「私の家に…ですか?」


そう言う祥子に聖は強く頷く
私も何故こういう流れになったのかがイマイチ理解できない

とりあえず成り行きを見守ろう




「そう。と言っても令との家じゃなくて、小笠原家の方」

「実家という事ね」



聖に呼ばれて店に行けば、そこにはいつものように手伝いをしている令と、
自分も呼ばれたと言う祥子と、


珍しく江利子も居た



何やら私と令をそっちのけで話を始めてしまった3人をただ眺めている事しかできない

それでも良いんだけどね

この2人が組むと面倒に巻き込まれる事然りだから




「それは別に構いませんが…何故ですか?」


「ん〜、久しぶりに清子小母様にも会いたいしねぇ」
「ちょっと済ませたい用事があるのよ」

「お姉さま方が何の用事なんですか?祥子の実家に」


最もな疑問を令が聖と江利子を代わる代わるに見て問いかけた

それに対して2人は不敵な笑みを浮かべるだけ
何を企んでいるのか知らないけど…

祥子の家の大きさ知っているわよね?


天下の小笠原グループよ?


何か問題を起こせばただすみませんじゃ済まないのよ?




…わかってるのかしら






「じゃ、そういう訳で今週末祥子の家に行くからね」


「そういう訳って何よ、人の家に行くんだから用件ぐらい話しなさい」


「まぁまぁ、野暮な事は聞かないの」



ウインクして見せる2人にため息をつく

悪戯を思いついたこの目をしている2人を止められるものはいない


唯一私だけだと謳われて来た私だけど、

無理なものは無理な時もある




首を傾げている祥子と令を楽しそうに眺めている聖と江利子



何とか大事にならない事を祈って私はまたワインを口に運ぶ

全ては今週末判る事だから今どう足掻いたって仕方ない






「ごきげんよう、お姉さま、聖さま、江利子さま」
「待ってましたよ」

玄関から迎え入れてくれるのは先に来ていた祥子と、令

扉を支えたまま中に入れてくれる令がまるでボディガードに見えてくる
ボディガードもしくは、秘書ね


「ありがとう、令」

「いえ」




「あらあら、いらっしゃい。皆さんお待ちしていたのよ」


「お久しぶりです、小母様」
「相変わらずお変わりなく」
「いつも祥子にはお世話になっています」


社交辞令と言うものをそれぞれ発する私たち
どのみち最初の二つはそのままだけど



 
「久しぶりね、こんなたくさんの友達が集まってくださるなんて…高校の時の正月以来じゃない?」

「ええ、そうね」



微笑みながら顔を見合わせる母子

やはり微笑ましいものだ


2年前にはかなりの喧嘩をしたと聞いていたけど心配はないみたいだった
小笠原の家を出る事

これは大いに揉めたと聞く

その時は柏木さんと令の助言により何とか収まったらしいけど


渋々ながらに了解を得たとしか言えない状況だったと






『家の仕事を引き継ぎながら勉強していく、という柏木さんの一言と…』

令が苦虫を噛み潰した顔でそう言っていた


『そして親友である私と同居するという事で何とか許可は頂けたんですけど…』





それは親友であるから、という認識

決して恋人であるから、という認識では無い事が明らかであった


私と聖も同じ
親友の私と暮らす事にて許した聖の両親
親友の聖と暮らす事にて許した私の両親


これはきっと同性である事には決して超えられない壁なのだろうと思える



『そんな事考えていても仕方ないと思うわ』


正真正銘の親友が放った一言

その通りだと思う


常に周りを冷静な目で見ていられる江利子はそういう様々な場面に遭遇していたのだろう





「そろそろ訳を聞かせてくれない?」

祥子の部屋に向かう途中で聖にこっそり耳打ちをする
少し周りを窺った後、声を潜めて私の耳の近くで答えてくれた


「勘当に近い事されたと言っていたでしょ、祥子」

「…そうね」

「そしてそれから2年、まともにこの家に帰ってないと思うんだ」



そういえば

小母様と話す時も確かに微笑ましさは感じたけど…


僅かに祥子の顔が引きつっていた




まるで居辛いとでも言うように







「それに…」

「?」

「今日は何の日か知ってる?」


「今日…?」



「ヒントは世界中の誰かの記念日」






……あ!



なるほど、そういう事ね

粋な計らいじゃない、聖と江利子にしては



聖の隣に居た江利子を見ると、ニヤリと笑って返してくれた

私も何だかそんな気分だったから笑い返す






これで小笠原家が何とかまとまってくれると良いけど…

昔から誰にも踏み込めない一線を張ったこの家系






「う〜ん、一度で良いからこんなベッドで寝てみたいよね」



部屋に着くなり祥子のベッドにダイブした聖が横になりながら唸った


「でも広すぎて落ち着かないですよ?……きゃっ!」





ベッド脇に行ってそう告げる祥子を、

隙あらばと聖は腰に抱きついて一緒にベッドの中へ転げ込む



「だからぁっ、2人でこうして寝たいと思わない?」

「…聖さまとは死んでも嫌ですが」


「うん、ツレナイね」




そう言いながら聖の腕をするりと抜けてその場から離れる

1人ニコニコして再びベッドに埋まるその様子は、


……幼稚園児じゃあるまいし





「ねぇ、祥子こっちに来て」


聖の居るベッドに腰掛けて江利子が何処か含んだ物言いで祥子を呼んだ

少しショックを受けていた令を宥めていた祥子は怪訝そうに私を見てくる


安心感を与えるために微笑みながら頷いた


恐る恐る2人に近づく祥子に、2人は苦笑を漏らす





「何も取って食おうって訳じゃないんだから」

「貴方じゃ洒落にならないわよ、取って食うって」

「それは江利子の方でしょ」

「あら、私は貴方程がっついてないもの」

「どうだか…隙あらば蓉子を食おうとしているくせに」

「お生憎様、隙などなくてもいつでも食べられるわ。私なら」

「何ぃっ!!??」



「「聖!!江利子!!!」」



いつになっても話が始まらない2人に私はけん制の一言を投げかけた

やっぱり悪友だわね、この2人は




「…ッ覚えておきなよ、後で。さてと、祥子」


「これあげるわ」


聖がいざ行動に移そうとしたら、江利子が先に行動した

美味しい所を取られた芸人みたいな顔をする聖に笑える



「これ……」


「今日は母の日でしょう?」

「母の…日」


祥子の手に握られた物は、一輪のカーネションだった

あれをどうやってここまで持って来たんだろう


素朴な疑問を他所に2人はニコニコしているだけだった




「お姉さま、聖さま、最初からこのつもりで…?」

感嘆の声を上げる令に祥子が弱々しく微笑み返す


「いってらっさい」


ドアに向けて手を振る聖に戸惑っている祥子

令が大丈夫、と肩を支えて一緒に部屋から出て行った




「さぁて、蓉子〜」

「何?」


寝返りを打ちながら私を呼ぶ聖に目をやると手招きされていた

江利子の隣に腰掛けて、今一階で行われているであろう出来事を想像してみて



何だか嬉しかった






「良い事したでしょ、私達」

「そうね、私からも感謝するわ」

「だからご褒美ぃ♪」




「…………はぁ!?」





勢い余って振り向くと、

そこには満面の笑みで自らの唇を刺している聖がいた




…まさかこれ目的じゃないでしょうね


ちょっぴり貴方達が善人に見えた私が迂闊だったわ





「早く、早く」

嬉しそうに足をジタバタさせる聖を尻目で見て、

観念した私は軽くその唇に口付けた




満足したのか、膝枕をして来る

これ以上求められたら困るから一応されるがままになる事にする




「ねぇ、蓉子」


「え?何?」






ふと江利子の方を見ると、唇に何かが掠めた


「……っ!!?」

「ああぁぁぁっっ!!!!!!!!」




目の前にはニヤリと微笑むその顔がある

…キスされたわ




「だって聖だけじゃないもの、今回の事考えたのは」


「そうね…そう言われてみればそうだわ」



だから江利子もにも相応のご褒美とやらをあげるべきだった、と


開き直る事にした



まぁ、親友だから別に嫌だなんて事はないけど





「おのれ、江利子!最初からそれが目的かぁっ!!」

「違うわよ、まぁそれも含めているけどね。本当の目的は…」


ベッドから離れて部屋の中を歩き回る江利子




「ほら、コレよ。コレ」

その手に握られている物は


部屋の隅にかけられていたリリアン制服だった





「…制服?何に使うのよ、そんなもの」


「借りるだけよ、借りるだけ」


「借りて何するのっての、自分のがあるでしょ」



「兄貴達に取られたわ、宝物にするって」




…こちらも相変わらず妹馬鹿なお兄様達だこと

江利子も大変ね




「令じゃ大きすぎるし、蓉子は聖が駄目って言うに決まっているだろうし…」


聖のは一応悪友もどき天敵という建前上着れないと言う


だから祥子に向けられた、と


そういう事だった



そのためには祥子の家に行かないといけないし

直接の関わりもない江利子に制服を貸してくれる訳ないし


家と仲違いしている祥子を手助けする事にてそれは叶えられる





江利子の説明を聞きながら私と聖はただ納得するだけだった




「それで何に使うの?今更リリアンなんて」

「知ってる?」


「「え?」」



「由乃ちゃんの妹、今年高3なのよ」



紅薔薇は順調に毎年妹を受け入れられてた

白薔薇は志摩子の代から1つ下の妹が出来ていた

そして黄薔薇だけが、


由乃ちゃんの希望により2学年も下の妹を受け入れたから



江利子、蓉子、聖は乃梨子ちゃんよりも接点がなく会う機会が無かった



「つまりちょっと行って見て来ようって訳ね」

「そうよ、もう既に何年も前に卒業している人を校門の警備員が覚えているとは思えないし」





「なるほど、判ったわ。頑張って」

「せいぜい先生に見つからないようにね、黄薔薇様の称号を得ていた貴方を忘れる訳ないだろうから」


何が頑張って、なのか


良くわからないけど…









「お姉さま方、本当にありがとうございました」

門前にて深々と頭を下げる祥子の顔はとても嬉しそうだった
令も一緒に頭を下げている


「いいわよ、これでチャラね」

「でも…そんなものでいいのですか?」

「いいって、クリーニング出してちゃんと返すわね」

「いえ、お構いなく」



「それじゃ、さようなら」



これからそれぞれの家へ帰るという一行は、

お互いに車の中から手を振りながら遠ざかって行った
江利子は送って貰うと言う事で令の車に乗せて貰っていた




「ねぇ、聖」

「うん?」


運転する聖をそっと見ながら、
夜景に照らされるその顔が綺麗だなんて思いながら、

とても嬉しい気分で話しかける




「貴方、本当はご褒美なんかが目的じゃなくて心底祥子のためにしてあげたかったのでしょう?」


「…何を?」


「親子の心の隙間を取り持つ事を」




「…うん、私自体が親と上手く行ってない時があったからね」






「ありがとう、本当にありがとう」







貴方と恋人で良かったわ



私の見る目は間違っていなかったわね







そう言うと、

少し照れくさそうに微笑む聖と目が合った






ありがとう、と








たくさんの気持ちを抱えて
今度は私が貴方のために何かをしてあげたいと思って



私達はこうやってこの人生を歩いて行くのね




















fin