今でもたまに
貴方の事を思い浮かべて
貴方との想い出が沢山詰まっている庭の木に寄りかかるの
目を閉じれば
いつでも貴方が其処で笑っているのだけれど
目を開けてしまえば
ただの現実が其処にあるだけで
貴方は何処にも居ない―――
「江利子」
待っていた友人の声に、
木の後ろにある柵を見やると
蓉子が柵の向こう側から手を振っていた
夢の、時間は終わり
私は立ち上がって置いてあった鞄を手に取る
「遅いじゃない」
「ごめんなさい、仕事が立て込んでて…」
「蓉子のせいじゃないわ、聖が突然呼びつけるからよ。皆それぞれ用事があるだろうに」
「そうね、私も今朝突然店に来るように言われただけだもの」
門を出た所に、
蓉子の愛車があって
相変わらず稼いでるなぁ、と親友に感心するのは何度目だろうか
鍵を開ける仕草から、ドアを開けて乗り込む仕草まで合っているのだから
長年一緒に居る親友でも格好良いと思ってしまう
「何の用なのか聞いて無いの?」
助手席に乗り込み、シートベルトを締めながら問うと
蓉子はエンジンをかけながら顔を横に振ってみせた
「いいえ、何も。朝だから急いでたし、その時はあまり疑問に思わなかったんだけど」
「いくら聖でも突然呼びつけるなんて不躾な事しないでしょ」
「そうね…そういえば」
「そういえば?」
車を発進させてから、
しばらくして蓉子が口を開いた
私は窓から見える夜の景色を見ながら会話を合わせる
「静さんから手紙が来てたわ」
「令さん!」
……橋から川辺に降り立って、
彼女に駆け寄りながらも声をかけてみたけれど
反応が無くて
別にウォークマンなどしていないから音楽を聞いている訳でもないし
橋の上から見た限りでは寝ているなんて事はなかったし
不審に思いつつ、彼女の背後に立って肩に手を置く
ゆっくりと首だけ振り向く行動が
何故かとても長く感じたのは何故だろう
「……誰?」
令さん、と思ったその人は
全く違った別人だった
1度だけ廊下ですれ違った事のある人
笑いも泣きも、怒りもしない
今思えば常に黄薔薇様である鳥居江利子さまの側に居た印象しかないその人
「あ…累、さ…ん?」
「?誰だっけ」
私の問いかけに彼女は否定する事なく
ただ私の正体を訝しげに探るだけ
「静、です。蟹名 静、…リリアンに高校2年まで居たのだけれど」
私がそう言うと
彼女は少し目を見開いて
すぐに
微笑んだ
初めて見た
だって本当に
笑いも…泣きも怒りもしなかったのだから
どんな表情の変化でさえ見た事は無かったから
仕舞いには噂好きのクラスメート達の間では
凛々しくて素敵な令さんと双子というのは嘘だ、とか
血も涙も無い噂が流れた時もある
令さんに勝手に理想を押し付けて
挙句の果て、リアルを生きている彼女は存在すら否定する
何て、苦痛の世界だろうと思った
けれど今、
私がリリアンを去ってから7年が経った今
こんな日本とかけ離れた場所で
会うなんて夢にも思わなかった累さんは
柔らかく微笑んでいた――
「どうも、支倉累です。…えぇと、静さん?」
ベンチから立ち上がり、気取ったように頭を下げる彼女に
少し可笑しさが込み上げて笑ってしまった
すると彼女も歯を見せて無邪気にニッと笑う
こんな累さん初めて見たわ
「こんな所で会うとは思わなかったわ、貴方に」
「相当有名なんですね、私。さっきも何か其処のホテルで知らない女の子に声をかけられたんですよ」
「きっとリリアンの卒業生よ、卒業してから改めて修学旅行で来た此処に良く来るの」
「…私はオウムを見に来たんです」
「……オウム?」
累さんの隣に腰掛けてから
そう返すと
累さんは可笑しそうに笑った
「何か市場みたいな所に変な言葉を話すオウムが居るって聞いたんです」
「……あぁ!あそこのオウム?」
あの市場は修学旅行で此処に来た生徒達は必ず立ち寄る所だったから
私も修学旅行の時に行った
祐巳ちゃん達も行ったと聞いた
イタリアに来てから何度もご用達になっているあの市場を思い浮かべて問い返すと
累さんは更に可笑しそうに更に肩を竦めて笑い出す
「それがさぁ、あの鳥…『ゴキゲンヨウ』とか言うんだ」
「ええ、リリアンの生徒を沢山見てきていると思うからね」
「んでさ、『セイ』とも言った」
「『セイ』?……もしかして…」
「佐藤 聖の事思い出しちゃったよ」
大きく息を吸い込んでから、
長いため息をつく彼女の言葉に違和感を感じて
私は訪ねる事にした
「ずっと、会ってないの?あの方達に」
私がリリアンを去ったのは
2年生の終了式が終わった後
あの方の卒業式で
累さんを見かけなかった理由が判った
卒業式の前に
累さんは私よりも前に、
あの場所から去っていたから
「そろそろ、帰ろうと思うんだ」
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