静かな朝
なのに、いつもと違う空気が支倉家を支配した
テレビの前で突っ立っている父親の耳に
煩い程に鳴り響く電話のペルが入り込む
台所で呆然としていた母親が、慌てて濡れた手をエプロンで拭きながら
動揺して震えている手を何とか収めながら受話器を取った
「はい、支倉っ……です…」
声の震えはどうしようもない
ただ、母は口を押さえながら
どうか
どうかこれが現実でありませんように
と祈るしかなかった
(あ、小笠原と申しますが…令さん起きていらっしゃいますか?)
「あぁ…祥子さん…ちょっと待っててね、令を起こしてきます」
(まだ…起きてないんですか?なら……)
「いいえ、いつもなら起きているんだけど…今日は珍しくまだ降りて来てないの」
「令っ!令〜?祥子さんから電話よ!!」
しばらくの静寂の後
返答のない娘に不審に思った母親は階段を昇って
廊下の突き当たりにある令の部屋に入った
「令…?っ!!令!どうしたの!!?」
目の前には、
床にうつ伏せて震えている令
慌てて駆け寄って令を抱き起こすと
娘の顔には汗が張り付いていた
「令!しっかりしなさい!!どうしたの!?」
「あ…っ、判らない…何だか急に力が抜けて…凄く、苦しいんだ」
「まだ熱が治って居なかったのね?だからまだ学校には行っちゃいけないと言ったのに…」
令は、震える唇で
母親の顔を見上げた
そして、蒼白な顔つきで言葉が紡がれる
「違う…累に、何かあったんだ……」
「もしもし…祥子さん?令の父です」
(あ、お父様ですか?こんな朝早くに申し訳ありません)
「いや、今、立て込んでいてね。令は電話に出れそうに無いんだ」
(そう…ですか。あ、あの!ニュースはご覧になりましたか?)
「……あぁ、見たよ。君も見たのか」
(あの…事故ってまさか累さんじゃ無いです…よね?)
「……………」
「お父さん、祥子からでしょ?私は大丈夫だから代わって」
階段下で、受話器を手に立ち尽くしている父親を見て
令はふら付く頭を支えながら階段を降りる
令と、令の母にも負け劣らず青い顔になっている父親は無言で令に受話器を引き渡した
「あぁ、祥子?どうしたの?」
(令?大丈夫なの?今立て込んでいるって…)
「ん、何とかね。にしてもこんな時間に珍しいね」
(令…テレビは見た?)
「いや、今降りて来たばかりだから」
(M駅の近くで…バイクと大型トラックの事故があったそうよ」
「え?……ちょっと待ってて」
まさか、と思いつつ
電話機の周りで立ち尽くしている両親を押しのけてリビングへ入ると
テレビから女性アナウンサーの原稿を読み上げる音がした
画面には大破したバイクが1つ
その脇には正面が見事にヘコんでいるトラック
現場らしき場所には、ガソリンと
真っ赤な血が流れていた
『良いでしょ、このバイク。シャドウっていうんだ。高いけど…ずっとこれに乗りたかったんだよ』
中古だけど、新品同様に綺麗なバイクを前にして
嬉しそうにタンクを叩いていた累の顔が脳内を過ぎる
大破していたのは、
バイクには詳しくないけれど累のお陰で1つ知っていた種類
それは、シャドウ
ハンドル部分が曲がっていて
運転し辛そうな、それでも格好いいバイク
『バイクに乗っていた支倉累さんは重体ですぐに病院へ運ばれましたが、未だに意識は戻ってないとの事です』
「……嘘…」
『トラックの運転手は、飲酒運転で前を走るバイクに後ろから追突したと、目撃者の老人が証言してくれました』
寝ている時に
突然襲われた…突然力が抜けたのは……
累が意識を失ったから?
それとも、もう…
「令ちゃん!!」
「由乃ちゃん…」
玄関のドアが勢い良く開け放たれる音がして
すぐに廊下にいたお母さんの声がした
「令ちゃん、あのバイクって…累ちゃんのものだよね!?そんな…私さっきそこで会ったのに……っ」
「…会ったって……?」
掴みかかってくる由乃の顔を
何だかボンヤリ見ながら令は聞き返す
由乃の瞳から、涙がとめどめ無く溢れ出した
「ついさっきそこで累ちゃんと会ったのよ!令ちゃんを宜しく、って…!!!」
「累、が?」
「どうしよう!累ちゃん、意識不明って!!令ちゃん、どうしよう!?」
ねぇ、累
どうして君は、
全てを
全ての悲しみを背負おうとするの?
お願いだよ
君を想っている人達を忘れないで
お願いだよ
君を見守っている光を見失わないで…
ねぇ、令
ごめん
世界中の誰よりも、君が好きだった
君以上の理解者は居ないと思っていた
君は、私で
私は、君で
ずっと…これからも
ずっと一緒だと思っていた
令、赦して
私は…
ただ、令に側に居て欲しかっただけなんだ
ただ、
私を私として見てくれる人が
欲しかったんだ……
大好きだよ
祥子
江利子さん
由乃
令…
next...