『そっか、聖さんにね…』












煙草を吹かしながら、頷く彼女に


私は手にしていた珈琲を差し出す










場所を変えて近くにある穴場のカフェに入った後、

現地の言葉を知らないから注文は任せると言って累さんは1人屋外テーブルの方へ向かった






全く…現地の言葉を知らないのに外国へ行けるなんて相当度胸があるんだろうと感心しながらも
彼女が好きそうな珈琲と、私の好きな紅茶を注文する













そして屋外のテラスで、

私は彼女に話した





私の初恋の事






それを黙って聞いてた彼女は



最後に柔らかく微笑んで







頷いてくれた













『大丈夫だよ、聖さんは貴方の事大事に想っているだろうから』







『…だと、いいのだけどね』









『自分に好意を寄せてくれる人を嫌う人は居ないでしょ』
































何だか、彼女と話しているととても安らぐ




決して自分が欲しい都合の良い言葉だけをくれる訳じゃないけれど

それでもちゃんと聞いて

ちゃんと考えた上で言葉をくれるから






その言葉は本物なのだと信じられる


















この7年で、



累さんは世界中を周っていた、と言う


この目で、世の中の理を見たかったから、と






静かに言う彼女は





私なんかよりもずっと大人びてて


とても綺麗だと、思った






















『さっき言っていた…そろそろ帰るって本当?』





『…うん、帰るよ』




『どうして急に?』






『……リリアンと深い関わりのあるイタリアに来たのが間違いだったかな』





『どういう事?』
















『この7年間は大丈夫だったのに、今私の中であの頃の事が大きく膨れ上がっている』















会いたいんだ、江利子さんに









会いたい…














皆に



























































「江利子、どうするの?」






「…何が?」











「累が、会いに来たら何て言うの?」













可愛い妹達の中で注目を浴びながら

私は聖の言葉に答える
























「どうもこうも…在りのままの事を言うわよ、あの頃とはもう違うんだから」














「……そっか」










「それで、いいわよね?令」
















話の中心であるあの子の、相方に訪ねると


令は自分に振られた事に一瞬戸惑ったけれど





すぐに笑ってくれた


















「累も、判ってくれると思いますよ」



















笑って、くれたけれど





寂しそうな笑顔に


江利子は居た堪れなくなって視線を逸らす

















もう少し、早ければ


私はあの人と婚約しなくて済んだ?






それとも



もうあの子とはあの日を区切りに

全て終わっていたと云う事なの?

























ねぇ、累










貴方は













私と、どうするつもりで





あの日別れの言葉を呟いたの?























ねぇ、累



















貴方は…












私を此処からさらってくれるの?







私を、もう1度

自分の物だと言ってくれるの?



















お願い…




















もう1度貴方のために


何もかも投げ出してみたいわ――――















































「ねぇ、お兄さん」









「……?」














「あ!やっぱりお兄さんだ!覚えてる?俺の事」















もう、ずっと

まるで金縛りにあったかのように



すぐ目の前にある温かい世界に踏み出せなくて

動けずに居たら







声をかけられた










中学生くらいだろうか



中途半端な声変わりをした、その声で

私を嬉しそうに覗き込む













何処かで会ったような












でも見覚えのない面影に

















私は眉を顰めた

















すると青年は、

少し照れくさそうに頭を掻く

























「やっぱり、覚えてない?…友達になってくれるって約束したんだけどな」















「……あ!あの時のサッカー少年?!」

















「うん、良かった覚えててくれて。あの後お兄さんをずっと待ってたんだよ、あの場所で」



























確かに、

見覚えは無いけれど




何処か懐かしい雰囲気を纏っている青年は




あの時の





最後の、時間に言葉を交わした小さな少年だった














「あぁ…ごめんね、今日帰ってきたんだ」






「え?ずっと鳥になってたの?」






「…ふふっ、良く覚えてるね。うん、今日やっと人間に戻ったんだ」







「じゃあ今から会いに行くんだね、その大切な人達に」





















「………うん、でも…」












































私が飛び回っている間に







大切な人達は


地にちゃんと足を付けて
それぞれの幸せを見つけていた…













江利子さん







もう、手遅れなのかな











もう…あの頃の2人には戻れないのかな



























「その人達も、貴方が居ないと本当の幸せじゃないんじゃないかな?」











「え?」














「今、お兄さんは幸せ?」

















「……」




















「大切な人達が側に居ないから幸せじゃないでしょ?だからその人達も同じだよ」




































本当に

この小さな少年だった男の子には驚かされてばかりだ







小さいながらにも的を得た事を言う少年の言葉を


私はこの数年、ずっと心に留めてきた













『だって僕には大好きな人がたくさん居るから、鳥になって何処かへ飛んで行きたいとは思わないもん』

























「…そっか、ありがとう」









「ううん、大丈夫。ほら、早く行きなよ、待っているよ」

























「…うん、…………あ……」



























青年に、背中を押された時に




ずっと眺めていた扉から人が出てきた


























ヘアバンドの消えた江利子さん



ずっと想い続けていた人











ずっと…大好きだった人

















彼女は

数年前よりも格段に綺麗になっていた







憂いを顰めた瞳だけは変わっていなくて




笑みが零れる





















「あの人?」














私の視線の先に気付いた青年が、


道路の向こう側に居る江利子さんを指して言う










私は、笑顔を隠せずに頷くと








青年も微笑んでくれた






























「綺麗な人だね」









「うん」
























「早く行かないと」


























「…うん」











































ずっと




大好きだった人























私は






長年の想いを爆発させるかのように






ガードレールを跨って、

道路を渡りながら江利子さんの名前を呼ぶ












































「江利子さん!!!」












「……?」














「江利子さん、こっち………っ……」
















青年の叫ぶ声が後ろからした後、


一瞬の間を置いて










江利子さんがこちらを見た、気がした









そして



































劈くような音が、


街中を覆い尽くす


















































あぁ、あともう少しだったのに



























目が、合ったのに















愛しい人と、目が合って





あと少しで…












触れ合えたのに……














































やっぱり、私は












存在してはいけなかったのだろうか
























そういう事?




















罰なの?






















































雪が、



白い










目の前に広がる灰色の世界から





はらりはらりと舞い落ちる真っ白な妖精達




























綺麗だな…

















































この景色を、









もう1度貴方と並んで見たかった――――――――





















































































雪が、

















冷たい












































身体が、とても冷たい





























あぁ、この感じ…

















7年前と同じだ












何処に居ても



何をしていても











私の身体は凍っているように冷たかった

























でも、









貴方と居る時だけは


































とても暖かった














































灰色の世界は、


























崩れた――――























































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