「聖さま、そろそろ帰りましょうよ」


「何言ってんの、令。これからじゃん、ねぇ?」










困ったように聖にこっそりと話しかける令に、
聖はケラケラ笑いながら隣に居る女の子に同意を求めた

大学生ぐらいの女の子も少し照れたように聖に合わせて頷く



それを見て、令は頭を掻いた




バレたら大変な事になる、と想像するだけで怖い出来事に対して肩を竦める









「令さんももっと飲みましょうよ!ほら」


「いや、私はもう…。お酒あまり強くないんだ」


「大丈夫ですよ、令さんが潰れちゃったら私が責任を持って面倒見ますから!」


「あはは……それはそれで困る…」


「ちょっと!貴方何言っているのよ、1人でそんな事させる訳ないじゃない」


「そうよ、大方お持ち帰りでもするつもりでしょ」


「お持ち帰りっ!?…あ、あの……もう私本当に帰…」









両脇に居る女の子達が自分を差し置いて口論を始めてしまった事に、

令は困惑しきって恐る恐る立ち上がる



すると両脇に居た2人は嬉しそうに一緒に立ち上がってきた












「二次会行きましょうか!聖さん、皆も行きましょうよ!」


「えっ!?いや、ちょ…」


「良いねぇ、行こうか。ほら、令行くよ」


「だから、ちょっと……嘘ぉ〜〜っ!!!??」












雄たけびはお洒落なバーに掻き消されて悲痛な声は皆に届く事が無かった


聖と女の子達に半ば強引に引きずられるように店の外に出ると、
もう既に夕方だった街並みは夜の街に変わっていた



全ては聖に騙された自分が悪かったのだ、と令は諦める他無い





目の前を歩く聖と、聖に気のある子達の背中を虚ろな目で見ながら

自分の脇に居る数人かの女の子達の騒ぎ声を内容を伴っていなくとも耳に入れていく








あぁ、祥子に会いたいな…







そんな想いからか、幻覚まで見えて来た


目の前に黒い長髪の綺麗な女の人が驚いた様に立ち尽くしている





祥子に似ているな………








うん、似ている



その女性の隣には肩口で切り揃えられた綺麗な女の人が目が笑っていない笑みを浮かべていた





















「あら、令。何やってるの」






















その彼女達に良く似た女性達の背後から、お姉さまにも似た女性が顔を覗かせて驚いたように言った


しばらく令の思考は停止した




周りの女の子達が3人の美しさに息を呑むのが視界の端に入る

……凡そ1分は過ぎただろうか



やっと令の口は活動の仕方を思い出して、開かれた
















「なっ、なっ、なっ…何で此処に!!!!???」















「ごきげんよう、令。随分と楽しそうね」


「奇遇ね、こんな所で良いご身分じゃない」


「………何なの、此れは」











目の前の今1番会いたくなかった人物達に出くわしてしまった悲運に、令はそろそろと後ろを振り返る


絶句している祥子と対象にニコニコと悪魔の微笑みを浮かべている2人の先輩

その先輩達に弁解する方法は只1つ


全ての事の起こりの原因であるあの人を引き出すしかない







見回した時に、目的の人物がこの場から逃げ出そうとしているのが見えた















「聖さまっ!!!この収拾どうつけてくれるんですか!!?」





「いっ!?……あ、あれ、令。こんな所で珍しいね…っ」





「何言っているんですか!?貴方が誘ったんじゃないですか、合コンだなんて一言も言わずに!!!」











聖の肩を掴んで、こちらに振り向かせて蓉子と祥子と江利子の前に突き出した

引きつった笑みを浮かべている聖に、蓉子の笑みも深くなる




それだけの会話で事態を飲み込めたらしい祥子も、令に対して慈悲をかけてくれる訳でもなく


未だに令と聖の周りで2人に引っ付いている女の子達に目をやっていた
その顔は鬱陶しいものを見るように、言い方は悪いけれどまるで虫でも見るかのようだった












「なるほど、貴方はまた合コンに繰り出して今回は令まで連れ込んだって事ね」



「連れ込んだなんて人聞きの悪い。令なんて大喜びで…」



「なっ!?」



「嘘おっしゃい、どうせ店の手伝いでも頼んで連れ出したんでしょう」



「うっ…」



「蓉子さま、その通りです!」











聖の苦し紛れの嘘に令は1度叫ぶが、蓉子の鋭い観察眼により令の疑惑は晴れた


もう泣きそうな顔で蓉子に力強く頷く彼女に、蓉子は苦笑を漏らす












「ごめんなさいね、令。そういう訳だから祥子も怒らないでやって頂戴」



「……検討しておきますわ、お姉さま」



「良いじゃない、怒りなさいよ。祥子、きっかけはどうであれその場にずっと居たのは言い逃れ出来ない事実なんだから」



「お姉さまっ!!?」











彼女の存在を忘れてはいけない


人の有無よりも其処に面白さが存在するかどうかが肝心な鳥居江利子




哀れな令は思わず叫びながら自分の姉を引き止める

しかしそれは非情にも祥子をたきつける言葉となり、祥子の眉間の皺が増えた


その2人に挟まれながら蓉子が令に哀れみの視線を送ってくるが、
今の令にはそれすら痛かった












「とりあえず貴方達も申し訳ないのだけど此れからはこの2人抜きで楽しんで来て貰えるかしら?」









聖と令の周りでヒソヒソと囁き合っていた大学生らしき女の子達に声をかける蓉子に、

女の子達の不満が一気に沸き立つ



けれど有無を言わせない笑顔で蓉子と、江利子に微笑まれるとそれは直に沈黙と化した









「じゃあ、取り込んでいるみたいだから…またね、聖さん」


「…うん……また、ね…あはは」


「それじゃ私達も、失礼するわね。バイバイ、令さん」


「うん、バイバイ…」




「「「また合コンしようね〜っ!!!」」」





「「うっ…」」






「その時は是非私達も混ぜてくださる?」




「「「もちろんですよ!それじゃ…」」」










「……江利子」


「……お姉さま」












それぞれ聖と令にまた会うような口調で離れていきながら、

其れを自分の恋人が聞いているのだと気が気じゃない2人を嗾けるように江利子が自分も次回の合コンに参加の意を示した





其れによって2人の張り詰めていた気が一気に解ける








楽しそうに笑っている江利子は、

何時ものことだったけど何時もとは何処か違った












「…何か嬉しい事あったの?」


「無いけど、これからあるのよ」



「「…………悪魔」」







「悪魔で結構、スッポンの江利子よ。私は」





















「…さぁ、行きましょうか」


「一生懸命弁解して貰おうかしら」








「「はは、…出来るだけお手柔らかにお願いします」」












































結局何時もの場所に集う事になった5人の内2人はまたしても絶句していた

ドアの所で立ち尽くしている2人を押しのけて、残りの3人は店の中に入ってく










「令ちゃん!!聞いたわよ、浮気したんだって!!?」

「由乃さん、浮気じゃないってば!聖さまはともかく…」





「よ、由乃、祐巳ちゃん…どうして此処に……」









「お姉さま、懲りないですね」

「むしろとことん痛めつけられないと判らないんじゃないですか」





「志摩子、乃梨子ちゃん……何で居るのかな…」













何故なら其処にはかつての山百合会メンバー全員集合していたからだった


カウンターに着いている5人はそれぞれ珍妙な顔つきで聖と令を出迎えている

そもそも聖の店なのに何故我が物顔でこの人達は寛いでいるのか判らない












「今日は久しぶりに皆で飲もうって事になったのよ?其れなのに貴方と令は仕事だから無理、って」



「そ、そうだったんだ…でも此処私の店………え?鍵は?」



「私が持っているわよ」



「なっ!?何で江利子が合鍵持ってんの!!」



「何時でも飲みたい時に来れるようにこの間ちょっとくすねて合鍵作ったの」
















またしても江利子の爆弾発言に聖は大きくため息を吐いた

もう何を言っても無駄なのだと判っているのはとうの昔



沢山の客人達におもてなしをするために店の主である聖はカウンター内に入ってく





入っていこうとしたが、其処で蓉子に腕を掴まれてカウンター内から引きずり出された














「ちょっ、蓉子?」


「貴方はこっち。令もいらっしゃい」


「えっ?」









聖と令の腕を掴んでカウンターの隅にやって来ると、

蓉子と祥子は顔を見合わせてから、そのカウンターに腰かける



聖と令は座る場所も無いせいで2人の前に突っ立っている事しかできなかった











「祐巳、悪いのだけど中で聖さまと令の代わりをしてくれる?何度か手伝っているから物の場所とか判るでしょう?」



「あっ、はい!」








祥子にそう言われるなり何か察したのか、祐巳はカウンター内に入っていく

そして由乃と志摩子と乃梨子から注文を聞き、それを作るのに取り掛かる
その手際の良さに聖と令は感服していた


けれど、感服なんてしている場合じゃなかった




下の方から視線を感じて2人は慌てて子狸効果で緩んできた顔を慌てて引き締めてそれぞれの恋人に目を向ける














「で、何か言い訳はあるのかしら」




「「ありません」」




「して欲しい気もするけど…」



「さ、祥子。しても良いんだったらするけど!私は…!!」








「仕事って騙されて連れ出されて合コンだった、ってとこまでは良いけど結局最後まで居たんでしょう?」











「江利子!!」


「お姉さま!!」











「それどころか二次会まで行こうとしていたじゃない」











「「うぅっ…」」
















まだ食い下がらないか、スッポンの江利子


それぞれの恋人を煽る彼女に、聖と令は冷や汗でダラダラだった




祐巳の後ろを通ってカウンター内を蓉子達の居る所までやって来る江利子の手にはお洒落なグラスに淹れられたお酒があった

その背後で祐巳がハラハラと江利子の様子を窺っている





でも、由乃がブツブツと令を見ながら文句を言っている所とか


乃梨子が2人に向かってキツイ言葉を発している所とか


そんな2人にフォローしたくても出来ない志摩子とか





そんな人々が居るもんだから今の2人にとって祐巳はマリア様のように見えた









『聖さま!令さま!』



『『ん?』』





ふと良く見てみると、江利子の背後で祐巳が百面相を繰り広げながら2人に何かを伝えようとしている

身振り手振りであまりにも一生懸命なものだから2人共顔を突き出して問い返した









『もうお2人共謝っちゃってください!』




『あ、謝っても多分許してくれない…と思う。令もそう思うよね』

『ええ、今の2人は何を言っても無駄だと思うよ』





『気持ちっ、気持ちを込めるんです』




『十分に込めてるって』

『うんうん』








『だからっ!今のお2人は蓉子さまとお姉さまが怖いから謝っているだけでしょう!?』




『『えっ?』』










『そうじゃなくて、いかにお2人が2人を大切に想っているかって事です!!』




『『…………』』











『それが伝わればちゃんと許してくれますよ、蓉子さまもお姉さまも…』




『『祐巳ちゃん…』』























素敵な後輩の素敵な助言に、2人共頭を殴られたような衝撃がした


そして目の前で未だに自分達を睨んでいる恋人と目を合わせて、唾を飲む






床に手を着いたのは2人同時だった












「ちょっ…?聖?令?」

「何やって…」








「「ごめんなさい!!」」












「本当、ごめん。いつもいつも若い初々しい子に誘われちゃうと断れなくて…」



「ごめん、祥子。こんな事だって判ったら直にその場で帰れば良かったんだ」











異例の出来事にその場に居た全員目を丸くする

助言の当人である祐巳もまさか其処までするとは思っていなかったため、驚きを隠せなかった










「そうは言っても貴方は今まで何度も何度も…」



「今度こそ!やめるから!!お金の無駄遣いしないから」








「令は優柔不断だから断れないでしょう、これからもそういう事には何度も出くわすと思うわよ」



「大丈夫、祥子っていう大切な人が居るからって断る。きっぱりと」
















2人のあまりにも懇願する模様に蓉子と祥子は顔を見合わせる



どんなにキツく当たっても2人共お互いに共に生きると決めた人だから、
其処まで言われては拒絶出来なかった


ため息を吐きながらも、この日初めての心の底からの笑顔を見せる













「信じるわ、子どもが欲しいっていう2人の目標のために貴方も尽くしてくれると」



「うん!頑張るよ、蓉子にも楽させてあげたいし。頼れる親になれるように頑張る」









「私のためなら死んでも良いと言った貴方の言葉を胸に刻んであるのだから、その誠意を見せて頂戴ね」



「もちろん、祥子を愛しているから優しさだけじゃ何も解決しないんだと努力するよ」































「甘い!甘いわよ、蓉子さまも祥子さまも…!!」



「でもやっぱり愛する人なんだから信じてあげたいじゃない。私も由乃さんの事信じてるよ?」



「うっ…祐巳さんにそう言われちゃうと弱いんだけどな……」



「うん、有難う」










「聖さまも令さまもあそこまで言っておいて実行に移せなかったら今度こそ自業自得だよね」



「でもはっきりと断言なさったのだから努力はすると思うわよ、その経緯を見て蓉子さまも祥子さまもそれぞれ判断なされば良いと

思うわ」



「……志摩子さんは合コンなんか行かないでね?」



「当然よ、乃梨子だけで私は満たされるもの」
































「なんだ、皆つまらないわ。せっかく久しぶりに面白い物が見れると思ったのに」






















「「「「「「「「……………」」」」」」」」



























…それから皆で和気藹々と聖の店で同窓会もどきを行っていたが、

その場を聖と令の携帯の着信音の鳴り響く音が支配した


2人とも慌てて自分の携帯に出るが、その顔は青褪めている





つい先程別れた女性達からデートのお誘いでまたしても蓉子と祥子の怒りを買うはめになったのだ――――








































fin