顔を見られたくなくて
俯き加減に蓉子の鎖骨辺りを拭う

その手首を掴まれた


「どうしたの?」



「…何でも無い、離して」







「何でも無くないでしょう」







「…………」












シーツから少し見える白い肌には紅い痕が所々についている

私が付けた証






「…ねぇ、聖」
「何?」



何とか笑顔を取り繕って蓉子を見た
その顔は不安に埋め尽くされていた

不安と、悲しみ

それらが入り混じってとても複雑な表情



…まぁ私も複雑な顔はしているんだろけど





「何故泣きそうなの?」


「泣きそう?私が?」









頬に温かい感触がした

腕を伸ばして蓉子が私の頬を包んでくれているんだと遅かれ判った





「貴方に抱かれる事は嫌じゃないわよ、私は」






嫌じゃ…ない?


なら何故いつも嫌がる?



矛盾しているよ、蓉子それは








「だって愛し合っている事だもの」




「愛し…合ってる事……?」






「ええ、でも…」





「でも?」






初めて蓉子の笑顔を見た気が、した

ずっと苦しそうだったから…






「疲れている時に何も言わないで黙って迫られるのは嫌よ」




「…ごめん」







「だって貴方」









怖いんだもの、と
肩を震わせながら笑う蓉子はそう一言言った



…怖い?



怖いって……







「そんなに切羽詰まってた?」


「そう、まるで腹ペコの狼みたいだったわ」



……



口角を上げて、蓉子をジトリと睨む
その形容はどうかと思いますがね


でもしょうがないじゃん




いっぱいいっぱいだったんだから







「構ってくれない蓉子が悪いよ」


「ごめんなさい、ここのところ立て続けに仕事が入って…」



「断ってよ、私の事考えてくれているんだったら」





拗ねたように言うと、
蓉子はシーツに包まったまま上半身を起こして私に向き直った




「あのねぇ、貴方の収入が不安定だから私が働かないといけないのよ」




「まるでツバメだね、それは」




「そんな事言ってないじゃない、貴方は欲が無いからほとんど私物の買い物はしないし」




まぁ、あえて言うなら煙草代?とチャカされた



失礼な、月々の煙草代ぐらい自分で稼いでいるっての




「不定期に突然店を休んだりするからいけないのよ」


「でも通ってくれる人は通ってくれているから」



ほとんどが女性客だし

男性客に対しては女性客ほど愛想よくないし、私




「落ち着くものね、あの店は」

「常連様にそう言っていただけると嬉しいです」



わざと気取ってみせると、
馬鹿ねと拳で軽く肩を叩かれる






「じゃ、約束よ」


話が逸れたけど、と蓉子は小指を差し出してきた

そこに私も自分の小指を絡ませる




「指切りげんまん」
「嘘吐いたら針」
「「呑ます」」



そう誓いを立てた後、
私はそのまま蓉子の腕を引っ張ってベッドの上に押し倒す




「ちょっ…今約束したばっかりじゃない!」


「無理矢理しない、ってね」




「無理矢理じゃないの」




「違うよ、蓉子本気で嫌がってないもん」









「……『もん』って…」







「ごめん…無理」




我慢できない


蓉子を愛したい



いつもよりも愛したい









私の側に居てくれるって事を実感したいんだ









愛はあまりにも目に見えなさ過ぎるから…




だから人はいつもそれを求めているんだ




側にあるものに気付かず、
確かなものだけ


目に見えるものだけ求めてしまうんだ




そっと目を閉じればほら


すぐ側にこんなにも温かい温もりがあるというのに……






















fin