「あら、令…起きてたの?」
「令ちゃん」
「ごきげんよう、令さま」
「ごきげんよう。お久しぶりですね」
「あ…蓉子さま、由乃…志摩子や祐巳ちゃんも来てくれたの?」
寝ていると聞いていた令は、とっくに起きていたらしく
個室に備え付けられている小型キッチンに立って何かをしていた
令が名前を呼ぶと、そこで初めて蓉子は聖がいつの間にか消えている事を悟った
廊下から話し声はしないからきっと累さんの元へ向かったのだろう
珍しい
聖が他人の所に自ら行くなんて…
「あれ、聖さまは…?」
「あぁ、本当ね。何処に行ってしまわれたのかしら」
由乃ちゃんと志摩子の会話を耳の隅に
私の意識は目の前の令へと向ける
…確かに令の顔色は良くない
そして少しやつれた感じがした
でもその表情が少なからずすっきりしているように見えるのは寝ていたからだろう
「あれ…、累さんは?」
ベッドや病室を見回しても、見舞いに訪れた人物は何処にもおらず
検査とかのために何処か別の場所に運ばれたのかと思ったけど、
ベッドの上に引っこ抜いた点滴やギプスの固定装置がバラバラになっているのを見ると
そういう訳でもないと理解できた
「…お姉さまと居ますよ。何処かは判らないけれど」
おかしい
いつもの令だったら、こんな状態を見たら慌ててふためくに決まっているのに…
慌てるどころかそのままに放置してある
「江利子さまなら、そこの廊下に居ますよ?」
祐巳ちゃんの言葉にハッとしたように令は一瞬動きを止めたが、
ヤカンがお湯が沸いたと訴え始めて
ガスを消した
「そう……」
「令ちゃん?どうしたのよ?累ちゃん連れ戻しに行かないと!点滴だって…」
「いいんだ、由乃。累は、目覚めて最初に会う人を私に選ばなかったんだ」
掴みかかってくる由乃ちゃんにも、何処か虚ろ気に応える令
何だか全てに絶望したような眼差しだった
「令、しっかりしなさい!貴方がしっかりしなくてあの子は…」
それだけ言うとツカツカとベッドに歩み寄り
点滴を止めて、シーツに染みを作っていたチューブをサイドテーブルの上に置く
ふと、あるものに目が行った
薬の染みとは別にある、小さな染み
…令が泣いたのだ、と理解するのにそう時間はかからなかった
由乃ちゃんの前に突っ立っている令に、顔をやると蓉子は口を開く
「令…ショックなのは判るけれど、とりあえず今は目を覚ましてくれて良かったじゃない」
「…はい、そうですね」
「このまま目を覚まさなかったら、昏睡状態に陥ってたのでしょう?植物状態になってもおかしくないって聞いたわよ」
「………はい」
「聖さん、皆の心の中に居座り続ける方法って知ってる?」
「難しい事を聞くねぇ、突然」
頬をポリポリ掻きながら苦笑してみせると、
累は何故か嬉しそうに、はにかんだ
「それが死ぬ事だよ」
「……意味が判んないんだけど」
「だからさ、死ねばずっと皆の心に居座れるじゃない。累っていう人間が居たんだ、って」
「君は、悲しい事を考える人だね」
素直に感想を述べてみたら、またしても累は声をあげて笑い出した
その唇に挟まれていた煙草を取り上げて、灰皿代わりになっていた空き缶に落とす
「でもさぁ、それっていつかは消えるよね」
「え?」
「どんなに大切な人だったとしても、その後の皆の人生にその人が還って来る事はないと皆気付くんだ」
だから、いつまでもウジウジ悲しんでじゃいけないと…
そのうち皆の日常からその人は消える
最初から居なかったかのように
居ないのが当たり前のように…
栞だって、そうだった
あんなに栞しか見えなかったのに、
今では栞は私の側に居ない事が当たり前になっている
でも、大切な人だけど…
いつまでもそればかりじゃ、見える事も見えなくなってしまうからね
蓉子が気付かせてくれたんだ
…そっか、蓉子か……
「ねぇねぇ、累。蓉子には会った?」
何だか…リレーみたいだな
累と、話すべきだろうって人と見合わせる
う〜ん、カウセリングしているみたいで気が引けるけれど…
江利子に出来ない事を私が出来るから私が会う
私に出来ない事を蓉子が出来るから蓉子が会う
蓉子に出来ない事を江利子が出来るから江利子が会う
そういう、助け合う感じだからいいか
実際1年前に私を救ってくれたのは蓉子だったし
こういう人の扱い慣れていると思うから
「蓉子?今度は誰?」
「え〜とね、蓉子も薔薇の館で会ってるんだけど…黒髪で、あ、祥子のお姉さまだよ」
「あ〜、リリアン特有の面倒くさい制度?じゃああの真面目くさい人か」
「……そうそう、真面目くさい人。うん、確かに真面目くさいわ、蓉子は」
「いいよ、誰にでも会う。解決策を教えてくれるなら」
「そっか。じゃあ呼んでくる。今皆来てるし…。ねぇ、累」
夕日を背に、立ち上がると
最後に累を見やる
「君の言う解決策は、もう君の中で決まっているんだろう?」
「……………」
「大丈夫、蓉子は全てちゃんと受け止めてくれるから」
「……素敵な仲間だね、江利子さんと聖さんとその蓉子さん」
「もちろん、令も祥子も皆そうだよ。そして累、君もだ」
「ありがとう…」
聖が屋上から出て行くのを見届けて、
累の独り言は誰の耳に入る事もなく消えた
そろそろ、夜がやって来る
next...