天気は晴れ

気温は高め

カラッとした気候





と、なればやっぱり此処しかないでしょう!





















「ん〜っ、海ぃいい〜〜〜!!!」








隣で叫ぶ聖に蓉子と令と祥子は眉を顰めて自分の耳を塞いだ

何故かテンションが高めの聖は、
3人とっては喧しいだけの存在である







「煩いわよ、何でそんなにはしゃいでいるの」

「だって海だよ!?海とくれば、水泳!ビーチバレー!カキ氷!何よりも水着の美女よりどり!!!」

「……さぁ、行きましょうか。令、祥子」

「…はい」

「…はい」







公衆面前で破廉恥な事を大声でほざいてみせる彼女に、
3人は他人の振りをするという業を用いてみせる事にした

聖を置いて砂浜に降り立つと、夏の太陽のせいで暑く化した砂がサンダルの底へ侵入してくる


その暑さに思わず片足を上げてパタパタと底と足の裏を叩き合わせて砂を追い出す




けれどやはり其の顔は何処か楽しそうで


それはやっぱり此処が海だからだろう








生命の誕生した場所であると謳われている大きな海

何処か懐かしさを思い出させるのはそのせいなのか









其の答えは此れだと断言出来る人間などこの世には誰も居ない

















「私前から思っていたのだけど」

「はい?」

「どうして聖はケアしなくてもあの白い肌で居られるのかしらね」

「…ええ、そういえばそうですね。羨ましい限りです」









令に立てて貰ったパラソルの下で蓉子と祥子は自らの腕に日焼け止めクリームを塗りながら、


スイカのビーチボールを投げ合っている聖と令を眺めてそんな事を洩らす

つい先程まで、クリームを塗ってあげるよ〜とか下心ありまくりで周りで騒いでいた聖は女性にとっては羨ましい部分を集結させたような存在だ




最も贅沢を言っては罰が当たるくらい蓉子と祥子も充分魅力的な女性なのだが


ふと、前方を眺めていた祥子が蓉子を呼ぶ









「お姉さま、あれをご覧下さい」

「ん?」





祥子の目が向いている方向を見やると、
其処には先程聖が言っていた"水着の美女"達に囲まれている2人が居た

一気に蓉子の周りのオーラがどす黒い物に変化し、
祥子も其れにつられるようにオーラを変化させた

美女が怒ると怖い、と良く言われるように

今の2人もかなり怖いものがあった








「君達何処に住んでいるの?」

「教えるから遊びに来てくれる〜?」

「もっちろん、行っちゃうよ!電話番号教えてあげるね」

「ちょっ、聖さまっ…其れ私の番号じゃ……」





そんな恋人達の事など露知らず、聖は持ち前のフレンドリーさでもう女性達と打ち解けていた


けれど別名・祥子の忠犬ハチ公(ちなみに名付け親は由乃である)の令は聖の後ろで派手な女性達にビクビクしているだけで

そんな令の性格などお構いなしに聖はあろう事が女性達に令の番号を教え始める
暗記しているのか、スラスラと口から飛び出てくる番号を聞いているうちに令の顔は蒼白なものになっていく







「…090……此処に電話してね〜」

「なっ、何で私の番号教えるんですか!?」

「だって令の番号覚えやすいんだもん、私は自分のなんか暗記してないし」

「だからって無許可で人の番号教えるのは最低じゃないですか!」

「いいじゃん、令が私と此の子達の繋ぎ役をすればいいだけだよ」

「そんな事したら祥子に何て言われるか!」

「別に令が遊ぶ訳じゃないじゃない、堂々としてな。ま、遊んでもいいけど」

「いいけどって大体蓉子さまに怒られますよ!!」

「蓉子ね……あの様だけど?」

「え?」






其れまでケラケラ笑って流していた聖だけれど、蓉子の名前が出てきた瞬間ブスッと不貞腐れ顔になる
そして聖の指す方向に令は顔を向けると、

其処にはいつの間にか蓉子と祥子が居た筈のパラソルの下には何人かの男性が囲っている









「あっ…あああぁぁぁあっ!!?」

「2人とも宜しくやっているって事じゃない、だから私も好きにやらせて貰うの」

「駄目ですよ!絶対2人とも困ってますってば!むしろ私も困ってます!!」

「煩いなぁ、そんなに気になるなら行って来れば?」

「っ聖さまは蓉子さまがどうなってもいいんですか!?」

「蓉子なら大丈夫でしょ」

「その根拠は何処からくるんですか!!!」







焦っているせいかいつもより少しだけ強気に意志を告げる令に、
聖は頭を掻き毟って目の前に居る女性達を見る

きょとんとしている彼女達にニコリと笑いかけ、その場は誤魔化すと

令の腕を引いて彼女達に聞こえないように自らの身体で壁を作り隠れる






「判ったからちょっと落ち着いてって、あの2人なら本気になれば男の1人や2人簡単に追い払えるでしょ?」

「其れは…まぁ……」

「でもあの男達は10分近くあそこに居る。つまり2人とも悪い気はしてないって訳だ」

「えっ」

「だから私達もエンジョイして問題は無い、と」

「そんな…」

「其れに蓉子はともかく祥子なら困った時は素直に令に助けを求めてくるでしょ?」

「………」

「だからさ、たまには違う場所で違う人達と遊ぶのも気分晴らしになるしさ」








そう言われてしまうと令としては反論の余地も無い
黙り込んでしまった令の肩を抱いて、

"水着の美女"達に振り返ると先程までの話に戻る
















聖に肩を抱かれて振り向いてしまう令と、一瞬目が合った

けれど、
祥子は助けを求める事なんか出来なくて


にこやかに男性達と話をしている蓉子を横目で見る



聖に対する仕返しなのか

それとも見せしめなのか


それとも、本当は心の底で聖にこっちへ来て助けて欲しいと思っているのか



いずれにしろ定かでは無いが、
今の蓉子は仕事上の似非笑顔の他何物でもない

只の愛想笑いしかしていないのは、深い関わりを持つ人には判る



悔しいけれど、聖と居る時が蓉子は1番幸せそうで1番楽しそうなのだ











「じゃあさ、此れから俺達と飲みに行かない?」

「此れから?」

「うん、此処から車でちょっと行った所に良い店があるんだ」

「そうね、どうしようかしら」

「連れとか居る訳じゃないんだろ?じゃあいいじゃないか、そのまま家まで送るよ」

「あら、其れは助かるわ」

「じゃあ決定!早速行こう!」

「ちょっと、お姉さま…」

「妹さんも行こうよ!お姉さんと一緒なら安心だろ?」

「っ…」









蓉子の事を姉と呼ぶせいで、
姉妹だと勘違いしているらしい夏の男達は馴れ馴れしくも祥子の腕を掴んできた

瞬間、顔が強張るのを見逃さなかった蓉子は其の男の腕に触れて微笑みかける






「あら、いいじゃない。私1人で。其れとも私じゃ不満?」

「いいえっ、とんでもないっす!!じゃ、向こうに車停めてあるんで行きましょう」

「そうね、でも其の前に…」







急にへらへらし始める男に立ち上がる様に促され、
蓉子は珍しく素直に立ち上がるが

直ぐに其の腕を解いて男達から1歩後ずさる


そして遠くの方へ顔を向けて声を張り上げる















「聖!令!」







「え?」

「あっ、はい!」












女の子達と戯れていた聖は、吃驚したように呼ばれた方角を振り返り


ずっと祥子と蓉子を見ていた令は直ぐに返事をする











「この方達が私達と食事に行きたいらしいのだけど、いいかしら?」




「なっ…私達にそんな事聞いて蓉子ったらどういうつもりだろう…?」

「…多分止めて欲しいんじゃないですか?」





次いで出てきた言葉に、
聖は蓉子達に聞こえないように令に耳打ちする

令は苦笑しながら首を傾げてみせる


けれど要点を突いている令の意見に聖は眉を顰める





「でも蓉子がそんな回りくどい事するかな」

「時にはすると思いますよ、蓉子さまでも。不安になったら」

「ふぅん、私より令の方が蓉子を理解しているみたいじゃない」

「其処でスネてどうするんですか。聖さまだって同じような事をしているじゃないですか」

「え?私が?」

「蓉子さまに、ヤキモチして欲しいんでしょう?」

「なっ…」

「大丈夫ですよ、充分してますから。聖さまも、ね」

「……」

「お互い素直になれないのは悪い癖ですよ」








令の言葉に、聖は顔を紅潮させで黙りこくってしまう



そして後輩の成長に目を見張るものもあるが

何よりも付き合い始めた日から蓉子との関係性の変わっていない自分に悔しい



蓉子を幸せにしてあげたい

蓉子の毎日を楽しくさせてあげたい

蓉子を不安な気持ちになんかさせたくない

蓉子にはずっと笑っていて欲しい




そう思うのは常々なのに、


想いとは裏腹に行動は失敗を繰り返し

あろうことが泣かせてしまったりもする時だってある



どうしてこんなにも不安定なのだろうか



















「きっと、人間は誰しも不安定なんですよ。其れを安定させてあげられるのは世界中で1人だけなんだと思います」








だから、運命の人だなんていうんじゃないですか?





















その言葉に、

聖は自然と足が動いていた

































「夕陽〜〜〜っっっ!!!!!!!!」


「煩いわよ」


「だってさ!あんなに綺麗なもの見てると凄い幸せな気持ちにならない?」


「ならないわ」


「えぇ!?」









水平線に沈んでいく太陽を浴びながら、

誰も居なくなった砂浜で聖と蓉子は座って麦酒を飲んでいた


あの後物凄い剣幕で自分の方にやって来て、
男達をあっという間に蹴散らせるとその後はずっと蓉子の側から離れなかった聖に

蓉子も呆れつつ嬉しさもにじみ出ている顔で居た



そんな2人に令と祥子も顔を見合わせて小さく笑う




車を回してくると言って先に駐車場へ向かって行ってしまった令と祥子


取り残された2人は寄り添って海を眺めていたという訳だ






首を横に振り、静かに否定する蓉子に
聖はショックを受けたように蓉子の顔を見る


けれど、蓉子はその後其れはまた静かに微笑んで夕陽に染まった聖の顔を見返してきた












「夕陽は無くても、聖が居れば其れだけで幸せな気持ちになるわ」


「……ありがと、私もだよ」


「ありがと」


「………やっぱりさ」





















水泳も良いけど

ビーチバレーも良いけど

カキ氷も良いけど

水着の美女よりどりも、やっぱり良いけど








其れでもやっぱり



海ときたら








蓉子が隣に居なくちゃ、でしょ




























fin