"江利子さん"
今、誰かが私を呼んだ…?
「……累?」
「うわぁ、事故か…」
「え?…あ、そうね」
背後からの声に、振り向くと聖が居た
ちょっと酔い冷ましに外に出た私を気遣ってくれたのか手には水が握られている
人だかりが出来ている公道を眺めながら、
水を受け取って一口飲むと火照っていた身体が少し冷めた
「渋滞になるだろうね、しばらく。祐巳ちゃん達を送るのは電車の方がいいかな」
「ねぇ、聖……」
「ん?」
「累……が居たような気がするの」
「え…?」
「聖!!江利子!!」
驚愕する聖の瞳を真っ直ぐに見つめ返していた時
背後の扉が勢い良く開いて店から蓉子が飛び出してきた
「令が倒れたの!急に…っ」
「令が!?」
「祥子達と喋っていたら突然倒れて」
聖を引き連れて店内に戻っていく蓉子を見届けてから
私は再び人だかりの出来ている公道に目をやる
そして、
無意識の内に足がそちらへ向かう
まさか
まさか、ね
人だかりの輪で広まっている話題は、
人だかりの中心にある人身事故の痕跡の事だった
人混みをかき分けて奥へ奥へと進むうちに胸の動悸が早くなっていく
段々大きくなる、中心から聞こえる声
青年と少年の間の、低くもなく高くもない声の持ち主が叫んでいるらしい
「お兄ちゃん!お兄ちゃん………どうしよう…っ、血が止まらないよ…」
…あぁ、男か……
じゃあ大丈夫ね
あの子じゃないんだわ
つかの間の安息も非情に打ち砕かれる
男だという事に安心して、今しがた来た道を戻ろうと振り返った瞬間
目が、合った
「……累…」
目が合ったと言っても、
その目は空虚を眺めているかのように
とても力無いものだったけれど
あの目は忘れようが無い
あの子だけの物
あの子の、
あの笑顔は
私が大好きな物
「累っ!!!」
脇に居た青年を押し除けてその身体を抱き起こす
7年振りの累は
冷たく、とても重かった
頭から血が出ていて
辺りのコンクリートを赤く染めている
何かをせずに居られなくて
その傷口に手をあてて
血が止まってくれないか、と
無謀な願いをかけながら
懐かしい顔を見る
ねぇ、累
貴方は
誰かが悲しい顔をしていても
いつも笑っていたわ
それを無神経だと受け止める人も居るかもしれないけれど
でも私はそんな貴方が好きだったの
その笑顔を見るだけで、
人々は少なくとも悲しみが薄らぐと思うから
とても気紛れで
令と双子だというのが信じられないくらい自己中心だったけれど
それでもやっぱり令と同じ優しさを持ち合わせていた貴方
不器用で
脆くて
儚くて
とても不安定だった貴方
そんな貴方が大好きだったのよ、私は
でも、1つだけ気がかりだったのは
どうして貴方は自分が本当に悲しい時でも
笑っているのか
悲しい時は泣けばいいと思う
1人で抱え込むんじゃなくて
私も背負ってあげたかったのに……
どうしてっ
笑うの?
「なに、笑ってるのよ……」
灰色の空から舞い落ちる雪を眺めながら
意識はもう無い筈なのに
とても嬉しそうに笑っていた――――――
「累、愛してるわ」
今、此処に
口付けをおとすわ
どうか、貴方がもう1度笑ってくれますように
私の目から零れ落ちた涙が
貴方の頬に落ちる
貴方の、目から
零れ落ちた涙が
地面に吸い込まれるように落ちる―――――
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