本当に好きな人となら何だって怖くはないわ













その瞳に私を映してくれるだけで嬉しい




その腕に包まれるだけでとても安らぐ




その笑顔で優しい言葉をかけてくれるだけで励まされる



















あの人とのキスはあの人の優しい気持ちが零れてくる





あの人と肌を重ねるのは気持ち良い


































でも、その幸せはあっという間に崩れ去る






















マリア様、私達は此処で離れ離れになってしまうのでしょうか?











































ズキン










ズキンッ

























最近、突然襲った頭痛がまた私の脳を刺激する




特に風邪を患ってる訳でも無いのに決まった間隔でやって来るそれは

とても痛くて息が詰まりそう





少しでも和らげようと眉間を押さえながら何とか言葉を発した


けれどそれはどうしても刺々しいものになってしまう


















「………それで?」

















放課後の薔薇の館は静寂に包まれていた


それは、ただ皆が仕事に没頭しているからじゃなくて

その場の空気を読んでそれぞれ自主的に流れを見守ろうとしていてくれるから








その中で令は1人、仕事の手を休めずにシャープペンをカリカリ動かしている



こんな時ぐらい手を休めてちゃんと話してよ、と思うけど

こんな時だからこそ令は私を真正面から見られないんだろうと冷静に分析している自分が居た
















「だから、そういう事」













「…はぁ……、由乃ちゃんは知ってるの?」
























ズキン













ズキン




























「知らないよ、言ってないから」











「怒るわね」










「怒るね」






















何でこんなに冷静なんだろう



本当は胸の奥はざわざわしてしょうがないのに…









頭を刺激する痛みのせいもあって、いつものように思った事を言えない













「お姉さま…」





「何?」














大切な妹である祐巳の言葉にも上手く柔らかく受け答えする事が出来ない

少し脅えている祐巳さえも今は苛つかせる要素である以外他無い















「それで、良いんですか?お姉さまは…」






「良いも何ももう令がそう決めているんだから仕方ないでしょう」






「でも……」






「何が言いたいのよ、はっきりして頂戴」























「祥子、そんなにキツい言い方しなくてもいいじゃない」








ズキンッ








苛つかせる原因である令の言葉が更に私を煽った


もう止まらない痛みに我慢も限界だから



















「悪いけど私帰るわ、皆も仕事はキリの良い所であがって」













「ちょっ、祥子!!」






















誰かの声も聞こえないように扉を急いで閉める



階段を降りる音も賑やかに聞こえるくらいに館の中は静まり返っていて

逆に静か過ぎて頭痛を更に激しくさせるだけでしかなかった
































何なの













ズキ












どういう事なのよ












ズキン

















どうして1人で決めちゃうのよ

















ズキンッ



















私はその程度の存在だったの?











































『私フランス行くから、卒業したら。向こうの学校で3年くらい学んでくるんだ、その準備でしばらく忙しくなるんだよね』

































マリア像の前を過ぎる所で、祈りを捧げる事を思い出して踏みとどまる








祈りを捧げる…




何を祈ればいいのか判らない













何を?























令の事?





でもそれは駄目










だって令の将来を潰す事になる




それだけは駄目なのよ




















例えどんなに私が寂しくても




どんなに寂しくても…駄目なのよ




















令の将来は、令の物だから



































「祥子!!」



















背後からの声に振り返ると、


令が息を切らしながらそこに突っ立っていた





手には鞄とコート

慌てて帰る準備をして追いかけてきてくれたのだろうか









やっぱり、優しいのね


貴方は





無償の優しさで包み込んでくれる
























「あの、その……ごめん。いきなりあんな形で言うべき事じゃなかったと思う」







「……いいわよ、キッカケが無かったんだから丁度良い機会だったんでしょう?」






「うん……でも、祥子っ」
















ズキン





















ズキン


























私の腕を掴んでくる令の手が熱い














優しい手





何度この手に抱きしめられてホッとした事だろうか











でも、もう…この手は私を追いかけてはくれない



追いかけられては困る








だってこの手は









夢を掴むために伸ばさなきゃいけないから


何時までも私を掴んでいてはいけないわ











手首を掴んでそっと引き剥がす


訝しげに眉を顰める令の顔を真っ直ぐに見据えて、精一杯の笑みを浮かべた












ズキンッ
































「じゃあ、私達も今日で終わりね。明日からは普通に親友として接するわ」



























「何言って……」














「だってそうでしょう?3年も遠距離恋愛なんて出来る訳ないじゃない」










「祥子…」











「少なくともその3年で私もいろいろあるのよ、大学行って就職して…結婚もするかもしれない」












「祥子!!」














「だから…もう、別れるしかないわ」











「そんな」









































「さよなら、令。貴方と過ごした日々は毎日が輝いていたわ」





































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