「祐巳ちゃん、明日時間取れる?」
















(え?あ…はい。どうかしたんですか?)




「うん……話があるんだ」




(…判りました、それでは何処に行きましょう?)




「そうだね、校門で待ち合わせしてそれから考えようか」




(はい、では…)




「うん、お休み。祐巳ちゃん」














(…聖さま、好きです)

















何とか動悸を抑えながら約束を取り付けて

切ろうとする寸前に受話器の向こう側で祐巳ちゃんが大きく息を吐いたのが聞こえた





何だか気になってそのまま耳に当てていたら


思わぬ発言に私は固まる












…どうして……









私はこの子に別れを切り出そうと明日約束を取り付けた、酷い人間なのに



どうして祐巳ちゃんはこの場で言うんだろう

どうして今…





















「祐巳、ちゃん?どうしたの、突然…」





(聖さまっ!!好きです、私は…貴方が)





「祐巳ちゃ…」





(……ごめんなさい、突然こんな事言われても困るだけですよね。それではごきげんよう、お休みなさい…)




















一気にまくし立てるだけまくし立てて勝手に電話を切られる


私は受話器を手にただ放心していた






そんな事って…否、とても嬉しいけど


でも祐巳ちゃんは、どういうつもりであんな事を言ったんだろう








もしかして





全て


















知っている?






















祥子が言う筈が無い






蓉子も、言う筈が無い



もちろん江利子も…















どうして………









































『聖さま、私は…聖さまが好きです。不安な時はいつも側に居てくれた…聖さまがとても大きい存在なんです、私にとって』




『祐巳ちゃん……』




『……毎日聖さまの事ばかり考えているんです、気がついたら。どうしよう、私こんなつもりじゃ…』




『祐巳ちゃん、有難う。でも私は君の側に居る資格は無いんだよ?私はこんなにも醜いから…』




『違います!資格とか、そういう事じゃなくて…私は貴方に側に居て欲しいんです。そして私は貴方を救いたいんです』




『救う?』




『聖さまは醜くなんかありません、むしろ眩しすぎて目が眩むくらい綺麗な方ですよ』




『……祐巳ちゃん』




『貴方を縛っている闇から、貴方を引っ張り出したいんです。それは、私じゃ駄目でしょうか?』




『そんな事ない!でも…』




『聖さま、貴方が好きです。何よりも…貴方が愛しくて仕方ないんです…』



















そういえば、付き合い始めた時…告白をしたのも私だったんだ



はっきりとした返事は貰えなかったけれど

それまでの関係とは明らかに変わって、聖さまは私がいつも側に居る事を決して拒まなかった




それどころかとても優しくて







私は自惚れてしまったんだ





















聖さまも私を好いてくれている、って









そんな事…











最初から無かったのに




























聖さまとの今までを、夢で見た










聖さまと出会った時



聖さまに助けて頂いた時



聖さまにからかわれていたとても楽しかった時



聖さまと付き合い始めた時




聖さまと初めてキスをした時




聖さまと初めて身体を重ねた時





















いつだって、聖さまは







困ったように笑うだけだった――――――






































昨日会ったばかりだと言うのに



既に校門に来ていた祐巳ちゃんは

とても綺麗だった





1人、花びらも葉っぱも散った桜の木を見上げていた





声をかけるのが勿体無くて

声をかけたらその姿が消えていってしまいそうで







私は校門から少し離れた所で立ち竦んでしまった







桜の木を見上げていた頭が、ゆっくりと地面に下ろされて



小さく吐いた息が真っ白く宙に解けて消える







ふと、その綺麗な大きな目が私の方へ向けられて


どんな顔をすればいいのか判らなかった私へ向き直ってきた祐巳ちゃんから発された言葉は、






想像以上に胸を締め付けるものだった





















「ごきげんよう、聖さま……こうして会うのも最後ですね」
















「っ……祐巳ちゃ…」












言葉に詰まる私を見て、祐巳ちゃんは小さく笑う


そして私の前に歩み寄ってきた














その柔らかい腕が私の肩へと伸ばされる























「今日、呼び出された訳は判ってます」





「っ誰から聞いたの?」





「聞いてませんよ、何となくです。女の勘ってやつですかね」





「…………」















祐巳ちゃんが全て知っていたという事実に絶句する私を他所に


私の肩に置かれていた腕が、そっと私を引き寄せた





祐巳ちゃんの身長に合うように少ししゃがませられて、




その顔がふと近付いてきた














高校卒業の時にくれた、触れるだけの


頬にキス







祐巳ちゃんはもう1度同じ場所に


静かにしてくれた












ゆっくりと離れていく顔を、


ただ見つめていて








気付いた事が1つだけある



















祐巳ちゃんの目元は真っ赤だった


きっと昨日の夜は泣いていたんだろうか









その原因が自分だと考える間でも無かった



















どうしても放って置けなくて



自分の腕を祐巳ちゃんの背中に回して抱きしめようとした











けれどそれは祐巳ちゃんに掴まれて、叶わなかった
























「祐巳ちゃん…?」




















「駄目ですよ、聖さま。私を抱きしめたりなんかしたら」
























その言葉の意図が判らなくて、


ただ突っ立っていたら



祐巳ちゃんは小さく肩を竦ませて笑う
























「この腕は私じゃない、あの人を抱きしめるためにあるものですよ」



































「祐巳ちゃん」





































「さよなら、聖さま。祐巳はとても幸せでした。例えそれが偽りだったとしても…」




































「祐巳…」






































「早く行ってあげてください、待ってますよ?蓉子さまは貴方の言葉を」

































「……さよなら、祐巳。君と居た日々は決して偽りなんかじゃなかったよ、とても楽しかった」







































有難う












それだけ言って



私は彼女の身体を抱きしめる事はしないで、


















握手を交わした


















最後に握ったその手は






とても温かくて柔らかった――――――
























































「蓉子」













「………聖…」




























「ごめんね、待たせて…。私は馬鹿だからさ、蓉子の存在が見えてなかったよ。近すぎて…側に居るのが当たり前だと思ってた」



























蓉子の手を、握る









あぁ、この手が




















この手に触れたかったんだ


































ずっと、ずっと





























あの日から……























































「蓉子、愛してるよ。貴方を世界中の誰よりも、愛してる」



























目から涙が零れてくる




でも拭う気になんかなれずに












きっとこの17年間生きてきて1番穏やかに優しく微笑めているかもしれない




























私は、18年目に











初めて本当の気持ちを言えた

































白い雪の降る、ホワイトクリスマスだった






















































「聖、私は貴方を望んでいいの?」










「もちろん、私は蓉子にしか応えないよ」



























































fin