嘘でしょ


何で!?



こんな日に限って令が遅刻するのさ

いつも律義な令だから時間通りに来るのに…


例え雨が降ろうと槍が降ろうと来るのに



渋滞じゃあどうしようもない


車だけ置いて来る訳にはいかないし

何よりも車には買い出しを頼んだアルコール類が積んであるんだし


いくら令でも
いくら見かけが青年でも

20本の酒瓶が積んである箱を持って走れまい






今日は久しぶりに蓉子が暇になったから、



店は令に任せて夜はデートの約束だった

夜8時にI袋駅の北口で待ち合わせをしている




只今8時半



……電話してみよう



プルル…プルルルッ

しばらくしてから応答があった



(はい、もしもし…)
「蓉子?」
(聖、どうしたのよ。もう約束の時間とっくに過ぎて…)
「ごめんっ!ごめん、令がまだ来なくてさ」
(買い出しを頼んだの?)
「そう、令1人じゃ車から店まで品物運べないだろうし、店も空けられないから」
(………それで?)
「だから遅れる…ここから車飛ばしても1時間はかかるから」
(……)


「只今戻りました!!」


勢い良く開け放たれるドアと同時に、
息を切らした令が現れた

うわ、駐車場からここまで全部運んだの?それ


みかけだけじゃなかったんだ…



変な所で感心している間に、
電話は切られていた


「あれっ?もしもし?蓉子?ようこぉ〜」



プーップーッ……




不在音だけが耳に響く



「すいませんっ!本当に…っ」

「いいって、それより大丈夫?」


本当に苦しそうに叫ぶ令を手で制してドアまで持ってきてくれた箱をカウンターの横に付ける


「聖さま、今の蓉子さまでしょう?」


「ん?あ、そうそう」




頭を掻きながら空いている手で瓶をカウンターの上に置いていく

いや、もうどうにもならないから

っていう諦めだけど




だって蓉子は100%怒っているもん

無言で電話を切るなんて普段は絶対しない




「そんな悠長な事言っている場合じゃないでしょう!早く行かないと」


やっぱり紳士の令は恋人を待たせたりしないんだろうなぁ

苦笑していると、


本当にほとんど怒っていると言っていい程の剣幕で背中を押された





「お店は私に任せて早く行ってください!!」





「えぇ?大丈夫?」

「ここの仕事はほとんど覚えましたし、常連相手なら何とかなりますから」


「…そう、じゃあ行こうかな」



「蓉子さま、きっと待っていると思いますよ。聖さまを」





肩越しに、そう言って微笑む顔が見えた


そっか…怒っててもずっと待っているタイプだ、蓉子は




……祥子は怒ったらすぐ帰るだろうから大変だな、令も






真っ黒な愛車に乗り込んで、走らせる事40分

目的の場所まで着く


他の車の追い越しとかかなりしたからね

通常よりも早く着いた


これも蓉子への愛ゆえ、だよ




車は停められないから目で蓉子を探す

人はたくさん居るけど、

大切な恋人を見つけ出す事くらい苦じゃない




見慣れた頭を見つけて、私は携帯を手に取った


「…あ、蓉子?」


(……何処にいるの)


あちゃ、相当怒ってる



「もうそこに居るよ、車見えるでしょ」


(…ええ)






こちらを見た蓉子に手を振る

それでもピクリとも笑わない


……どうしましょ




こちらにやって来る彼女のために運転席から降りて助手席を開けて待つ

蓉子の手を取ると、


今はまだ夏だから冷えている、なんて事はないけど


2時間近く待たせていたのには変わりわないから



不機嫌なのが取って判った






「本当、ごめんね」

「…私が仕事で遅刻するとずっと口利いてくれないのに」





「だから、ごめんて」



「………本当に反省してる?」



「してるしてる。だから機嫌直してよ、久しぶりのデートなんだからさ」


バタンと開けてあったドアが閉められた



「蓉子?」


「車、何処かに停めて来て」



「え?」




くるり、とこちらを振り向く彼女の顔は満面の笑み

…何だか嫌な予感がするんだけど



「欲しい物があるの、買ってね」


「…っえぇ!?」


「お詫びでしょ」




そんな事言われても蓉子の方が稼いでいるんだし、

欲しい物に困って無いはずだ



なのに何故私にわざわざ買わせる?





……謝罪のプレゼントってか









「…ちなみにそれはどれくらいする物なんでしょうか?」


「そんな高くないわよ、そうね…10万くらいよ」


「じゅっ!?何買わせる気!!?」




「新しいスーツが欲しかった所なの、助かるわ」



小悪魔の笑みでそう言う蓉子に、

私は「判りました」としか言わざるを得ない



近くのコインパークに停めて、
デパートのウィンドウを覗きながら硝子越しに顔を窺ってみた


さっきまでの不機嫌さはもう消えていたけど



…今度は私の顔色が悪い気がする



だって10万もする物買わせられたらしばらく個人の出費は我慢しないといけないんだよ

煙草だって少し減らさないといけない



……キツイよ、蓉子さん






「2時間も何してたの?」


ふと浮かんだ疑問を問うてみる


「カフェで少し仕事を片付けてたわ」






こんな時にまでパソコンを手放さない貴方の仕事熱心さには敬服します
見習いたいとは思わないけどね










「………淋しかったのよ」



「え?」




するり、と手が繋がれる






「心細かったのよ?」



苦笑をしながらも、そう言って見上げてくる蓉子に





クラリと来る








「ごめんね、本当」




「…いいのよ、仕事に励んでいるのは喜ばしい事だもの」



そんなに苦労させてたのかな
高校生時代は

私と江利子が仕事をしないから必然的に蓉子がほとんど受け持っていたから





「まぁね、私もこんなに真剣にやるなんて思ってもみなかったよ。開店した時は」


「どうなるかと心配したわ」



「でも令のおかげで助かっているよ、祥子も会社の重役とか連れてきてくれるし」


「貴方を居場所として必要としてくれる人達が居るって事忘れないでね?」




「うん」







繋がれている手を強く握り返した


何だか…



とても嬉しかったから



いつも欲しい言葉をくれるから











「ありがと、今日はお詫びに何でも買うからさ」







「……何でも?」







…はい?








「そう、何でもね!じゃあ靴もお願いね」



「………えぇ!!!」










好きだけど



好きっていう気持ちとか


愛は



無限













でもね、

財布は無限じゃないんですよ、蓉子さん





ヤバイ、本当に禁煙すら考えないと…


もう令に借金しようかな


でもそしたら祥子に怒られるんだろうね、令が

それは気の毒だし




江利子…は、

喜んで利子倍付けにしてきそうだから止めておこう


志摩子は



………ニッコリと笑って

「自業自得ですわ」



とか言いそう



いや、マジで言う








「ちょっと蓉子!それだけは勘弁して!!他なら何でも買うから…ケーキセットとかさ」



「そう?じゃあ鞄お願いね。書類が入りきらなくて困ってたのよ」




最後の言葉は無視して、
有無を言わせない笑顔でそう足される









っ………嘘!!!!!!!!


















教訓
「遅刻はしない」

間違っても2時間なんて待たせない事


これ覚えといてね








……うぅっ
















fin