「お姉さま…」
頬を伝う涙が、シーツに染みになって吸い込まれてく
私の想いはあの人へ届かず
ただ、空虚を彷徨っていつの間にか消える
「この大空にさ、悲しみが無いなんて誰が決めたんだろうね?江利子さん」
「貴方、何がしたいのよ…?」
「この大空がさ、自由だなんて…誰が決めたんだろう。悲しみに溢れている世界にそんな物ある訳ないじゃないか」
「累」
「私はね、江利子さん。ただ…自由になりたかったんだ」
ゆっくりと
スローでこちらを振り向く彼女の顔は
夕日に照らされて
とても切ないものだった…
「解けて、消えて、…いつの間にか居なくなりたいと思った事はない?」
「江利子。早いわね、もう来てたの?」
「何でこんな所に居るのよ?病室に行かないの?」
親友達の声に、うつ伏せていた顔を上げる
いつの間にか来ていたのか、蓉子、聖、祐巳ちゃん、志摩子、由乃ちゃんが挙って私の顔を覗き込んでいた
「累なら居ないわよ、屋上に逃げ込んでいるから」
「え…、会ったのに一緒に居ないって事?何で?」
きょとん顔で訪ね返してくる聖を、ただ無表情で見つめ返すと
何かしら悟ったのか、親友達はそれ以上突っ込んでこなかった
「令…なら居るから、とりあえず行けば?」
目の前にある個室のドアを指して、メンバーに促す
私の方を気に掛けながらも、触れてはいけない何かがあるのだと察したであろう蓉子達はぞろぞろと病室へ消えていった
最後に聖が入ろうとするのを見て、
私の口は無意識に引き止めていた
「聖」
「ん?」
首だけ振り向いて片眉を上げる聖に、
目線だけで話があるのだと伝える
するとドアを一旦閉めて、正面に向き直った
「…何?どうしたの?」
「累の事だけれど」
その名前が出ただけで、少し表情が曇るのが可笑しかった
嫌われたものね、あの子も…
「1度あの子とちゃんと向き直って話してみなさい」
「…何で私が?その、累さんとやらとは何も関わりないんだけど」
「だから、関わってみなさいって言っているの。貴方とあの子、話が合うと思うわ」
「……そうは思わないけど。令の姉妹でしょ?令と話合うとは思わないもん」
「ふふっ」
首を傾げて、訝しげに眉を顰めてみせる聖に
私はただ微笑む
「あの子の種類は令なんかとは正反対だわ。貴方と同じ種類の人間よ」
「支倉さ〜ん」
……。
「支倉累さ〜ん」
おかしいな、江利子があの人は此処に居ると言っていたのに
結局江利子の言いたい事は判らなかったけれど
でも何だか気になって、
結果としてはこうして会いに来ている訳だ
何だか変な気分
ついさっきまでは部外者として累とその周りを囲む複雑な人間関係を眺めていただけなのに…
今はこうしてその複雑な輪舞の中に入ろうとしている
「はっせくら、累さぁ〜んっ!!」
「…煩いなぁ、誰だよ」
声のした方に振り向くと、
貯水タンクの上から令と同じ色の髪が見えた
…煙草臭い
とりあえず脇に付いていた梯子を上る
覗き込むと、支倉累が寝転がって煙草を吹かしていた
目だけこちらにやる彼女の様子が、何だか好戦的だったから
苦笑して手を振る
「はろー」
「…誰?」
「覚えてない?薔薇の館で会ってんだけどなぁ」
「……あぁ、やけに日本人離れした人が居るなとは思ったけど…あの人?」
「あの人かどうかは判らないけど、多分その人…だと思うわ」
「ふぅん…で?何の用?怒りに来た訳?」
目をぱちくりさせる
だって、自分が誰かに怒られる事をしていると判っていて一連の事を巻き起こしているというのだから
そんな面倒くさい事を何故この子はするのだろう
彼女の隣に腰掛けてその顔を覗き込んだ
頭に巻かれている包帯と
頬に貼り付けられた大きなガーゼが痛々しい
その間に覗く大きな瞳は
鋭く尖ってて
瞳に映るは、ただの無虚だった
「…君さぁ、令と双子ってホント?」
「見りゃ判るでしょ」
「う〜ん…全然似てないけどなぁ」
その瞳が大きく開かれた
累の周りだけ時間が止まったかのように…
「ね、累。君は、死にたかったんじゃないの?」
「…………っ…」
彼女は、勢い良く身体を起こそうとしたが、
2つのギプスがそれを邪魔する
だから背中を支えて手伝ってあげた
何とか上半身を起こした累は、再び私を凝視してくる
「…聞いたの?江利子さんに」
「あ〜、だから江利子がいつに無く暗かったんだ…」
「聞いた、訳じゃないのに何故それが判るの?」
何だか、目の前に居る少女は
子どものようで
ただ知りたい、という事だけが顔に表れていた
累の頭を撫でて、微笑む
「私も消えたかったから」
「……貴方が?そうは見えないよ」
「あ、私は佐藤聖。聖って呼んでいいからね」
「じゃ、聖さん。貴方には何もかも揃っているように見える。友人も家族も…」
「そうだね、蓉子と江利子。そして山百合会の皆が居るから今の私は居るといっても過言じゃないよ」
「……………」
「ねぇ、累。君はただの小さな幼い子どもだ。誰かに自分を見て欲しくて、ただ泣き続けている子どもだ」
「……そうかもしれないね」
「でも、それが悪い事だとは言わない。私もそんな時期はあったんだから。それで得た物は大きかったよ」
「…山百合会の仲間?」
良く出来ました、というようにもう1度その頭を軽く撫でた
何だか照れくさそうに口を窄める彼女が可愛らしかった
そうか
この子は…
あの日から時間が止まっているんだ
あの日、闇に放り込まれたせいでこの子を渦巻く時間が本当に止まっているんだ
だから令が自分の先を歩いてくように感じて
置いていかれる感じを受けて
一生懸命振り向いて欲しくて泣き続けている小さな愛しい子どもだ
「大丈夫、私達が居るよ。江利子も祥子も…令も君をかけがえの無い人として大切に思っているさ」
夕日が
地平線に沈み行く夕日がとても綺麗だった
この世にはたくさんの思惑があって
それぞれがその事だけを考えているから
世界はとても狭く感じるんだろう
自分の周りを全体として捕らえるから
でも、少し背伸びして
歩き疲れたらたまには休んで
こうして一息ついてみれば、
すぐそこにもっともっと広い世界が私達を包み込んでいるのだと判る
その瞳に、映るのは…
「聖さん、私の話を聞いてくれる?」
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