累が、目を覚ましたと知ったのは
実際に目を覚ました時よりも…ずっと後の事だった
1番最初にそれを知ったのは、江利子さまだったのだと
そして1番最初に累が選んだのは江利子さまだったのだと知って
私の心はただ雨が降り注ぐ
冷たく、冷酷に私の心に染みを作っていくソレは
とても寒かった
あぁ、累はずっとここに居たんだと
何だか累に1歩近づけて矛盾しているけれど、嬉しかった
ねぇ?累
もう1度、貴方を照らしたいわ
もう1度、貴方に抱かれたいわ
それだけ貴方を求めているの、判らない?
なのに、貴方はいつでも私じゃない誰かを見ていた
その瞳に、少しでも私を映して欲しかったの…
「祥子…」
「っ…」
待ち望んでいた声に、振り返ると
そこには苦笑してただ佇んでいる令が居た
「あ…」
そうだったわ、累と同じ声を持つ人間がこの世にはもう1人居たわね…
最初に、最初に累を求めた時に
この人に似ているから、求めたのだと
今頃になって思い出す
「…ふふっ……」
「…?祥子……?」
自分の顔を見るなり笑い出す私に、
訝しげに顔を歪ませる令
そんな貴方が、
好きで
好きで
堪らなかったのよね、私は…
「累、は?」
「あの…ごめん、私で…。累が、行けって言ったらしいんだ、私に。…蓉子さまからの伝言だけど」
「…そう、相変わらず貴方にも会ってくれないのね?累は」
「……………うん」
累が、
私に会いに行けと?
令に?
どうして?
令に振られたと
令に想いを寄せていたのだと
知っているの?
「…帰るね、やっぱり。……祥子さ、おいでよ。病院に。累も喜ぶよ」
落ち着かないのか、部屋中を見回して
忙しない手をズボンの辺りで握ったり解いたりしながら令はそう言った
自虐な笑みが顔を支配する
どうして…こんなに令を傷つける事しか言えないのだろうか
どうして…こんなに大好きな人を傷つけてしまうのだろうか……
「令…」
部屋のドアを開けて、出ようとする令の背中に声をかけると
その身体がピタリと止まった
恐る恐るという形容が正しいのだろうか
そろりとこちらを不安げに振り向く令が
とても愛しかった…
「私は、貴方に似ているから累と寝たんじゃないのよ」
「……うん…」
「確かに、累と出会った夜は…貴方に振られて落ち込んでたから、きっかけにはなってたかもしれない」
「…そっか……」
「でも!あの人と寝たのは、あの人の良さを知ったから。あの人自身を愛したからよ?!」
令が、強張っていた令の顔が、
急に柔らかくなった
ああ、この微笑みが好きだったんだ…
累はしない笑い方
令だけの、
令特有の
とても優しい笑み
「判ってるよ、祥子。大丈夫、そこまで自惚れて無いから…」
「…………」
痛みも
熱さも
何も感じない
病院内のトイレに、
既に消灯されている廊下に
肌が焦げる嫌な匂いがした…
何個目だろうか
突然目が覚めて、トイレに向かって
夕方江利子さんに買ってきて貰った煙草で作った痕は…
火の消えた煙草を腕に押し付けるのを止めて、
洗面所に放る
洗面所に溜まった数本の煙草を見て
ただ、笑うしかなかった
ポケットから、令が持ってきたと及ぼしきフルーツナイフを取り出して
今度は鎖骨辺りにそれを静かに沈ませる
痛みも無く、ただその沈ませた先から紅い物が流れ落ちた
それはただ、胸を伝ってパジャマ代わりにしているTシャツに吸い込まれていく
ある程度沈ませると、今度は鎖骨の別の場所にあてがうと
また血の筋が流れ落ちた
血の
筋が
増える
気付けば胸板には、無数の切り傷がついていた
痛くも、何とも無い
「本当に生きてんのかなぁ、私」
そう思わざるを得ないくらいに、
身体は何の悲鳴もあげない
もう切りつける場所が無くなると、
しばらく紅く染まったナイフを見つめて
そして
今度は顔に持ってくる
上目蓋から、顎にかけて
長く
強く
強く
切りつける
「っ支倉さん!?何やってるの!!!!」
そんな声がしたかと思うと
手からナイフが叩き落とされた
目が
視界が真っ赤だった
思わず耐え切れなくて左目を閉じると
視界が半分遮断されて
鏡に映った自分がくっきり見える
顔の左半分を真っ赤に染まらせて
1本の大きな切り傷がある私は
酷く
醜かった
何だか
とても悲しいなぁ
こんな感情は
いつか昔に
何処かに置いてきた筈なのに
どうして
どうして
こんなにも
上手く行かない?
私の身体は
私の心は
いつから麻痺してしまったのだろうか…
会いたいよ
会いたい
お願いだから
私を見捨てないでよ…
ねぇ、令
どうして、人生はこんなにも上手く廻ってくれない?
どうして、私は
こんなにも
独りぼっちなんだ?
蓉子さんも
聖さんも
由乃も
祥子も
江利子さんも…
どうして
本当に欲しいものはいつだって手に入らないと決まっている?
私が欲しいのは
ただ
ただ、
暖かい温もりと
暖かい太陽なのに…
私を照らすのは、闇に浮かび上がる
闇でしかその存在を示す事が出来ない
月だけなんだ……
江利子さん
会いたいよ
お願いだから
私を、
抱きしめて…
離さないで…
気付けば
他の夜勤の看護婦を呼びに行った看護婦の背中を押しのけて
トイレから飛び出して
廊下から飛び出して
病院から飛び出していた
熱い
熱い
折れた身体中が熱い
痛い
痛いよ
痛いよ、痛くて…焼けるように、熱い…
江利子さんの部屋の窓が、見えた…気がした
そこで、私の意識は
痛みで途切れる
いつの間にか降り出していた雨が、
裸足の足と
薄着の身体を
打ち付けて、冷たくしていく
最後に見たのは
アスファルトに広がっていく、真っ赤な自らの血
その中に浮かび上がる
江利子さんの部屋から灯っている明かり
痛い
熱い
死にそうだ…
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